「家そのものが思い出」by id:offkey


家と家族の思い出は小さなことから大きなことまでいくつかありますが、家族全体が団結して一つのことをしたという点では家の新築というのが一番大きいです。
建築業を営んでいた父はある日宣言します。
「新しく家を建てようかと思う。」
ああ、そうなんだな、引っ越すんだなあ、と漠然と考えていたときに父はさらに家族に
「だから、ちょっと見取り図をみんなで考えて欲しいんだ。」
とはいっても何をどう考えたらよいのかさっぱりわからずに戸惑ってると、方眼紙をもってくるようにといい、その方眼紙を使って一メモリをだいたい一尺として部屋割りを考えればいいのだ、と線を引き始めます。
土地に対して使える面積をだいたい割り当てて、適当でいいからとみんなを促しました。
さて、それから毎日、方眼紙の見取り図を見てはああでもない、こうでもないとかしましく線を書いたり消したり。当時はチラシに出てくる不動産物件の見取り図を見るのも楽しんだものです。
こうして出来上がった見取り図は専門家から見ると不恰好ではありましょうが、とりあえず設計にまわし本格的な着工へと移りだします。
見取り図だけでも十分楽しんだ私は、あと家ができるのを楽しみにしてましたが、まだまだいろんなことを決めるための仕事が残ってました。
外壁を何にするか、床は?内装は?
父親は徹底的に家族と相談して決めようとするのです。
いろんなカタログや見本を毎日のようにあきもせず眺め、あれがいいとかこれがいいとかひたいを寄せ合って相談するのもまた楽しい。
特に外壁などは見本だけでは全体の様子がわかりにくいので、父親がそれを使っている家まで車で家族全員を連れてゆき、見学させます。
こうして決めてる間に少しづつ家は建ち始めましたが、仕事の関係で自分の家は後回しとなるために、通常よりもかなり長い間時間がかかりました。その期間およそ半年以上。
現場は当時住んでいた家からそれほど遠くないところだったので、毎日建築現場を見学しにいったりもしました。
他の仕事が忙しくて職人さんがこない日には、父親が中に入れてくれたりして、作っている途中の、梁や柱がむき出しになってる家をのぞいたり、雑用をかたづけたりと、世の中にこんなにわくわくすることがあるとは、と毎日がうきうき気分。


大工の子どもでよかったなあ、とあのときほど思ったことはなかったでしょう。


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