「夏の湖畔のテニスコートでモテモテだった父」by id:Cocoa


夏、ある民宿に泊まった時のことでした。その周辺の民宿はほとんどがテニスコートを持っています。ですから私たちのような家族連れのほかに、テニス合宿の大学生もたくさんいました。


私たちが泊まった民宿でも、どこかの大学のテニスサークルの人達が一緒でした。夜はテニスの話題で盛り上がります。ここで目を輝かせたのが父。高校でテニス部に所属していたとかで、私たち家族を相手に、インターハイに出場した話などを得意げに語り始めました。よく聞いてみると父は選手でも何でもなく、ただ部員としてついていっただけの話だったのですが、でも若い頃の思い出を語る父は輝いて見えました。


そんな父に「先輩ですか?」と話しかけてきた人がいました。父の「わが○○高校の…」という言葉に反応したらしいのです。
「私も○○高校出身なんです、もちろん女子テニス部にいました!」「本当か?」「はい、あそこにライバルだった△△高校出身の子もいますよ、ねーちょっとこっち来て!」。
それからの父は、家族そっちのけで若い女の子たちとテニス談義。私と母は顔を見合わせて「あらあら」です。


翌日の父は早起きでした。朝もやの立ちこめる庭で元気に体操。合宿の大学生達のランニングの声も聞こえます。「お父さん、なに張り切ってるの?」「昨日の子達と一緒にコートに立つんですって」「へぇぇ…」。父は「先輩、お願いします」の声に呼ばれて、意気揚々とコートに向かっていきました。


私達も行ってみました。父が女子大生を相手に打ち合っていました。うわぁ、なかなかかっこいい。父がテニスをしている所なんて見たことがありませんでしたから、きっとラケットを持ったのは、少なくとも私が生まれて以来のことだったに違いありません。でも動きは俊敏だし、打つボールにもスピード感があって、全然そんなブランクを感じさせない雰囲気でした。


早朝練習が終わって朝食です。父の周りには「先輩、ご一緒していいですか」と女子大生が一杯。私と母はまた顔を見合わせて「あらあら」です。父は昼間の練習にも付き合うことになったらしく、私と母だけで湖畔巡り。「おかあさん、いいの?」「何が?」「お父さん、女子大生に取られちゃったよ」「いいのいいの、たまには若返ってもらわないとね」「そんなもんかなぁ」「まぁ明日、面白くなるわよ」「え?」。


翌日です。昨日の若々しかった父はどこへやら。朝から「いてててて」と筋肉痛で、母にマッサージをしてもらっていました。朝食の時もちょっとしょんぼり。「すまん、歳には勝てないよ、今朝はご一緒できなくて申し訳ない」「いいえ、こちらこそ先輩にご無理をさせてしまって」「まだ若いつもりでいたんだがなぁ…ブランクが長すぎたのかなぁ」。元気出してお父さんと背中をバンと叩いたら、いててててと叫んで苦笑していました。そんな父を見て母は「まだ筋肉痛が翌日に来る体なら若いのよ」と変な励まし。歳を重ねるにしたがって、筋肉痛は間を置いてやってくるようになるそうです。


その日は一日温泉でゆったり。父は湯上がりに、また母にマッサージをしてもらっていました。「お父さん、気持ちいい?」「うん、やっぱりこれが歳相応ってやつだな」。でも、民宿最終夜はテニスサークルの人達が私たち家族を囲んで、素敵な野外パーティーを開いてくれました。降るような星空の下で、父は若い女の子達にモテモテ。テニスの王子様ならぬ、テニスのおじさまになった夏でした。


それにしても、ヤキモチ一つ妬かずに、そんな父を優しく見守っていた母は偉いです。でもそれ以来母は、父と外出する時は、娘の前でもしっかり腕を組んで歩くようになりました。やっぱり母は強いです。


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