「あ、お祭りだ!!とバスを途中下車して…」by id:momokuri3


私は一人旅と温泉が好きで、時たま、観光ガイドに載っていないような小さな温泉を巡る旅をしています。その時もいつものように列車を使って途中まで行き、あとは延々バスを乗り継いで目的地を目指すというコースをたどっていました。観光化されていない小さな温泉は、鉄道の沿線からは大きく外れていることがほとんどです。


その時も、1時間に1本あるかないかというバスに揺られて、山あいの道を進んでいました。坂を下るとサッと視界が開けて道の両側に田んぼが広がりました。そして前方には、道の両側に立てられた高い柱の間につながれた日の丸の垂れ幕。その日の丸の下をくぐると、道の両側に古い作りの家々が並ぶ町が見えてきました。左手には一段高くなった台地の上に鳥居が見え、祭礼ののぼりが立っていました。
『お祭りだ!!』
私は予定を変更して次のバス停で降りることにしました。一人旅ですから気ままなものです。しかしバスはその後右折して、さらに何キロも走った所で止まりました。ここが町の中心部。農協の支所と郵便局が見えます。さっき見た神社は町はずれだったのでした。


今きたばかりの道を徒歩で戻り、ヘトヘトになったころ、やっとお囃子の音が聞こえてきました。いい感じです。すると向こうから小さな山車がやってきました。お囃子はこの山車の列からのものだったのです。
さっそく山車に駆け寄り、赤色灯を持って誘導係をしている人に、「旅の者なんですが、お祭りやってるのを見てバスを降りてしまいました、ご一緒していいですか」と声をかけると、どうぞどうぞとにこやかに受け入れてくださり、他の人も団扇を渡してくれるなどして歓迎してくれました。


山車と一緒にあたりを一巡りすると、やがて目指す神社に到着しました。山車は裏手の道から境内に上りますが、私は初めての神社なので正面の鳥居から入って、石段を登って境内に入りました。社殿は小さいですが境内はかなり広く、一段下がった広場には演芸の舞台も出来上がっていました。


社殿は扉が大きく開かれていて、中に何人もの人が入っていました。賽銭箱の前で参拝しようとすると、遠慮しないで上がりなさいと言われて、初めての神社なのになんと社殿の奥の祭壇の真ん前まで進み出て参拝することになってしまいました。お賽銭として取り出した五円玉が五百円玉に変わったのは言うまでもありません(笑)。


山車の行列の人が地元の顔役の人たちに私のことを紹介してくれました。すると居並ぶ人たちが口々に、縁故もないのにはるばるやって来たとは神様のお引き合わせに違いない、これから式典が始まるからぜひこのまま座って一緒にお参りしなさいと、強く勧めてくれました。
神主さんが登場して、いよいよ式典です。正座をして二拝二拍手。神主さんの祝詞が二種類くらい続き、順番に玉串を捧げて、お祓いを受けて…。ほかにも、東京ではめったに見ることのない古式ゆかしい色々な儀式が執り行われていきました。
最後に御神酒の杯が配られて乾杯です。なんとその時に「東京からのお客様です」とご紹介いただいてしまい、神主さんから、よく来ましたねと握手までいただいてしまいました。


式典が終わって拝殿を出ると、元気なおばあちゃんが駆け寄ってきて、私の手を取るではありませんか。そして周りのみんなを呼ぶんです。この手は宮司さんから握手をいただいた手だから今日一番神様に近い手だよ、みんなもこの人から握手をもらうといいよって。あっという間に拝殿の前で握手会になってしまいました。
『神様、私みたいな者が神様のお使いみたいになってしまってごめんなさい』
と心の中で冷や汗を出しながら、町の皆さんと握手をさせていただきました。


続いては舞台で演芸大会です。露店は一つも出ていませんが、境内の端には町内会の名前が書かれたテントがあって、そこでかき氷やヤキトリ、フランクフルトなどを売っています。ここに座ってと案内されて舞台の前に腰を下ろすと、さっき握手をしてくれた皆さんが、そのテントで売っている物をどっさり持ってきてくれました。
おまけにおにぎりまで。このおにぎりはお祭りの奉仕者専用なんだそうですが、私も山車と一緒に歩いたし式典にも出たからこれを食べる資格があるんだと、筋骨隆々のねじり鉢巻きのおじさんが、バシンと私の肩を叩いて手渡してくれました。


回ってくるビールを飲みながら、町の人たちが繰り広げる舞台を楽しみました。ちょっと見るといかにも過疎の町ですが、若いお母さんや子供たちもけっこういます。子どもの踊りや、若いお母さんたちのアイドルばりに振りを付けた歌などで境内は大盛り上がりでした。
30代から50代くらいまでの男性グループは地域興しの中核を担っている人たちとかで、なんとなつかしの一世風靡セピアの歌を、フルコーラス通して完璧な振り付けで踊っていました。全員揃いの真っ白なサラシに、真っ白なボンタンみたいな作業ズボン、真っ白なねじり鉢巻き、そして地下足袋姿です。踊りも気合いがこもった大熱演でした。
踊りが終わると中の一人がマイクを取りました。
「この町は来春合併して○○市になります。でもこの町が無くなるわけではありません。我々はここから新しい町作りをはじめていく、そのために汗を流して働く、その決意を表す意味で、真っ白な作業服姿で揃えました!」
割れるような拍手。そしてどこからともなくアンコールの声。それがだんだん大きくなって、アンコールの大合唱になりました。すると一番年上と思われる人が横からマイクを取って、
「す…少し待…ハァ…息が切れてすぐには踊れん」
会場は大爆笑でした。


こういう地域の行事は始まりが早いですから、終わるのも早いようで、15時には演芸もお開きになりました。あとは地域の公民館に移動して慰労会とのことで、私も誘っていただきましたが、そろそろ目的地に行かなければなりませんからと、それは辞退させていただくことにしました。
ところが、午後のバスの便は夕方過ぎまで待たないと来ないことが判明。バス停で何時間も待つのはつまらないから一緒に来なさいと誘われて、それではと、短時間ながら参加させていただくことになりました。お祭りで親しくなった皆さんと肩を並べて、本当に楽しい語らいの時間を過ごすことが出来ました。


いよいよバス停に行かなければならない時間です。名残惜しいというか、席を立つのが辛かったです。最後にすっかりお酒が入って出来上がっている地元の区長(町内会長)さんから「お前はもうこの町の人間だ、必ず戻ってきてここで嫁を取れ」と言われて、皆さんのまた来いよ、必ず来いよの声に送っていただきました。ほんの気まぐれな途中下車が、すばらしい一日を与えてくれました。


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