「踏み外しそうになった道を引き戻してくれた友人の熱い思い」by id:TomCat


母を亡くし、父もその後を追うように早世してしまったあと。施主として怒濤の葬式を終え、誰も居なくなると、恐ろしい静寂がやってきました。一人になりたくて一人でいるのとは全く違う孤独。それは耐え難いものでした。
 

夜、そんな静寂に耐えられず、人の姿を求めて雑踏に紛れました。そして夜遊びをおぼえました。まだ四十九日も終えていないというのに、親を無くした息子が夜な夜な遊び歩いている姿は、自分でも極めて不道徳に見えました。しかし、そんなことも慣れてしまうと、無視できる話になっていました。


それでも、他人というのは案外よく見ているものなんですね。どうもあそこのバカ息子は葬式の後、夜な夜な遊び歩いているという噂が立っていたようです。友人が心配して家に訪ねてきてくれたようで、ドアに、留守だったから帰る、また来るとメモが挟まっていたりしました。


そんなことが数回あった後、夜の繁華街で、後ろから声をかけられました。振り返ると、何度か家に訪ねに来てくれた友人でした。少し付き合えと言われたので、それじゃどこかの店に入るかというと、いや、お前と遊びたくてここに来たんじゃないという答え。


そうか、何度も訪ねてきてくれたのに電話もせずに悪かったなと返答すると、「そんなことで怒っているんじゃない」と怒鳴られました。


「お前は葬式の時に何と挨拶をした、夜遊び一つしたことがなかった真面目なお父さんの足跡を自分もたどっていくって言ったじゃないか。こんなのお前らしくない。だいいちこうして遊ぶ金はどこから手に入れてるんだ。親の遺産が入ったか、保険金が下りたか、それとも香典が余ったか、ええ?」


「あ、いや、スロットでちょっと大勝ちしてさ」

「何だと、この上バクチもか、そのうち身を持ち崩すぞ、この死に別れてからも親を泣かす大バカ野郎が」


友人は雑踏のど真ん中で思い切り怒鳴ると、そのまま去っていきました。公衆の面前で罵倒され、見知らぬ人の視線が刺さるように痛く、私は路地を抜けて小さな公園に行きました。ブランコに座り空を見上げると、涙が溢れてきました。子供の頃、背中を押してブランコを揺すってくれた、優しい父の手の温もりが思い出されてたまりませんでした。


ああ、そうか。こんなふうに泣きたくなかったから、俺は毎晩自分を誤魔化していたんだと、その時やっと気が付きました。誰もいない静かな公園だったので、思いきり泣きました。


そういえば、公園で泣いていたら迎えに来てくれたことがあったな、お父さん。振り返ると、優しく微笑みながら手をさしのべてくれている父の姿が見えるような気がしました。私は父に導かれるように立ち上がり、家に帰るべく駅への道を急ぎました。すると人気もまばらな駅前に、さっき思いきり私を罵倒してくれた友の姿があるではありませんか。


「よう」

「な、なんで、まだ帰らなかったのか」

「傷心のお前を置いて帰れるか、家まで送るよ」

「そんな、いいよ」

「バカヤロウ、もう終電ねえぞ、タクシーおごるよ、俺は今夜、お前に一円も使わせたくないんだ」


ありがとうと素直に頭を下げると、よし、お前はもう昨日で夜遊びから足を洗っていた、今夜のお前はいつものお前のままだった、俺は嬉しいと、バンバンと肩を叩いてくれました。友情の重みがずっしりと肩に乗ってくるのを感じました。でも、それは嫌な重荷ではありませんでした。人は一人じゃないから、自分をしっかり保つ責任がある。真面目に生きようと思っているうちは、人はけっして孤独ではない。そのことを教えてくれた友でした。


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