「草木染めのテーブルクロスの色」by id:Catnip


突然父に先立たれてしまった母は、そのまま後を追ってしまうのではないかと思えてしまうくらい気落ちしていました。もちろん私も父を失ってしまったわけですから、しばらくは何も手に付かない日が続きましたが、いつまでも落ち込んではいられません。今度は私が母を支えなければと思ったのですが、力づける言葉が見つかりません。


そんな時、桑の木を見つけました。かなりふさふさと、いい葉を茂らせていました。四十九日の法要の帰りに見つけたのです。その時は、懐かしいな、理科の勉強の一環でカイコを育てていた時、父がどこからかたくさん桑の葉をもらってきてくれたっけ、そんなことを思い出すのみでしたが、家に帰ってPCをいじっていたら、そこで桑の葉が草木染めの染料になるという記事を発見したのです。


「お母さん、草木染めやってみないか?お寺さんの帰り道で桑の木を見つけただろう、あれで布が染められるんだってさ」。すると母は、桑の木にまつわる思い出を話し始めました。なんでも結婚したての頃、桑の実でジャムを作ったら、とても父が喜んだというのです。来年もまた作ってあげるねと約束したのに結局作ってあげられなかったと、母は泣きました。元気づけるつもりが逆になってしまったかとちょっと慌てましたが、気を取り直して、「今は実の季節じゃないけど、せめて葉で布を染めてみようよ」と勧めてみました。母も「面白そうね」と、少し微笑んでくれました。


早速ネットで染め方を調べ、プリントアウト。翌日、桑の葉を摘みに行きました。母も一緒でピクニック気分。帰りがけにお寺さんに寄って納骨したばかりの墓所に参じ、「これでお母さんが布を染めてくれるってさ、四十九日の日に見つけた葉だから、これをお父さんの記念にするよ」と報告。母も、「ジャムは一回しか作ってあげられなかったけど同じ桑だからね」と、にっこり微笑んで手を合わせていました。ちょっと元気が出てくれたようです。


帰宅して、摘んできた葉を洗いました。これで水分補給も出来るので、放置しておいても一日くらいはしおれません。染める予定の布は木綿なので、この日は染める前の下処理だけしておくことにしました。詳しい原理はよく分かりませんが、草木染めというのは単純に色を繊維に染み込ませるだけではうまくいかず、タンパク質の媒介が必要らしいのです。絹なら素材そのもののタンパク質でしっかり染まりますが、木綿などの場合は予め何らかのタンパク質を付着させておく必要があるんだとか。このための液には、豆乳を使いました。
「よいしょ、染めムラが出ないようによく洗っておくっていうのは分かるんだけど…」
「ほんとに豆乳なんかに漬けちゃっていいかな」
「なんだかとんでもないことをしている気がするわよねぇ」
「あはははは」
親子二人、なんだかイタズラをしている気分です。童心に戻ってなかなか楽しいひとときでした。


翌日は、私が仕事に行っている間に、母が一人で染め上げていました。媒染剤は台所にあったミョウバンだったそうです。家に帰るとさっそく母が、染め上がりを見せてくれました。布は落ち着いた黄色に染まっています。
「これが桑の葉の色?緑じゃないの?」
「しらないうちにこんな色になってたのよ」
「へぇ、不思議なもんだね」
「でも、お父さんの好きそうな色」
母はとても嬉しそうでした。やつれた表情は消えて、いつも父に見せていたのと同じ笑顔が戻っているように思われました。


その布は、今でもテーブルクロスとして使われています。洗ったり日に焼けたりして、当初よりずいぶん色が褪せてきたようですが、染め直しはせず、そのまま使っています。父の思い出は忘れず、でも父を失った悲しみは乗り越えた、そんな母と私の大切な色ですから。この桑の葉染めのテーブルクロスの色が、わが家の中にある幸せの色です。


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