いわしの回答(転記)
石といえば、群馬の渡良瀬川で、桜石というものが採れるらしいんです。採れる、というか、かつて採れた、なのかもしれません。
わたしがすんでた町では、小学三年のときに桐生に遠足に行くことになっていて、渡良瀬川の河原でお弁当を食べるんです。群馬辺りの河原は丸い石ころがごろごろしている石の河原です。利根川も広瀬側も渡良瀬川も、みんな石ころだらけでした。東京に出てきたら、江戸川にも荒川にも石の河原がなくて驚きました。河口が近いとこんなに風景が違うものなんだなって。
話をもとにもどすと、遠足で渡良瀬川へ行ったとき、先生が「この川では昔、桜石が採れた。昔はほんとうに桜の花のような模様の石が採れたけれど、川の流れが変わって花が散ったようなのしか採れなくなった。先生の子供の頃でも珍しい石だった」というんです。
当時のことなのでインターネットなんてものはありませんし、学校の図書館には石の図鑑はありませんでしたから、桜石がどんなものなのか、まったくわかりません。頭の中で勝手に、黒くてすべすべした石に、桜の花びらのような傷のある石じゃないかと想像しました。偶然できた傷だとしても、桜の花びらみたいに見えるなら素敵です。
わたしは、お弁当をさっさと食べて、河原で桜石をひっしに探しました。あれでもない、これでもないと、見て歩くうちに、黒い石に、V字の傷が無数にある、見ようによっては桜がちっているようにも見える石をみつけて「これですか?」と先生に見せに行きました。
先生はそれを見て、「そうねえ、そうなんじゃないの?」というような、かなり冷めた反応でしたが、はっきり否定もしなかったので、わたしは勝手に「やった、桜石をみつけた!」とほくそ笑み、大事に家にもちかえりました。大事にしていたわりに忘れるのも早くて、そのうち庭においやられ、やがてどこかへなくしてしまいました。
それから数十年たって、インターネット時代がやってくるのですが、ある日ふとそのことを思い出して、検索してみたんです。桜石を。そして、京都の亀岡というところで採れる桜石の写真を見てびっくりしました。
http://www.earthscience.jp/sakuraishi.html
ほ、ほんとに花のかたちしてる! しかも、石の傷なんかじゃなくて、黒い石の中に白い六角形の石が、蜂の巣みたいに並んで花のかたちを作ってるんです。パッチワークのフラワーガーデンみたいに。これはわたしが拾ったものとはまったく別のものです。ひょっとすると、先生も本物を見たことはなかったのかな、と思いました。
と、きれいにまとめればいいんですけれど、この話にはさらに後日談がありまして、わたしが上記のサイトをみつけたのは、世間でまだインターネットが珍しかった時代なんです。桜石のことを調べると、そのサイトくらいしかヒットしませんでした。ところが、つい最近(というか今ここで)、あらためて「桜石 渡良瀬川」と検索してみたところ…
http://office1.cside.ne.jp/keiseki/about_suiseki.html
(↑このページのまんなかあたりに写真があります)
http://park7.wakwak.com/~saito/sakuraishiindex.html
えっーーーー、ぜんぜん違うじゃないですか。黒地に白い花びらを散らしたような模様のある石ですが、花に見えるかと言われると、ちょっと苦しいですね。どうもわたしは、小さい頃に勘違いしたまま大人になり、大人になってから勘違いを正したつもりが、さらに別の勘違いをしていたようです。渡良瀬川の桜石と、京都の桜石は別のものでした(質的には近いものみたいですけれど)。してみると、わたしが子供の頃にみつけたあの石は、花びらがやけに細かかったけれど、もしかすると本当に桜石だったのかもしれません。なくしてしまったのは本当に残念です。
渡良瀬川の桜石は、田中正造も持っていたということで、幸運を呼ぶ願い石だと言われています。足尾の鉱毒でやられた田中正造の村は、今では渡良瀬遊水地という原野になっています。村はなくなってしまったけれど、野鳥や魚がたくさん住んでいて、今では銅山の毒はすっかり消えているようです。
