「一週間だけの家族だった犬の写真」by id:momokuri3


ペットとはあまり縁がないわが家ですが、ほんの一週間ほど、家族として過ごした犬がいたんです。それは私がまだ小学生だったころ。わが家の庭に迷い込んできた小型犬でした。よく人になれていましたので飼い犬には違いありませんが、首輪がなく、飼い主を探す手だてがありません。母が交番や保健所に電話をして、それらしい犬を探している人はいないか聞いてくれましたが、そういう届け出はないとのこと。しばらくわが家で面倒を見ながら飼い主を探すことにしました。


その夜、帰ってきた父と一緒に飼い主探しのポスター作り。翌日は土曜日で父も私も休みでしたので、犬を連れて散歩がてら、あちこちにポスターを貼らせてもらいに歩きました。行く先々で聞き込みも行います。
「この犬なんですが、心当たりありませんか」
しかし有力な情報はなかなか掴めませんでした。


犬の方はとても私に良くなれてくれて、たった二日一緒に過ごしただけで、もう十年も一緒に過ごしているような仲良しになりました。翌日の日曜日も聞き込みとポスター貼りを兼ねて犬と一緒に歩きました。途中、同じく犬を散歩させている人と出会います。お互い引き綱を短く持って、会釈をしながらすれ違います。その犬はとてもいい子で、けっしてよその犬とうなり合ったりすることがありませんでした。私は自分でしつけたわけでもないのに鼻高々。帰ったらご褒美においしいおやつをあげるよと声をかけると、うれしそうに跳ねるポーズをします。もうこの犬がかわいくてたまりませんでした。


翌日の夕方、ハッと気が付いて、犬を自由に歩かせてどこに行くかを観察してみようと思い立ちました。もしそれで本当の飼い主の家がわかったら、それは犬にとってはとてもうれしいことですが、私にとってはとても悲しいことになります。私は実行を迷いました。もうこの犬を手放したくない、飼い主なんか見つからない方がいい。そういう思いと、いやいやこんなにかわいい犬のことだ、飼い主はすごく心配しているに違いない、それにこの犬にとっても元の家に戻れるのが一番の幸せだ、そういう思いが心の中でぶつかり合いました。


やっと決心が付いて立ち止まり、引き綱をゆるめたのですが…。犬はぴったりと私の真横に着いたまま、一歩も動かなくなりました。この犬は、絶対に人間の先を歩こうとしない犬だったんです。帰宅した父にそのことを話すと、それはとてもよくしつけられた犬の証拠だ、犬のしつけはまず飼い主を敬うことから始めていく、飼い主を敬う気持ちが育った犬は、絶対に先頭を歩こうとはしないんだ、先頭は群れのボスの位置だからねと教えてくれました。
「しかし、そんなによくしつけられているとすると、ますます捨てられたっていうことは考え難くなってくるな。飼い主探し、頑張らないとな」
私は複雑な気持ちで、うんと首を縦に振りました。


その日から、父も母もことあるごとにカメラを構えては、犬と私の写真を撮りまくってくれました。短い間しか一緒に過ごせないこの犬との思い出を、たくさん残してくれようとしたんでしょう。結局次の土曜日に電話が鳴り、飼い主さんと連絡が付きました。私は犬を抱きしめて泣きました。別れの辛さと、家に帰れるんだよ良かったねの涙が一緒になって、もうすぐ飼い主さんがやってくる時間になっても、なかなか泣きやむことができませんでした。


飼い主さんが、私とほぼ同年齢の女の子を連れてやって来ました。女の子は犬を見るなりわんわん泣いて、さっきの私と同じように抱きしめていました。本当の飼い主だ。犬もあんなに嬉しそうだ。ちょっとそのことが喜べる心の余裕が生まれてきました。でも、よかったね、これでお家に帰れるねと犬を撫でると、私も涙が止まらなくなってしまいました。二人の子供の大泣きが続きました。


しばらくして、写真が出来上がってきました。犬の表情、しぐさ、一つ一つに、思い出が込み上げてきました。さらにしばらくして、飼い主の家の女の子から、犬の写真が同封された手紙が届きました。犬は優しい家族に囲まれて、とても幸せそうでした。その写真も大切な思い出の一枚です。


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