「民宿のおじさん」by id:TinkerBell


ある島に、友だち数人ででかけた時に泊まった民宿のことを書いてみたいと思います。
その民宿は息子さんとその奥さんが中心になって運営されていますが、お父さんもお元気で、息子さんそっちのけで独創的なお客さんサービスに励んでいらっしゃいます。


たとえば私たちが海で遊んでいると、そのおじさんが軽トラックでやってきました。
海水浴客が集まる大きな浜辺もありますが、そこはおじさんご推薦の入り江で、あまり人が来ない、プライベートビーチみたいな場所なんです。
おじさんがおーいと呼ぶので行ってみると、今畑から取ってきたんだと、大きなスイカをドンと渡してくれました。
さっそく棒きれを探してスイカ割り大会がはじまりました。
こんなのが、おじさんのサービスなんです。


夜はおじさんが買ってきてくれた花火で花火大会。
おじさんも一緒にやろうよーと誘うと、あんまりお客さんと遊んでしまうと息子に叱られちゃうんだよと頭をかいています。
平気平気、私たちが誘いましたってちゃんと言うからとおじさんをむりやり引っ張り出してしまいました。
そしたらおじさん、ちょっと待ってろと言って、袋を下げてやってきました。
中からはよく冷えたジュースとビール。
厨房から黙って持って来ちゃったと、うれしそうに笑っていました。
「ナイショな」
「うん、ナイショナイショ」
このおじさん、チョイ悪です(笑)。


民宿には三泊しましたが、最後の夜はおじさん主催のサザエの壺焼き大会を開いてくれました。
サザエの他にも小さな巻き貝が山のようです。
この小さな巻き貝は昼間おじさんが海で取ってきてくれたものとかで、まずそれを大きな鍋で茹ではじめました。
うわー、海の香り。


茹で上がるとおじさんが、
「こうやって食べるんだ」
と貝殻からくるくると中身を取り出すやり方を実演して見せてくれました。
ほかのお客さんも一緒になって、みんなでくるくる。
「わぁ、おいしい」
「初めて食べた」
小さな名前も知らない巻き貝は大人気でした。
息子さんの奥さんが握ってくれたおにぎりを頬張りながら、すてきな海のディナーです。
いよいよメインのサザエの壺焼きが始まりました。
港で焼いてるのを買うと一個何百円も取られますが、今夜は全ておじさんのおごりです。
みんなの歓声が上がりました。


おじさんは焼きながら、サザエは海草を食べて育つこと、だから水のきれいな、いい海草が育つ海のサザエはおいしいこと、サザエのうま味はコハク酸で、サザエにはアワビの2倍のコハク酸が含まれていることなどを話して聞かせてくれました。


最後におじさんが、島の民謡を披露してくれました。
ゆっくりとしたテンポの歌でした。
昔の漁師が船の櫓を漕ぎながら歌った歌だから、こうやって、ぎっちら、ぎっちらとやる速さで歌うんだよと教えてくれました。


翌日はおじさんが港まで車で送ってくれて、出港までずっと見守っていてくれました。
船が港を離れはじめると、おじさんは大きく手を振って、また来いよ、きっと来てくれよと、昨夜の民謡のようなよく通る声で叫んでくれました。
私たちも「きっとまた来るから」「おじさんもお元気で」と叫びながら手を振りました。
みんな、ちょっと泣いてしまいました。


今もおじさん、きっと元気でお茶目なサービスに励んでいらっしゃると思います。
また行きたいなぁ。すてきなおじさんのいる、海の民宿でした。


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