何千年も前に造られたエジプトのピラミッドや神殿、あんなに大きくて大規模なものを人力だけで造ったと思うととてもすごいと思います。
モアイやほかの遺跡も、古代の人の発想力や想像力に心惹かれます。
一度現地で本物を見てみたいです。
テレビの特番も楽しみで、毎回楽しみにしています。
現存する遺跡というのは石で作られたというところがポイントなのではないでしょうか。
石で作られていたからこそ残った。
もし、木造の大建築でも2000年以上前に作られていたら残っていたかどうか。
古代の人が後世に残るように石で作ったと考えたら考え深いものがあります。
よく「動物愛護法」と略されますから、なんだよ動物だけ大切にして人間はそっちのけかよ、なんて言われますが、正式名称からも分かる通り、この法律には大きく分けて二つの柱があるんです。
ひとつはもちろん動物を愛護することですが、もう一つの重要な柱が、動物による人の生命身体財産への侵害を防止することなんですね。つまり、動物の適正な管理に関する決まりを定めて飼い主の責任を明確にしていくことが、この法律の重要な中身なんです。
たとえば飼い犬が人に危害を加えたら困りますし、飼い猫がよその家の小鳥を狙ったり、庭に糞尿をしても困ります。また捨て犬や捨て猫も大変な社会に対する迷惑行為ですし、さらにはいい加減なペットショップが不潔な飼養環境で営業し、人間に対して害のある病原体を持つ動物を売ったりしたら大変なことになってしまいます。そうした危険危害を未然に防止するための規則を設けて社会の安全を守る。それがこの法律の重要な意義なんです。
さらには、動物の愛護そのものも、究極は人間のためなんですね。この法律では、動物愛護の目的を、「国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資する」こととしています(第1条)。
生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養。これは日本国憲法の目標とする国作りそのものです。過去、人の命すら羽毛より軽いと公言してはばからなかった時代がありました。動物という命ある存在を尊ぶことは、その正反対です。動物の命が尊べる国民性が涵養されれば、それが平和国家建設の礎となる、ということです。
また、動物の遺棄や虐待・殺傷などに刑事罰が設けられているのは、過去数多くの凶悪犯罪の前兆として、動物に対する残虐な行為があったことが一つの理由となっています。社会を大きく震撼させるような事件の取り調べが進むにつれて、その犯罪を犯してしまった人が過去において動物虐待を行っていたというケースが少なくなかったことが、法改正の大きな引き金になりました。
動物虐待を取り締まることで人間に対する犯罪を減らすことができるという考えは米国でも取り入れられていて(というか米国の方が先輩格ですが)、州によっては警察官と同じ司法権限を持つアニマルコップなんていう取締官がいたりします。また英国にも王立組織に所属する女王陛下のアニマルポリスがいて、米国のような犯人逮捕権限はないものの、数百人の調査官が活躍しています。こうやって、先進諸国では動物虐待の防止を、社会の安全を守る重要な柱として位置づけているんです。
こんなふうに、動物愛護法と呼ばれる法律は、動物の愛護と適正な管理という二つの柱を通じて、平和で安全な社会作りをしていこうという法律なんです。単に動物を溺愛してくださいという内容なら、そんなもの、法律になるわけがありません。
動物愛護法を知ると、各家庭でのわんこやにゃんこの飼い方ひとつにしても、単に家庭内のことにとどまらない、実社会に直結した重要な責任があるんだということがわかります。ぜひ動物愛護法やそれに関する制令や省令、都道府県の条例などの内容を知ってください。役所の環境担当課や公衆衛生担当課などの窓口に行くと、たいてい分かりやすいパンフレットが置いてあると思います。責任ある飼養で、愛する動物をしっかりと適正に管理していきましょう。それが動物の健康や幸せにもつながります。
【法令関係参考リンク】
【環境省・動物の飼い方啓発パンフレット等】
わたしが子供の頃なので、かれこれ三十年くらい前のこと、軽トラに庭石をのせて売りにきた人がいました。たぶん、どこかの庭園におさめる予定のものが、何かの理由で余ってしまったのでしょう。
