「母譲りのコンパクト」by id:TinkerBell


おませな女の子は、自分専用の鏡がほしくてたまりません。
手鏡でもいいですが、外にも持って行きやすいコンパクトがいいんです。
太陽の光を反射させて遊んだり、もちろん時々自分の顔を見ておしゃれのまねごとをしたりします。
私はずっとそんな鏡がほしいほしいと思っていました。
そんなある時、母のバッグが出しっぱなしになっていたので、
中に入っていたコンパクトを、ひょいと借りてしまったんです。
それはとてもきれいなコンパクトで、まるで何かの魔法のアイテムみたいでした。
私はそれをポケットに入れて、外に出ました。
外で鏡を取り出して自分の顔を見るというのをやってみたかったんです。
しばらくして家に帰ってみると、母は大事なコンパクトがないと、大騒ぎをしていました。
どこかに置き忘れて来ちゃったのかしら、
ずっと愛用してきた大切な宝物なのにと、半分泣きそうになっています。
なんとそれは母の母から、成人式の日のお化粧直しに使いなさいと渡された、記念のコンパクトだったのでした。
そんな話を聞いてしまうと、とても私がちょっと借りちゃったの、とは言い出せなくなってしまいます。
結局翌日、大泣きに泣きながらわけを話して返すはめになってしまいました。


そんなことがあってから十何年後。
成人式の朝、その思い出のコンパクトを、母は私の手に握らせてくれたんです。
私は涙が溢れそうになってしまいました。
母はお化粧したのに泣いちゃダメと、私のことをくすぐって笑わせようとしましたが、
そんな母の方が、これを渡せる時が来たのねと、ちょっと涙ぐんでくれました。
母も、自分の母にしてもらったのと同じように、
成人式の日に、このコンパクトを私に渡そうと思ってくれていたのだそうです。
今もそのコンパクトは、大切に大切に使っています。
いつか私に娘ができたら、同じように成人式の朝、これを渡したいと思っています。


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