「海・山開きとくれば川開きも」by id:Oregano


川は昔は、粋な遊びのスポットでした。たとえば江戸なら隅田川。当時、両国橋界隈の茶店や料理屋、居酒屋などの営業は日没までと定められていましたが、旧暦 5月28日から8月28日までの期間は「両国夕涼み」として、特別に夜半までの営業が認められていたのです。この幕開けを告げるのが「両国川開き」でした。水神様の祭を行い、派手に花火を打ち上げます。
なぜ川開きに花火か。もちろん花火の情緒やイベント性は見逃せませんが、それだけでなく、江戸ではこの当時、町中における花火が固く禁止されていたという事情があったのです。「江戸の名物、火事、喧嘩、伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われるように、江戸の町には非常に火災が多かったんですね。唯一許可になるのが水辺です。そこで、川とくりゃ花火に決まってらぁなべらぼうめぇ。江戸庶民は花火に飢えていたのです。
さて、落語にこの両国川開きを舞台にした「たがや」という噺があります。「たがや」の「たが」は桶の箍(たが)。青竹で作った箍の束をかついだ男が両国橋を通りかかります。おっとしまった、今日は両国川開き。橋の上は見物人でごったがえしています。
押されたはずみで担いでいた箍が、ちょうど通りかかっていたお武家様の笠に当たってしまいました。当時はこんな不始末をしでかせば切り捨て御免が当たり前の時代です。男は平身低頭詫び続けます。家には年老いた親がいてなどと慈悲を乞いますが、武士は全く許してくれません。
横柄な武士の態度に男は激怒。ついに、血も涙もねえお前なんざ目も鼻も口もねえ丸太ん棒でい!!と強い口調で非難をはじめました。
武士は逆上して、この無礼者を斬りすてい!と家来に命じます。しかし時は太平の世。家来の刀は錆び付いていてなかなか抜けません。男はもたもたしている家来から刀を取り上げてしまいます。
これを見た武士は、おのれこしゃくなと自ら刀を抜いて男に斬りかかりましたが、またもや男はこれを奪い、勢いがついた刀で武士の首を!!
横柄な武士の態度に業を煮やしていた野次馬たちは、宙を舞う首を見上げて「上がった上がった上がった〜」「た〜がやぁ〜」。
お後がよろしいようで。というあらすじの落語です。この噺が出来た当時はお侍様に逆らうなどもってのほかの時代ですから、飛ぶ首はたがやの男の方だったそうです。幕末が近付き時代が変わる兆しが見え始めてきたころ、今の下げ(オチ)に変わったと言われています。生首が飛ぶとは穏やかでない噺かもしれませんが、江戸庶民の反骨精神がよく現れた、飾らない落語だなぁと思います。
そんな江戸の昔からの伝統が今に復活したのが、今の隅田川花火大会です。戦後、途絶えていた花火大会が一時復活しますが、その後高度成長時代の公害で隅田川の汚染が進み、ついには弁当を広げることも出来ない悪臭漂う川となって、昭和36年を最後に「両国川開き」としての花火は終焉を迎えてしまいました。「隅田川花火大会」として復活できたのは、環境保護の必要性がみんなの認めるところになって、隅田川に魚が戻ってくるようになったからです。
権力に屈しない庶民のしたたかさや、環境を守ることの大切さを教えてくれる「両国川開き」の歴史と文化を思いながら、今年も花火を楽しみにしている私です。今年の隅田川花火大会は7月25日(土)の19時〜20時30分までの予定だそうです。


»このいわしのツリーはコチラから