「従兄の〈おにいちゃん〉にひっついて過ごした夏」by id:Cocoa


小学校二年生の夏休み。なぜか突然、従兄の「おにいちゃん」がわが家にやってきました。「おにいちゃん」は高校生。後で分かることなのですが、「おにいちゃん」は親と大喧嘩をして、家族と口をきかなくなってしまったのだそうです。それを聞きつけた父が、せっかくの夏休みだからうちに来ないかと誘ったのでした。


私はそんなこと知りませんから、「わぁい、『おにいちゃん』がお泊まりにきた」と大喜びです。この「おにいちゃん」はとても優しくて、小さな子の面倒見も良く、親戚のおチビちゃんたちに大人気だったのでした。私は到着早々から「おにいちゃん」に引っ付きっぱなしです。真夏だというのにお膝に抱っこ。母に、何ですか二年生にもなって、と言われてしまいましたが、まだ二年生なんですからいいですよね?


「おにいちゃん」とラジオ体操したり、お絵かきやゲームの相手をしてもらったり、宿題を見てもらったり、公園に遊びに連れて行ってもらったり。夜も「おにいちゃん」と一緒に寝るんだと駄々をこねて、「おにいちゃん」が開放されるのは、それこそお風呂の時間くらいという有様でした。それでも「おにいちゃん」は嫌な顔一つせずに、小さな私のわがままに笑顔で応えていてくれました。


「おにいちゃん」は約一週間後にイエに帰っていきました。何も事情を知らない私は「帰っちゃやだ」とまた駄々をこねていましたが、「君のお陰で家族っていいもんだなって気が付いたから帰るんだよ、またすぐ遊びに来るよ」といったような言葉をかけてくれました。


それから数日後です。母が少し目を赤くして「出かけるからすぐ支度をしなさい」と言いに来ました。どこに行くのと聞くと、病院、だそうです。どうしたの?誰か入院したの?私も知ってる人?何を聞いても、タクシー呼んだからその中で話すの一点張り。タクシーの中でも、親戚の人が入院したからとしか話してくれませんでした。


病院に着くと、伯父さんと伯母さん、つまり「おにいちゃん」のお父さんとお母さんが来ていました。子供にも事情が飲み込めました。
「『おにいちゃん』に何かあったの?」
私は答えを聞く余裕もなく、泣きじゃくってしまいました。声を上げて泣いてしまったので、母に手を引かれていったん外へ。結局その日は「おにいちゃん」には会えずじまいでした。帰り道で交通事故だったことを知らされて、また泣きそうになってしまいましたが、命には別状無いから安心して、明日は会えるからまたお見舞いに行こうねと言われて、少し安心しました。


翌日からは、毎日のようにお見舞いに行きました。「おにいちゃん」はあちこちに怪我をしていて、包帯が痛々しく巻かれています。でも私に「また遊びに行くって約束、守れなくなっちゃったね」なんて優しい言葉をかけてくれます。大丈夫、かわりに私が毎日来るから。時々「おにいちゃん」のお友達もお見舞いに来てくれました。そのうち、お見舞いの花を花瓶に生けるのは私の役目になりました。


夏休みが終わりに近付いたころ、「おにいちゃん」は話してくれました。イエで喧嘩をして、家出のような気持ちでうちに泊まりに来たことを。そして私や私の家族の様子を見ていて、イエっていいもんだな、もっと大切にしなけりゃいけないなって気付いたんだと。
「ごめんよ、せっかくの夏休みをみんな僕のために使わせてしまって」
「ううん、今までで最高の夏休みだったよ」
まだ二回目の夏休みなのに、おませな言い方をするチビっ子です。病室の窓から見える夕日が綺麗でした。夏休みの始めに比べると、ずいぶん夕方が早くなってきたようです。こうして最初は「おにいちゃん」がうちにやってきて、後半は私が「おにいちゃん」の所に通い詰めた夏休みが終わりました。宿題の絵日記は、ほとんどのページが「おにいちゃん」のことで埋め尽くされていました。まだ小さすぎて初恋とは呼べなかったと思いますが、ちょっと甘酸っぱい夏の思い出です。


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