わたしがすんでいた町は田舎なのでたいていの家には庭があります。その石屋さんはご近所を一軒ずつまわって石をセールスしていたようです。うちにも来ましたが、そのときは父が断りました。普通の家の庭石としてはやけに大きくて、ゴツゴツして尖った感じの石だったのを覚えています。
それから数日後、うちから数百メートルはなれた祖母の家に遊びに行ったら、なんと、うちで断ったあの石が庭にデーンとそびえているではありませんか。形や質感に特徴があるので見間違うはずがありません。まちがいなく軽トラで売りにきたあの石です。「これどうしたの?」と聞いたら、売りにきたからおじいちゃんが買ったのよと言ってました。祖母の家は農家で庭が広いのですが特に和風庭園というわけでもなく、その石は柿の木の下に据えられて、とにかく不似合いでした。たぶん、石屋さんも持ち帰るのがいやで、ずいぶんディスカウントしたんじゃないかと思います。残念ながらいくらしたかは聞きそびれましたが。
わたしは祖母の家の庭で近所のともだちとよく遊びました。その石は子供の背丈と同じくらいの高さで、よじ上って遊ぶにはちょうどいいサイズでした。今なら危ないといって大騒ぎになりそうですが、一番高いところから地面に飛び降りて遊んだりもしました。誰も怪我なんかしなかったし、いちいち注意しにくる大人もいませんでした。石から飛び降りるのはおこられませんでしたが、近くに生えている柿の木には上るなと何度も言われました。枝がもろいのでいつか折れて大けがをするだろうからって。決して子供に無関心だったのではなく、自分で気をつけてやってる分には大丈夫だという判断だったようです。そんな時代だったので、わたしたちはその石をさんざんおもちゃにして遊びました。幼稚園の時にお教室にあった絵本になぞらえて「キラキラの山」と呼んでいたのも思い出します。
それにしても、石の行商だなんて、今思うと大胆ですよね。いくら田舎で庭があるからって、そんな大きなもの、よく買う人がいたもんだと思いますって祖父ですけど。祖父はいい人だったけれど、正直よくわかんない人でした(^^;
庭に鯉がいました。
産まれた時から大きな池が庭にあり、鯉がたくさん泳いでいました。
小さいときは、よく見ていたのですが、あるとき池に落ちてしまって
それからしばらくは怖くて覗くことも出来ませんでした。
けれど、小学校にあがり友達ができ、庭を走り回るようになってからは
友達がえさをあげたいと言い出し、一緒にあげたりしているうちにまた好きになって来ました。
大きいのから小さいの、金色や真っ黒や、カラフルな錦鯉など3,40匹くらいいたと思います。
手をパンパンと叩けばよってくる。
エサの時間だと知っているのです。
水面に落ちた落ち葉を一生懸命ひろって水をキレイにしてあげたり、
私もおじいちゃんと一緒に世話をしていました。
それがおじいちゃんと私だけの思い出ですね・・・。
夜店で金魚すくいをして、いれるところがないからと池の中にこっそり入れておいた金魚が
いつのまにか、小さな鯉くらいに大きく成長していたのも驚きです(笑)
冬には活動しなくなるのか、岩陰にみんなで隠れているので
それを横から覗き込んでいたり・・・
あるときは、猫に食べられそうになって、敷石の上でびちびちはねているのを見て
慌てて池の中に戻したり・・・
猫やカラスがこないように、網を張るも、隙間から取られていってしまい、段々数が減ってきて悲しい思いをしたことも・・・
手にとることはできないけれど、いつもすぐそばに感じられる存在でした。
実際触れて、なでてかわいがることが出来る、犬や猫や鳥も好きでしたが、
庭の一画で、いつもそこにいて、呼べば寄ってきてその優雅な姿で励ましてくれる鯉はまた違った存在でした。
犬や猫・鳥・カメ・鯉・うさぎ・ハムスター・熱帯魚・・・などいろんな生き物を飼う事を許されていた環境にあったのが、今ではすごくありがたいです。
小さいながらに命の重みなどを実感できましたからね。
日頃はあまり使わないのですが、お祝い事や来客時、
ちょっとした気分転換に、ランチョンマットを使います。
洋食の場合は布製のランチョンマットを使うのですが、
