高校野球のラジオ中継の音」by id:C2H5OH


父はお盆休みになると、待ってましたとばかりに日曜大工(夏休み大工?)に精を出していました。普段の週末では作れないような大物を手がけるのです。ある年は無謀にも裏庭に物置を作り始め、ついに未完成のまま休みを終えてしまったこともありました。


そんな父の大工仕事のお供が、高校野球のラジオ中継だったのです。私も父の仕事を見ているのが面白く、よく一緒にいましたので、一緒にそれを聞いていました。
でも子供はあまり集中して放送を聞いていませんから、試合の流れがよく分かりません。
「打った、大きい大きい、入るか?入った、ホームラン、今大会○号目のホームランです!!」
アナウンサーが絶叫しますが、私にはどちらが打ったのかもよく分かっていません。


「ねぇ、どっちが打ったの?」
「○○高校の方さ。」
「でどっちが今勝ってるの?」
「△△高校の方。一点差だ。」
「じゃ追い上げたんだ。」
「そうだよ。お、また打った。逆転につながるかもしれないランナーが出たぞ。」


こんなふうに時々父に解説してもらいながら続きの中継を聞いていきます。でも解説してもらってしばらくは試合の流れが追えるのですが、


「ほら、釘打つぞ、そっち持っててくれ。」
「こう?」
「そうそう、動かないようにしっかり頼むぞ。」
ガンガンガンガン


こんなことをやっていると、すぐに試合の流れが分からなくなります。でも父は野球が大好きだったので、頼まなくても時々解説を入れてくれました。好きな大工仕事に汗を流しながら好きな野球に耳を傾ける父は、とても楽しそうでした。


しかしある年、お盆休みを目前に控えた父が入院してしまったのです。数日は面会もままならず不安な日々を過ごしましたが、やっと面会できることになりました。この時のために用意しておいた父のポケットラジオとイヤホンと新しい電池、そしてもう一つ秘密のアイテムを入れた紙袋を持って、母と一緒に病院に向かいました。


病室に入ると、父はベッドに寝たままでしたが、意外に元気な声で「良く来たな」と言ってくれたのでホッとしました。早速私は紙袋からラジオを取り出して、これで高校野球を聞いてよと差し出しました。そしてもう一つ、秘密のアイテムも手渡しました。それはここ数日の試合の様子が分かる新聞の切り抜きに、手書きの勝敗表を添えたノートでした。


早く元気になってもらってこれを渡すんだ。そう思いながらノートをまとめる作業には、祈りにも似たものがありました。試合終盤、2アウトからの打者。テレビの中継ではそんな時、応援席で手を合わせながら祈るように見つめている女生徒の姿などが映し出されることがあります。そのノートをまとめながら見ていた中継でも、そんなシーンがありました。自分の祈る気持ちとそれが重なって、思わず涙が出てしまったのを憶えています。


でも翌年の夏には、すっかり元気になった父の夏休み大工の音と、ラジオから聞こえる甲子園の音が戻ってきていました。それは私にとっての幸せの音でした。


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