イエ・ルポ 2

「受験を放棄した級友に」by id:Oregano


私は人に何かを説教できるような人間ではありませんが、一度だけ、友人を激しく怒鳴りつけたことがありました。高校三年の、ちょうど今くらいの時期でした。みんな受験でテンパっていて、口には出さなくても、誰もが重圧で押しつぶされそうになっていました。そんな時、クラスの一人が家出したのです。家出といっても、ほんの一晩姿をくらます程度のプチ家出です。コンビニの近くの公園にでも行ってみれば、寒さに耐えかねておでんでも食べている姿が見つけられる程度の外出に過ぎません。高校生なんてそんなもんです。しかしその日だけは事情が違っていました。彼は翌日に、大事な受験を控えていたんです。
私がその騒ぎを知ったのは翌々日、つまり彼の試験日の翌日でした。あいつ昨日試験行かなかったらしいよ、残りも全部やめるらしいぜ、と噂になっていました。当然当人は学校にも出てきません。
私はとても心配になりました。当時私は、人生は一度レールを外れたら二度と戻れないと、本当にそう考えていました。そういう自分に与えていたプレッシャーを通して人のことも見ていましたから、何としても友だちをレールから外すわけにはいかないと考えてしまいました。とても未熟な考えですが、とにかく心配で、いても立ってもいられなくなってしまったのです。
同じ中学の出身者に地図を書いてもらって彼の家を訪ねると、彼はもう家に帰っていました。外で話そうということになってぶらぶら歩きながら話を聞きましたが、やはりもうプレッシャーに耐えられないので逃げ出したいという気持ちであることがわかりました。私も同じなので、その気持ちは痛いほどわかりました。
でも今逃げてもまた来年進路を選ばないといけない、一年たてば状況はもっと不利になる、一度逃げたら次はもっと辛くなると言うと、彼は生気のない顔をしてボソッと言いました。いいんだ、来年なんて来ないから。
びっくりして、それってどういう意味だよと聞くと、彼は何も言わなくなりました。私は、彼のとんでもない考えを直感しました。ふざけるなよと詰め寄りましたが、彼はまるで他人ごとのように私の声を受け流そうとしています。おいと怒鳴って肩を揺すると、彼が持っていたジュースの缶が落ちて転がりました。
それが合図になったかのように、私は感情が高ぶって、何を言っているのかわからないくらい道端で怒鳴り散らしました。怒鳴りすぎて頭がクラクラするくらいでした。人だかりができかけてしまったので、彼の手を引っ張って近くのファミレスに逃げ込みました。
二人で無言のままコーヒーをすすっていると、しばらくして彼が口を開き、ごめん、死にはしないから、と言ってくれました。そして、逃げてもなにもならないことはわかっている、でもちょっとだけ休みたい、来年もっときつくなるのはわかってるけど、少し休めばきっとまた頑張れる、だから来年もこんなふうに励ましに来てくれないか、今度こそ逃げずに頑張るからと約束してくれました。さっきとはうって変わって生き生きとした瞳でそう言ってくれたので、私は彼の言葉を信じました。
それから時がたち、私も彼も今は社会人となりましたが、彼は某有名大学を極めて優秀な成績で卒業し、今では霞ヶ関を動かす人物の一人になっています。今でもたまに会って、お前悪い官僚になってるだろうなどとからかってみますが、彼は、お前の友情に救われた男が悪くなれるわけないだろうと真顔で言い返してきます。あの時のことを思い出すと私自身未熟で穴があったら入りたくなりますが、でも、友だちを思う気持ちだけは本物でした。友情は今も続いています。