今日はちょっと趣向を変えようと思った時には、
和風ランチョンマットを使います。
和風ランチョンマット・・・
と言えば聞こえがいいのですが、
うちでは『お盆』の事を示します。
お盆にもいろいろあって、ランチョンマットとして使うのは、
縁がほとんどないお盆、縁の低いお盆を使います。
定番として使うのは、丸盆と半月盆。
ダイニングを演出する時にお手本にするのが、
懐石料理や本膳料理の小料理屋さんで見かけるもの。
実際に行ったお店だったり、雑誌で紹介された粋な演出をお手本に。
日本料理には、本膳料理、懐石料理、会席料理の流れがあります。
本来、一汁三菜などの型や表千家の茶懐石といったお作法がありますが、
自宅でのおもてなしの際には、こだわりなく気軽に楽しみます。
特に気に入っているのが、朱色と黒の両面が使える半月盆。
ダイニングテーブルに半月盆の色を互い違いに並べます。
お客様が来たときは、半月盆にお箸のみ。
最初はシックに決めてみる。
さて宴会だ!となったら、半月盆に椀物、小鉢、皿を並べ、
色とりどりの食材や和食器で、暖色雰囲気に。
終盤になったら、徳利とお猪口のみ。
これがうちでは粋なんです(笑)。
座敷や和室、炬燵で座椅子と和式もいいのですが、
たまに洋式のダイニングテーブルで、
和風ランチョンマット、
お盆でおもてなし、
乙なものですよ。
●粋な演出のお手本
>http://allabout.co.jp/gourmet/eatoutkansai/closeup/CU20080126A/
●うちはこんな豪華じゃないんですけどね(笑)
>http://allabout.co.jp/travel/traveltokyo/closeup/CU20040901A/
子供のころ少し離れた所に製材所があり、その裏に古いおが屑が積まれているところがありました。その下にカブトムシの幼虫がたくさんいたんです。友だちと噂を聞いて掘りにいって、連れて帰って育てたことがありました。羽化して出てきた時は感動しましたね。あんな白い芋虫みたいなのがいつの間にか立派なカブトムシに変身。命って本当にすごいと思いました。羽化してすぐ離してしまうのは心配なので、三日ほどそのまま飼い、手に乗せて遊んだりしました。でも自然に帰してやらないと可哀想だと思い、幼虫を捕ってきた製材所の近くに離しました。ちょっと涙が出ました。今はカブトムシは激減してしまいましたが、それでもごく稀に見ることがあります。もしかしたらあの時の子孫ではないかと思い、人に捕まらないように気を付けるんだよと(自分のことは棚に上げてw)心の中で話しかけます。
幼虫からですか!なおさら神秘的で思い出深いですね。
私は、一度だけほとんど成虫をもらってきて飼いました。
それまでは興味なかったけど、飼ってみると健気で
与えたリンゴにしがみついて、動かす足が箱に当たってカサカサ音がしてました。
あるときカサカサ音がしないな、と思ったら動かなくなってました。
夏の終わりでした。庭にお墓を作って手を合わせました。
青や赤などの玉砂利は、晴れている日はなんとなく白っちゃけた色をしていますが、雨に濡れると色が鮮やかになりますね。近所に青の玉砂利をびっしり敷き詰めているお宅があります。雨の日はとてもきれいです。
知らない間に、わが家で蜂の巣作りが始まっていました。まだ作りかけの小さな巣でした。母は、やーん恐いー、早く取り除いてと言いましたが、父がそれに反対しました。今ここで巣作りを邪魔すれば、まだ作り途中だからきっとよそに行って改めて作り始める、危険をよそに押しつけるわけにはいかないという意見です。殺虫剤で殺してしまうという選択肢もあると思いますが、直前に自然の大切さを話し合っていたばかりなので、誰もそういうことを言う家族はいませんでした。
弟が蜂の種類を調べてきました。アシナガバチでした。攻撃性の少ない蜂なので、これなら巣に近付かなければ安心だろうと話がまとまり、蜂さんたちを居候させることに決まりました。
