イエ・ルポ 2

「歴史ある木をギターにし続ける父と息子」by id:Fuel


その息子とは私の幼馴染みの同級生です。やつは音楽が好きで、中学生のころからバンドを組んで活動していました。同時に私と同じ工作好きで、色々な物作りに挑戦していました。
そんな彼が、ある日ギター作りをはじめました。ここにも自作ギターを作り上げた方がおられるようですが、音楽好きで工作好きの人は、どうしても自分の相棒は自分で作りたくなるもののようですね。
彼はお父さんも木工作が好きで色々な電動工具が揃っているという恵まれた環境にありました。その工具を借りて製作にいそしんでいるうちに、自然とギター作りが親子共通の趣味になっていったようです。
ある日お父さんが、立派なケヤキの板を持ってきたそうです。材質はよく乾燥し、おそらく数十年は経過しているという枯れ方をしていたそうです。お知り合いの親戚の古い家が解体されることになり、その一部をもらい受けてきたということでした。さっそくそれでギターを作り鳴らしてみたところ、思いのほかいい音色がしたということです。彼が言うには日本の材だと水目桜がピアノに使われたり、桂がギターに使われたりしていたことはあったが、おそらくケヤキのギターは市販品では作られたことがないだろうとのことでした。
それからというもの、この親子は思い出がこもる木を材料にギターを作ることに熱心に取り組むようになりました。お父さんのお祖父さん、つまり彼の曾祖父様は料理人だったそうですが、その使っていたまな板が、2本目の材料に選ばれました。昔のプロが使うまな板は、それは立派な大きさをしていたそうです。樹齢何年の木かはわかりませんが、きっと大変な年月をへていたものだったのでしょう。それが使われなくなって埃にまみれて朽ちていくのは本当に残念なことです。それならばいっそギターにして受け継いでいくことも許されるのではないかと、思い切って曾祖父様の形見ともいえるこのまな板にノコギリを入れることにしたとのことでした。
以降、道路の拡張で切り倒されてしまった柿の木や、畑を宅地に転用するために切られてしまった桑の木なども土地所有者にお願いして引き取ってきて、荒材に製材して乾燥中とのことです。並行してその木の植えられた年代や地域の歴史も調べ、昔のその付近の写真なども収集しているそうです。そうした資料とともに向こう十年自然乾燥を続け、その後にギターにすると言っていました。
この親子がギターの材料にするのは、そのままにしておけば燃やされてしまうか朽ちてしまうのを待つだけの木です。失われていく物を形を変えて残したい。形は変えても歴史はしっかりと記録して残したい。それがこの親子の願いです。
数年前、台風で倒れてしまった北海道大学の並木のポプラでチェンバロが製作され、その演奏会が行われたというニュースがありましたが、この親子はそれと同じことに取り組んでいます。
木はしっかり乾燥されていても、それが加工されてから落ち着くまでには、さらに長い年月を要します。切り倒されて生物学的な命は終わっても、さらに家屋やまな板といった構造材や道具としての使命を終えた後でも、楽器として新しい命を吹き込まれればそこからまた何十年と木は成長を続けていくんだと彼のお父さんは言います。朽ちていく物にもう一度命を与えていこうとするこの親子に、ただの趣味の工作の域をこえた崇高な思いを見る気がしています。