「粋なお江戸の〈ねぎま鍋〉」by id:Fuel


今は「ねぎま」というと鶏肉とネギを交互に刺した焼き鳥のことを指すのが一般的かもしれませんが、本来の組み合わせはネギとマグロ。焼き鳥と同じように串に刺して煮たり焼いたりされますが、この組み合わせの鍋料理もあります。天保以降のお江戸の町ではマグロが人気。このアラを使った庶民的な料理が「ねぎま鍋」だったんです。


落語にも「ねぎまの殿様」というのがあります。向島に雪見に行くと言い出した殿様が、煮売り屋(今で言う総菜屋、あるいはそういった家庭的料理で酒を飲ませる庶民的な居酒屋)が軒を連ねる通りにやってきて、漂ってくるいい香りにたまらず、お供の三太夫の止めるのも聞かずに店に入ってしまうという筋立て。高貴な殿様が庶民の食べ物に接して、そのズレたやり取りが笑いを誘うという「目黒のさんま」とほとんど同じ感じの噺ですが、この殿様が食べたのが「ねぎま鍋」。醤油ベースの割下で仕立てられるすき焼き風のこの鍋は、寒い冬の日には、さぞ魅力的だったことでしょう。


ということで、このお江戸の町の粋な鍋を、ぜひ皆さんにも味わっていただきたいと思います。材料となるマグロは適当なアラでもいいですが、もしサイフが許すなら、中トロ以上の脂の乗ったサクを買い求めてください。なぜかというと、江戸時代のマグロのアラとは、トロの部分だったからなんです。


冷凍庫や冷蔵庫など無かった江戸時代、マグロはもっぱらヅケ(醤油漬け)に加工されていました。ところがトロは脂が多くて醤油が染み込みません。ちょっと痛みが来れば、もう捨てるしかないわけです。そういうのを安く買い叩いてきて鍋にしたのが「ねぎま鍋」だったので、赤身の部分ではその本来の味が出せないってわけですね。


実際、鍋物として煮てしまうと、赤身はパサパサしてあまりうまくありません。加熱して食べるのですから、鮮度にはあまりこだわりません。閉店間際の半額セールなどを利用して、お安い材料を探してください。


あとの具はお好みで自由に選んでOK。基本的にはすき焼きと同じように考えてください。極端な話、長ネギだけでもいいんです。マグロに、どっさりのネギ。このシンプルさもまた格別です。


煮汁となる割下も、ほぼすき焼きと同じように調味すればOK。一例を次に書いておきます。
1.切れ目を入れただし昆布を水に漬けて約30分。中火にかけて沸騰直前で引き上げる。(沸騰させるとヌメリが出て出し汁になりません)
2.削り節をどさっと入れる。いったん下がった温度が再び沸騰直前にまで上がったら火から下ろし、削り節が自然に全て沈んだ頃合いで漉す。
3.醤油・味醂・酒をほぼ同量ずつ加えて好みの味の濃さに調味する。
あとはこの割下を使って、すき焼きと同じようにして食べればいいわけですね。素材の投入順序は、まずネギから。どっさりとネギを入れ、それがよく煮えてからマグロを入れる。こうしてネギのうま味がたっぷりと出た汁でマグロをいただくからうまい!と、そういう鍋だと思ってください。しばらくするとネギの方にもマグロのうま味が行き渡って、これもいい味となっていきます。


なお、すき焼きと違って、卵を絡めて食べたりはしません。基本的には鍋から取ったそのままの味で食べていきますので、マグロのうま味を消してしまうほどの濃い味付けにはしないことが大切です。ちょっと薄目に感じるくらいの味付けにして、粉山椒を振ってそれを味のアクセントとしていく食べ方もお勧めです。


マグロを煮すぎないのも、おいしく食べるコツの一つ。元が鮮度の落ちかかったアラを使った料理ですから、しゃぶしゃぶのような加熱具合で食べては本来の味からかけ離れますが、かといって煮すぎてもおいしくありませんから、芯まで火が通って衛生上の問題が無くなったらすぐに口に運ぶ、といった感じで食べてください。ですから、マグロの切り方も、火の通りやすさを考えた厚さとしてください。私は普通の刺身と同じように切っています。


割下をちょっと濃いめの味付けにすると、血合いなどでもおいしくいただけます。刺身で食べられる赤身を、ほとんど煮ないでレアの状態で食べるという楽しみ方もあります。これらは本来の江戸の味とは異なりますが、それもまた一興。手に入る材料で自由自在に作って楽しんでください。俳句では冬の季語ともなっている「葱鮪鍋」を、皆さんの食卓にもぜひどうぞ。


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