台風シーズンになり、直撃の大きな台風がやってきました。父は、家に入れきれない鉢植えを蜂の巣の下に移動させました。昔から蜂は台風を避けて巣を作ると言われてるから、ここならきっと鉢植えも安心だろうと言うのです。台風がやってきました。予想通り直撃でした。でも翌日見ると、蜂の巣も、その下の鉢植えも全く無事で、何ごともなかったようにそこにありました。蜂は台風を避けて巣を作る。蜂の巣がある家は台風から守られるという言い伝えは本当だったんだと思いました。
ちなみに、蜂の巣のあるあたりに近付く時には夜がいいそうです。夜は蜂の活動がにぶります。もちろんわが家では一人も蜂に刺されていません。ただしやはり蜂は危険ですから、蜂の居候をどこのお家にもお勧めするものではありません。危険を感じたら役所などに相談して対処方法を聞いてください。環境担当の窓口で相談に乗ってもらえると思います。
民間レベルで地道にコツコツ積み上げていく活動を草の根などと言いますが、草は本当に強くたくましい生き物です。ちょっとアスファルトの割れ目などがあれば、すぐそこから何かの草が生えてきます。
私は、草木一本生えていない土地が緑豊かな野原になるまでの様子を見たいと思ったことがありました。大きな土地は手に入りませんが、たまたま金ダライと言うのでしょうか。金属製の大きなタライが手に入りましたので、そこに土を入れて庭に放置して、その様子を観察することにしました。中学生のころのことです。
植物の種などが含まれていると実験になりませんので、土はホームセンターに売っていた加熱処理済み園芸用土みたいな物を買ってきました。それに、わざと土の質を悪くするため、セメント用に売っていた砂を水洗いして混ぜ、タライの中にガチガチに押し固めて詰め込みました。上から押し固めて、できるだけ荒廃した土地のようにしてみました。比較用に、同じ土をプランターに入れて、室内の窓ぎわにも置いてみました。土に種が含まれていないことの確認用です。
一年目。室内のプランターは全く変化が無く、何の草も生えなかったので、用土に草の種は含まれていなかったことが確認できました。庭の金ダライの方には、小さなイネ科の植物のような、細い葉っぱの植物が弱々しく生えてきました。丸い双葉の出る植物も生えてきましたが、それはすぐ枯れてしまいました。雨が降った後、金ダライでは水が貯まってしまいますので、あわててタライの下に水抜き穴を開けました。
二年目。少しタライの中は賑やかになってきましたが、前年とあまり変化は見られませんでした。
三年目。植物の種類が増え、丸い双葉の植物も枯れずに育つようになりました。そしてなんと、ヨモギが生えてきたんです。土が浅いですから弱々しいヨモギでしたが、育った葉っぱを取って揉んでみると、たしかにヨモギの匂いでした。
これで、植物が荒廃した土地を豊かに蘇らせるプロセスの一端が観察できました。広い土地なら、こうしてヨモギのような水分を多く含んだ茎の太い草が生えるようになってくれば、それがどんどん土地を肥やしていくことでしょう。根も、ガチガチに押し固められていた土を耕していきます。植物はすばらしい自然の農夫です。
自然の営みには本当にすばらしいものがあります。都会の雑草たちもそうやって荒廃した環境を治そうとしてくれているのでしょう。都会のそんなけなげな生き物たち、どうか大切にしてあげてください。
野生のカンガルー、ワラビーがたくさんいました。
向こうの人にとって野生のカンガルーって、日本のネコみたいなものなのかな?。野生だったから近寄ると逃げられて、結局触れることは出来ませんでしたけどね。
道にカンガルー注意の標識が設置されていましたね。バンパーもカンガルー用があったと思います。お土産物の皮は、事故死したカンガルーのものだと聞きました。
変わった動物の多いオーストラリア大陸。野生の姿が、いつまでも大切にされますように。
不思議な生物というと、ケサランパサランというのを思い出します。
一度、テレビで放映されていたのを見ました。
石のようなものに毛が生えていたもので、生き物なのか、石なのか良く判らないものでした。
毛が伸びるとか、伸びてないとか、一体何だったのでしょうか。
どこかにそんな石はおちていないかと、子供の頃は真面目にさがしてしまいました。
未だに見つかっていませんが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%B...
