「父と歩きながら蹴っていた小さな石ころ」by id:Fuel


中学の体育祭。小学生ではないんだからという変なプライドが芽生えてきて、できれば親には来てほしくない年頃です。その年は、幸い、というか何というか、父は仕事で都合が付かず、母もちょうど何かで忙しかったようで、二人とも来ないことになっていました。
ところがです。午後の競技に出るためにグラウンドに出て一般観覧席に目をやると、なんと父の姿があるではありませんか。午後から都合が付いて来てくれたらしいのです。
お調子者の私はクラスの応援団も引き受けていましたので、応援合戦などもやりましたが、どうも親の前では調子が出ません。もう、親父のやつ、わざわざ来なくていいのに何やってんだよ、と思いましたが、忙しい合間を縫って来てくれたことは、嬉しくもありました。
全ての行事が終わり、後片付けなどを済ませて帰ろうとすると、まだ父が待っていました。一緒に帰ろうというわけです。中学生の男子は、こういうことをされると非常に恥ずかしいのですが、久し振りに父と歩くのが嬉しくないこともなく、非常に複雑な心境でした。
そうした照れ隠しもあって、私は無意識に、石ころをずっと蹴りながら歩いていたんです。ハッと気が付くと、その石が捨てがたくなってしまいました。父と歩く道をずっと一緒にきた石。なんとなく特別です。結局家の門の前まで、同じ石を蹴り続けてきてしまいました。
門に入る一歩手前で私は蹴るのをやめて、石をそこに残したまま庭に入りました。そうしたら何を思ったか、父がその石をちょこんと蹴って庭に入れ、ゴール、と言って笑ったんです。
翌朝、体育祭の翌日で代休です。庭に出てみると、昨日の石がそのままありました。拾ってきれいに拭いて、机の引き出しにしまいました。それからずっと、その石は引き出しの中に入っています。
私は家族には恵まれすぎるほど恵まれていたと思います。それは今も続いています。いつの間にかその恵まれた環境に慣れ、それが当たり前になってしまった時、不思議とこの石が目に付き、今の幸せに感謝を忘れるなと教えてくれます。私は石を握りしめ、うん、と頷きます。


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