「探し物はどこですか」by id:YuzuPON


父が出張に出かけました。札幌まで列車の旅です。父は鉄道が大好きなので、前日からウキウキでした。
青函トンネルってのはなぁ、海底で地盤が軟弱だったんで、普通のやり方では掘れなかったんだよ、おまけに水がじゃんじゃん出るし。そこでまず地盤にセメントを高圧で注入して、それが固まるのを待ってから掘り進んでいったんだ。人工的に強固な岩盤を作って、それから掘るっていう作業だな。そういう苦労を思いながら通ると、感激もひとしおなんだ。
もう蘊蓄を語る語る。はいはい、気を付けて行ってきてね、おみやげは北海道限定サッポロビールクラシックね、行ってらっしゃーい。
母のもとには、けっこう頻繁にメールが届きました。余裕ある日程の出張なので自由な時間も多いらしく、どこに行ったの何を食べたのと、写真付きの旅行記ブログのようなメールです。母も嬉しそうにそれを眺めていましたが、事件は帰りの列車内で発生しました。なんとキップを紛失してしまったというのです。いくら探しても見つからない、このままではキップを買い直さなければ降りることが出来ない。会社も落としたキップの穴埋めまではしてくれないだろうから、今回の出張はけっこうな損害になりそうだよとのこと。
指定券とか他のキップはあるの?ポケットは全部調べた?鞄の中は全部出して確かめてみた?落とし物として駅に届いてるとかって可能性はない?などと母も知恵を絞ってアドバイス(になっているかどうかは疑問ですが)を送信していたようですが、ついに万策尽きて、父は自腹でキップを買い直して帰ってきました。
あんなにウキウキと出かけたのに、帰ってきた父はしょんぼりしています。母は、いいじゃない、あんなに楽しい旅だったんだから自分のお金で行ってきた方が思い出に残るわよと慰めますが、父は、お金が惜しいんじゃないんだ、こんなヘマをしてしまった自分が情けないんだよと悔しそうです。その気持ちは分かります。
翌日。母が父の靴を磨いていると、あら!と声を上げました。出張明けの休みで家にいた父がどうした?と声をかけると、お父さんこれ、と母が汚い紙片を持ってきました。靴底にガムと一緒に貼り付いてたわよと指先に抓まれた紙は、変わり果てた姿のキップでした。
さすがの父もこれにはマイッタの顔。でも嬉しそうに口がほころんでいます。
「降りる時精算所で再収受証明もらってきた?」
「あるある、今度はなくしたりしてないはず」
「なら払い戻し受けられるね」
すると母がぽつりと、
「こんな汚いキップを渡されるなんて、駅員さんがかわいそう」
タイミング良く猫が鳴いて、その通りだニャーと言っているようで、みんな声を上げて笑ってしまいました。一瞬にして明るいわが家が戻ってきました。


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