「何もせず、ただベランダで風に吹かれる光景」by id:Cocoa


両親はベランダが大好きです。ベランダに佇んで、風に吹かれている時間が大好きなんだと言っています。休日になると、父がベランダに立って外を見ています。すると家事の手が空いた母がやってきて、隣りに立ちます。二人とも何もしゃべらず、静かに並んで佇んでいます。


それを見た私は、「あ、二人だけでずるーい」などと声を上げながらベランダに走っていくのでした。これで二人の静かな特別の時間は台無し。でも、開放的な外の風に吹かれながら両親に甘える小さな女の子は、とても幸せなのでした。


母が、ちょっと待っててと、おにぎりを握って持ってきてくれました。「お、もうそんな時間か、お腹が空いたわけだ」と父。この頃の我が家のおにぎりは、子供の体に合わせた小さなおにぎりでした。ですから、皿の上に数がぎっしり。海苔を巻いたおにぎり。ふりかけをまぶして握ったおにぎり。父の好きな味噌を塗ったおにぎりもあります。色とりどりのおにぎりを頬張りながら、ピクニックみたいな楽しいランチタイムがベランダで繰り広げられるのでした。小さかった私は、こんな楽しいベランダでの時間が大好きでした。


でも、あれは私が小学四年生の頃だったでしょうか。どういうタイミングでそうなったのか、黙って風に吹かれながら佇む父の隣りに、私も何もせず、ただ風に吹かれながら佇んでいたことがあったんです。たしか、8月の終わりの夕暮れだったと思います。


昼間の暑さが和らいで、それはとても気持ちのいい夕暮れでした。心地よい風が吹いてきて、後ろで結んでいた髪の毛が剥き出しの肩に触れました。その頃はかなり長い髪の毛だったんです。あ、さわさわして気持ちいい。私は結んでいたゴムを解きました。また風が吹いてきて、解いた髪の毛が隣りに立った父の腕に触れました。


あ、と思ったら、ベランダの手摺りに置いた私の手の上に、父の手が重なってきました。
「お母さんと、これとおんなじようなことがあったんだ」。
そう父は静かにつぶやきました。
「それで、結婚したの?」。
「うん、そうかもしれない。」。
それから後は何も語らず、ただ二人で吹いてくる風を楽しみました。


そんなことがあってから、ちょっとだけ、私のベランダでの過ごし方が変わっていきました。父と母が静かな時間を楽しんでいるその場所に、私も静かに入っていきます。そして何も語らず、父母の感じている物をそのまま私も感じてみます。親子三人、何もせず佇みながら過ごす時間の幸せが、ちょっと分かってきたのでした。


言葉が無くても同じ時間を共有できるという喜び。見つめ合わなくても同じ風に吹かれて同じ景色を見ているという絆の感じ方。そして何よりここには、けんかもない、病気もない、何もない普通の日常だからこその幸せがあります。


私は「なんにもないって、幸せだね」と言いました。突然そんなことを言ったので、両親は一瞬固まって、そのあと大爆笑でした。「なに、この子は急に」「いや、でも分かるよ、何もしていない時間を一緒に過ごせることが一番の幸せなんだよな」「うん、それそれ」。


こうして我が家には今も、家族が並んで佇んで、何もせず、ただぼーっとベランダで風に吹かれる光景が続いています。でも今は時々私から、ちっちゃなおにぎりてんこ盛りランチのサービスも。ちょっと私も大人になりました。hazamaさんのベランダの話題と少し重なりますが、こんなベランダが、私の大好きなイエの光景です。


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