「古いラジカセ」by id:C2H5OH


横幅は25cmくらい、高さは10cmくらい。モノラルのおもちゃみたいなラジカセです。メーカーは東芝。製造年代は分かりませんが、おそらく1970年代か80年代でしょう。これがずっと以前から、わが家では現役として使われ続けています。


昔は子供のいいおもちゃでした。マイクが内蔵されていますから、本体のみで録音可能。変身ヒーローの決めゼリフをポーズ付きで演じて声を録音して遊んだり、当時流行っていた歌を司会入りで歌って録音して楽しんだりしていました。


学校のクリスマス会でやる寸劇の効果音をこれで録音したこともありました。その寸劇は音が主役です。ストーリーは、妖精に魔法の靴を授けられた男がそれを履いて歩くと、次々とんでもない足音がしていくというもの。最初はカランコロンと下駄の音。次はキュッキュッキュッと鳴る幼児のサンダルの音。ここから次第に変な音になっていき、馬のヒヅメの音、ドシーンドシーンという怪獣の足音等が続きます。なんだなんだ、一体どうしたんだと、こわごわ次の第一歩を踏み出すと、オルガンのドの音が鳴ります。うん?二歩目を踏み出すと今度はレ。三歩目でミ。慌てて後ずさりするとレ・ドと鳴ります。ここで男はポンと手を打って、足でジングルベルの演奏をはじめます。音が大きく飛ぶので、そこがかなり無理な大股になるのが笑わせどころ。みんなであれこれ工夫を重ねながら効果音を作りました。これは楽しい思い出です。


茶の間では主に、父のスポーツ観戦用でした。野球や相撲などは、テレビの音声より、ラジオの方がずっと面白いのです。実況アナウンサーが言葉だけで伝えようとする試合の様子は、常に白熱そのもの。それを聞きながらテレビの画面を見るのが、父の好きなスポーツ観戦スタイルでした。トイレに立つ時は、ラジカセをひょいと持ち上げて、電源コードを抜いて持っていきます。ゆっくり返ってきた父は「電池も使えて便利だな」とにっこり。父のトイレは長いことで有名でした。


晦日には風呂場にも持ち込まれました。当時は国民的番組として、日本人のほとんどが見ていたであろう紅白歌合戦。でも父は長風呂でも有名ですから、入浴中に紅白が始まってしまいます。そこで私は毎年、このラジカセをビニール袋で包んで風呂場にお届け。父は「お、きたきた」と上機嫌で、紅白を聞きながら、さらに長風呂を楽しんでいました。


そのうちこのラジカセは、私の部屋専用になりました。これで深夜放送を聞いていたのです。ハガキ職人なんていう言葉がありましたが、私もずいぶんハガキを書きました。そしてかなり採用されました。勉強しているふりをして深夜放送に熱中していた受験生時代。これも懐かしい思い出です。


長い間使っていると、ボリュームにガリが出たりします。ツマミを動かすと、ガリガリ雑音が出るのです。でも古い電気製品はネジを外せば分解が可能なように作られていますから、自分でケースを開けて、ボリュームを取り外して接点復活剤をシュー。カシカシとツマミを動かして馴染ませて再組み立て。はい、直りました。こんなふうに、不調が出る都度自分で手入れが出来ますから、いまだにカセット部分も正常に動く現役バリバリのラジカセとして完動を保っています。


でも、時代が変わり、カセットテープはほとんど使われなくなってしまいました。このラジカセはテレビの音声も受信できますが、それもアナログ放送が終わってしまえば使い道が無くなります。そのうちこのラジカセは、ラジオ専用機となってしまうことでしょう。ラジオだけはどんなに時代が変わっても、従来の放送方式を変えないメディアであってほしいと願っています。だって、昔のラジオは壊れにくく、いまなお20年30年前の物がたくさん現役で動いているのですから。


»このいわしのツリーはコチラから