「ハムスターのケージ」by id:watena


中学生の頃、ハムスターを飼っていました。出会いは某ホームセンターでした。今は法律がしっかりして、ちゃんとした許可を受けたお店でなければ動物の販売は出来ないことになっていると思いますが、そのハムスターはとても動物を置いておくには適さないような場所に置かれていました。しかもケージには半額処分品の赤い札付き。一匹だけ売れ残ってしまったのでしょう。見ると、いかにも元気が無さそうな様子でした。
その時私は、工具を買いにその店を訪れていました。小遣いを貯めて、念願のハンドドリルと、何種類かの太さのドリルの刃を買うのが目的でした。一度は工具売り場に足を向けましたが、元気の無さそうなハムスターがどうしても気になります。結局戻って、そのハムスターを買うことにしました。買うというより、気持ちは救出です。回し車の付いた小さなケージとハムスター用のフードも一緒に買ったので、結構な出費になりました。当初予定していたハンドドリルより高い金額です。もうドリルは買えません。
イエに帰ると家族は留守でした。ハムスターを私の部屋に連れて行き、こういうことに詳しい友達にさっそく電話。うちに来てもらって、ケージの中をハムスターに快適なように整えてもらい、詳しい飼い方を教えてもらいました。飼い方の解説本も貸してもらいました。
ハムスターは、連れてきた当日はだるそうにしていましたが、一晩たつと元気が出て、回し車を回して遊べるようになっていました。しかし、回し車の音は結構大きく響きます。このまま黙って部屋で飼うわけにはいきません。日曜日でイエにいた父をつかまえて、もしこれこれこういう状態の生き物が売られていたらお父さんならどうする?と聞いてみました。父はしばらく考えていましたが、「何匹もいたら一人の手には負えないけど、一匹ぐらいなら助けるつもりで買ってくるかもしれないな」と答えてくれました。
しめた、と思いましたが、もう一問ダメ押しです。「でも、突然そんなの連れて帰ってきたら家族が驚くだろう?生き物なんてダメと反対する家族がいるかもしれないぜ?」。すると父は「よその家ならそうかもな、でもこの家ならお前も母さんもすぐ分かってくれる、だろ?」
ちょっと待っててと部屋に行き、ケージごとハムスターを持ってきました。「実は、ほら」と見せると、父は大笑いしながら「一杯食わされた!」。でも男に二言はない、そういう事情ならこれはうちで飼おうと言ってくれました。
父に呼ばれて事情の説明を受けた母もすぐに可愛いと気に入ってくれて、晴れてこの子は正式に我が家の一員と決まりました。名前は母が付けました。命名ルナ。ゴールデンハムスターがまん丸くなって寝ていると満月みたいだからというのがその理由です。父は、どちらかというと栗饅頭だなと言っていましたが(笑)。
とにかくルナはその日から我が家の人気者。それから約5年、病気ひとつせず、元気に過ごしてくれました。しかし、ハムスターの4〜5歳は、奇跡に等しい長寿です。やがて回し車の音が聞こえない日がやってきてしまいました。人間と同じように一晩お通夜をして、大好きだったリンゴをお供えして、翌日埋葬しました。
でも、全てが終わってしまったのに、どうしてもケージを片付けることが出来ません。みんな一度はどけようとしましたが、ぽつんと空いてしまうスペースが寂しすぎるので、すぐに戻してしまうのです。
「無理にどけなくてもいいじゃないか、置いておこうよ」「そうね、私の実家も亡くなった父の部屋、そのままにしてあるのよ」「お義父さんとハムスターは一緒か」「いいのよ、父も動物好きの人だったから」「あはは」「うふふ」。こんな父母の会話。ちょっとだけ我が家に笑顔が戻りました。
それからずっと、そのケージはインテリアのように、部屋の中に置かれ続けています。悲しい別れのメモリアルではなく、可愛い家族と楽しく過ごした日々の記念として、です。今はもう、すっかり我が家の風景の一部に溶け込んでいます。


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