1970年代後半に、ケサランパサランは全国的なブームとなった。この時ケサランパサランとされた物の多くは、花の冠毛からできたものであった。
石、と思われるのは僕は見たことないけどWikiに書いてある「ペレット」ではないかと思います。
金魚すくいの金魚って、うまく飼うと長生きして大きくなりますよね。
寒さにも強いので外で飼えるのがいいと思います。
わたしのおばさんの家に、鯉ほどの巨大な金魚がいましたよ。幅2mくらいある大きな水槽で飼われてました。誰に話しても「いや、それは金魚とみせかけて鯉だったにちがいない」と言われるんですが、まちがいなく金魚でした。だって、フナみたいな和金じゃなくて、ひらひらした尾のある流金だったんだもの。
鯉なみに大きくなった流金は、もはや金魚の自覚はなかったようで、あたらしくすくってきた金魚を入れてやると、大喜びでおいしくいただいちゃっていたようです。オバケ金魚の口に入らない大きさの出目金が生き残っていましたが、片目がありませんでした。おば曰く「こいつが食べたのよ」だそうです。金魚テラコワス。
小学校の理科の授業で、孵卵器をつかって卵の中の育ち具合を観察する課題があって、ひよこが数匹帰ったことがあります。別ツリー(縁日のひよこ)に書いたような事情が知れて、うち1羽のひよこを持って帰らされました。こちらは短命でした・・・。
前に北海道に旅行したときにアザラシを見たことがあるんですが、
岩場みたいなところに何十頭とうじゃうじゃといる光景を見たことがあるんです。
タマちゃんみたいに一匹だと可愛いのかもしれませんが、たくさんいると正直気持ち悪かったです。
地元のガイドさんが、都会ではタマちゃんが人気あるけど、こっちではアザラシは魚を食い荒らすが害獣だから
見つけたら撃ち殺して食べるんですよって言ってました。
私には夢があります。
ジンベイザメ・・・私は彼(彼女?)の事を、勝手にジンベイちゃんと呼んでます。
どこの国、どこの海で泳いでいても、ジンベイちゃんと呼んでます。
あぁ、あの巨体で繰りなす優雅な泳ぎ・・・
間近でじっくり眺めてみたい・・・
そうです、ジンベイちゃんをこの眼(まなこ)で見るのが、私の夢でございます。
テレビで見るジンベイちゃんの大きな体。
にもかかわらず、癒しを感じるゆったりとした泳ぎ。
テレビの画面越しでも、ついついウットリ見入ってしまいます。
ジンベイちゃんご在宅(?)の水族館に行って、
もしもジンベイちゃんと目があったら・・・
きっと私は歓喜することでしょう。
もしもダイビング先で、ジンベイちゃんに遭遇したら、
ジンベイスイムを試みて、あの巨体にちょっとでも近づこうとするでしょう。
(でも実際は、結構な速度で泳いでいるので近づけないし、
ダイビングする海域によっては、触っちゃいけない魚種もあります)
さて、ジンベイちゃんは、サメという名前が付いているとおり、一応サメの仲間です。
ご飯は肉食のサメとは違い、海水にたっぷり含まれているプランクトンを食べています。
とっても温厚でかなり臆病な性格。そしてあの巨大な体で優雅に泳ぐ姿。
そのため、アメリカ等ではホエール・シャーク(whale shark)と呼ばれています。
標準和名は、なぜジンベイザメ(甚兵鮫)か・・・
灰色地に白い斑点の模様が「甚兵衛羽織」に似ている、
ということで名付けられたそうです。
標準和名以外に、日本では地方名というのがあります。
ジンベイちゃんは、千葉や静岡では『エビスザメ』と呼ばれています。
ジンベイちゃんがいるところは、餌のプランクトンが沢山いるところ。
漁師さんたちにとって、プランクトンがいるところはイワシなどの魚が沢山いるところ。
ジンベイちゃんを発見したら、その海域では豊漁間違いなし!
ということで漁業・商業の神様の恵比寿様の名前をとっているそうです。
そんな福々しい名の持主のジンベイちゃんと目があったら・・・
あなたにも、幸運がもたらされるかもしれません。
将来会えることを期待して、夢の中でも癒されたいものです。
あの優雅な泳ぎ、心がおどります。
許されるものなら、いっしょに泳いでみたいです。
>ジンベイスイムを試みて
私も試みたい!
ちなみに私、もう一方お会いしたいのが
シーラカンスさんです。
ジンベイさんに勝るとも劣らぬ優雅な泳ぎです。