「皐月大好き親子」by id:Catnip


私は父から受け継いだ皐月を育てていますが、父が元気だった頃には、せいぜい親子の付き合いで「今年もいい花が咲いたね」と愛想を言ったり、父が仕事や旅行で家を空ける時の世話を引き受けたりしていた程度。親子で同じ楽しみを共有したことはありませんでした。
しかし、皐月展で知り合ったある親子は、情熱と愛情にかけては息子さんの方が上かもしれないというくらいの、大の皐月好きなのです。息子さんは小学校4年生。この春5年生になるという、皐月の他はサッカーが大好きな元気な子供です。この子を仮にA君と呼ぶことにします。
子供というのは一瞬もじっとしていられないくらい活動的なものです。A君もそんな活発な子供ですが、皐月を眺めはじめると、もう時間を忘れたかのように、いつまででも見つめ続けるのです。そんな息子を、お父さんは嬉しそうに見守ります。


A君が皐月に興味を持ち始めたのは、お父さんの盆栽から数本の挿し芽をもらったことに始まったそうです。皐月は一本の木が異なった柄の花を付ける咲き分けが楽しみの一つですが、挿し穂を取る位置によって、育った後の咲き分けの状態が変わってきます。品種ごとに好ましい咲き分けが得られる位置には法則性がありますが、その時A君がもらった挿し穂は、お父さんもまだそういった情報を熟知していない、手がけはじめの品種だったそうです。そこでお父さんは実験的に各花柄の挿し穂を作って、それぞれどんな花に育つかを確かめてみようとしていたのでした。おそらくその時の様子を再現すると、次のような感じだったのではないかと思います。
「なんでそんなにたくさん挿してるの?」
「皐月っていうのはどこの枝から取って挿すかで花の咲き方が変わってくるんだよ。だから色々やって試してみているんだ。」
「面白そうだ、僕も実験してみたい。」


こうして子供らしい好奇心から始まった皐月育ては、次第に深い愛情に変わっていったようです。小さな挿し穂は順調に育っていきました。A君はそれを毎日楽しそうに眺め、夏休みには僕の皐月の十年後と題した未来の皐月の夢の姿を絵にまで描いたほどだったそうです。その絵は秋の展覧会にも飾られたほどの高評価だったそうです。皐月への愛が見る人に伝わって、感動を呼んだのでしょうね。


皐月は結構早く育ちます。一年後にはまるでマツバボタンのような小さな挿し芽の数本が、可愛い花を付けたそうです。A君はお母さんに頼んでそれを写真に撮ってもらい、それをプリントアウトしたものをカードケースに入れて、通学のカバンに入れていつも持ち歩いているそうです。お父さんは「まるで恋人を見ているみたいだろう、水遣り三年と言うけれど、ああいう愛情が基本なんだって大人のこっちが教えられるよ」と嬉しそうです。


皐月は息の長いライフワークです。盆栽に仕立てられる大きさに育ってから、さらに20年、30年、40年と丹誠込めて育てていって、やっと皐月展のポスターになるような立派な木になっていきます。大人になってから盆栽に目覚めた人は、既にある程度盆栽の形になっている物を手に入れるか、新木から育てる場合は完成形を見ることより、盆栽として形作っていく過程を楽しむことが中心となっていきます。しかしA君の場合は、自分の手で挿した皐月と一緒に育って、一緒に大成していけるという夢があります。お父さんはそれが何より嬉しいと言っています。


ちなみにA君は、今年のバレンタインに本命チョコをもらったそうです。お相手はなんと、さつきちゃんという名前の女の子だそうです。お父さんがこっそり私に教えてくれました。
「僕も女房とは幼馴染みでね。恋愛も皐月のように長くじっくり育てていくのがいいよ。まるで初めての品種を挿した時みたいに、あいつらのこの先が楽しみで仕方ないよ。」
と杯を傾けるお父さんは本当に幸せそうでした。


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