「お部屋で海に挑戦!! 室内磯釣りごっこby id:TomCat


小さな頃、父が作ってくれました。釣り竿は細い木の枝です。釣り針は、輪にした針金をゼムクリップの外径のような細長い形にして、それを「W」型に曲げた物。ずいぶん柔らかい針金でしたので、おそらく園芸用アルミ線が使われていたのだろうと思います。このへんは安全に対する配慮と共に、針の重量を軽くして、ちょっと釣り上げるのを難しくする効果も狙ったのかもしれませんね。糸は「W」型の真ん中にくくりつけられていました。使われていた糸は、おそらく凧糸だったと思います。


魚は、紙に絵を書いて切り抜いた物。口の所には幅5mmくらいの紙の短冊がループになって貼られていました。ここに、針金の釣り針を引っ掛けて釣り上げるわけですね。魚は大きいのや小さいの、丸っこいのや細長いの、色んな魚がありました。いくつか赤いのもありました。これはきっと鯛ですね。一つだけ、タコもいました。タコは頭の上に紙のループが付いています。


そして、寝間着の浴衣の帯が一本。これは海岸線です。床に帯を横たわらせ、その脇に低い椅子を持ってくると、それが海辺の岩場になりました。さぁ、磯釣り開始です。


この遊びには、ちょっとした伏線がありました。夜、目が覚めてトイレに起きると、父がまだテレビを見ていたのです。そこでやっていたのが磯釣りのリポート。私も父の横に座って少し見ていました。うわ〜、釣れた、でっかいです。あれって何ていう魚? 答えは聞きましたが、今はもう覚えていません。でも、お刺身にするとおいしいんだよと言われたのは覚えています。また違うのが釣れました。
「あれもお刺身になるの?」
「なるよ、お寿司にしてもいいね」
うわぁ、海ってご馳走の宝庫なんだ。お寿司お刺身大好きの私は、一匹釣れるごとに豪華な食卓を想像して歓声を上げていました。


「海っていいね、お刺身、いいね」
私があまりに興奮するものですから、
「お父さんもお刺身食べたくなっちゃったよ、明日、お母さんにお願いしてみようか」


そうしたら翌日は本当にお刺身になりました。私はおいしいお刺身を食べながら、釣り〜、釣り〜と、テレビで見た釣り人の格好を真似して、また興奮していたそうです。


この室内磯釣りごっこが登場したのは、その翌日でした。昼間父がいたので、きっと休日だったのでしょうね。貴重な休日のひとときを、父はこんな工作に費やしてくれたのでした。


私は椅子の上の岩場から糸を垂れて、お魚を狙いました。あれ、なかなか難しいです。思った所に釣り針が行かなくて、なかなか釣り上げることが出来ません。そのうち、魚によって短冊のループの大きさに違いがあることを発見しました。釣れる難易度に違いがあるとは、今思うと、すごくリアルな作りです。大きそうなループのお魚を狙って引っ掛けると・・・・。釣れました!! 大成功!!


段々上手になってきましたが、タコはループが小さくてなかなか引っ掛けることが出来ません。う〜、釣れそうで釣れない、イライラします。父が、釣りは人と魚の知恵比べなんだ、どうやったら釣れるかを考えて工夫するんだぞーと声援を送ってくれました。あ、そうか。針の動かし方を工夫して、焦らず慎重に・・・・。あ、掛かった!! そーっと、そーっと。釣れた〜、タコさん釣れたよ〜。


子供の集中力なんて短時間しか続きませんから、これはきっと、ほんの短い時間の出来事だったことでしょう。でも私には、何時間にも及ぶ壮大な釣りロマンだったように思えました。父が、「海は荒海 向こうは佐渡よ」と、歌を口ずさみ始めました(北原白秋作詞・中山晋平作曲『砂山』)。父はこの歌が大好きだったのです。何度も聞いていた歌なので、私も一緒に歌いました。


帰ろ帰ろよ ぐみ原分けて
すずめさよなら さよならあした
海よさよなら さよならあした


これで、今日の磯釣りは終わりです。私はいつか本当の海が見てみたいと思いました。



»このいわしのツリーはコチラから