「曳き家をご存じですか?」by id:shig55


もう50年以上も前です。当時は家を造るのは大工さんでした。今のように工場で部材を加工したり、ユニットやパーツとして作り上げたものを使う工法はありませんでした。大工さんにお願いして、木材の準備から設計、組み立て、など一連の作業をしてもらう時代です。
豊かでなかった我が家は、家を建てるとき新築する程予算がありませんでした。そこで、道を隔てたところに立っていた家を買い取り、それを改修することになりました。道の向こう側から、こちらの敷地まで家を運ばなくてはなりません。大仕事が行われました。
すでに建っている家を土台から切り離し、家の形を保ったまま持ち上げ、レールのような鉄材の上に乗せます。誘導するためのレールを敷き、その上をコロを使って滑らせながら動かすのです。動かすのはジャッキで手動です。実は、この作業がどのように行われたのか断片的にしか記憶にないのです。
道路を越えて家を動かすのですからある一定時間道路を封鎖しなければなりません。当時は交通は少なかったものの、道路封鎖となると夜中しか許可が出なかったようです。大きな工事になっていることはわかっていましたが、幼かった私は夜中の様子を見ていないようです。
道の向こう側にあった家が、朝起きてみると道のこちら側にあり、その姿は柱の上に屋根が乗っているような丸裸のようなものでした。家の周りに置いてあったたくさんのレールや短い鉄の棒(ころ)、そしてとぐろを巻いているワイヤーなどから工事の様子を想像したものです。
今なら重機を使ってやるような工事を、当時はほとんど人手で行っていました。家を動かすという大がかりなことをしても、建築費用が節約できたのでしょう。柱や屋根をそのまま活かした改修ですから、間取りの制約もあり、部材も再利用のものが多かったようです。新しい家と言うものではありませんでいしたが、父が最初に立てた家でした。それまでの借家からの引っ越しはやはり嬉しいものでした。
ものが豊かになった時代、もうこのようなことをする人はいないでしょうが、昔は古いものでも活用し、いろいろと工夫して生活していたのだと思い出しました。


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