「祖父の吹く口笛」by id:SweetJelly


祖父の吹く口笛は、澄み渡った素晴らしい音がします。祖父は口笛で鳥の鳴き声を真似るのも上手でした。祖父とお散歩に出かけると、よく色んな鳥の鳴き声を真似してくれました。まだ寒い浅い春に、歩きながらホーホケキョ。すると塀の向こうから「あら?」なんていう声が聞こえてきます。本当のウグイスの声だと思った人がいるようです。祖父はいたずらっぽく唇に人差し指を当てて、シーッというような顔をして微笑みます。私も唇に人差し指を当てて、うんうんとうなずきます。しばらく歩いて遠ざかってから、二人でお腹を抱えて大笑い。そんな楽しいお祖父ちゃんでした。


祖父は色んな歌も口笛で聞かせてくれました。中でも祖父が大好きだったのは、坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」でした。夏の夕方のお散歩の帰り、河原でこの曲を聞かせてもらっていたら、なぜかじんと涙が出てきてしまったのを懐かしく思い出します。


ある時私は、あまりに祖父の口笛が澄んだ響きなので、どこまで離れて聞こえるか試してみたくなりました。祖父に立ち止まって口笛を吹いてもらい、私だけどんどん先に進んでいきました。どれだけ歩いても、まだ口笛の音が聞こえます。うわぁ、すごく遠くまで響くんだと思いながら振り返ると、祖父の姿は遥か向こう。私はあまりに離れすぎて心細くなってしまい、半分べそをかきながら走って祖父のもとに戻りました。そのくらい、祖父の口笛の音は美しい音がしたのです。


子供の歌も、たくさん口笛で吹いてくれました。祖父と手をつなぎながら、口笛に合わせて歌を歌います。いつも音楽のあるお散歩。それはとても楽しいお散歩でした。


ある時、祖父が怪我をして入院してしまったことがありました。幸い怪我をしたのは足だけだったのですが、祖父は「病院では大好きな口笛が吹けないなぁ」と、それが寂しそうでした。ところがです。祖父が口笛の名手だと知った入院患者さんたちがその音楽を聞きたがって、先生や看護師さんと協力して、病院の中で「口笛リサイタル」を開いてくださることになったんです。


当日は私も呼んでもらいました。祖父は足を骨折していたので、車椅子で登場です。病院のホールには人がいっぱい。祖父は次々と、色々な曲を披露していきました。どれも昔の懐かしい曲で、祖父より年上そうな皆さんが涙を浮かべながら聞いてくださっていました。最後に私が花束贈呈です。大きな拍手の中を進み出て祖父に花束を渡すと、アンコールの声がかかりました。すると祖父が私の手を握って、「ほらいつもの、一緒に歌おう」。


「うん!」
私は元気良く答えました。
「それではアンコールにお答えして、孫の○○が一緒に歌います。聞いてください、『靴が鳴る』」


いつものように、口笛で前奏が流れます。
ドーラドソーラソミードー レードレミーレドー
さんはい
おーてーてー つーないでー のーみーちーをーゆーけーばー


この曲は二番まであります。私はいつも祖父と歌っていたので、ちゃんと二番まで歌えました。一番は歌を歌って小鳥さんに、二番は跳ねて踊ってウサギさんになるんですよ。こうして病院での口笛リサイタルは大成功でした。


こんな色々な思い出のある祖父の口笛が、私の1番の「今も耳に響く……イエの音、家族の音」です。


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