「ケータイ短歌家族」by id:SweetJelly


NHKラジオで「ケータイ短歌」という番組が放送されています。身近なテーマで自由に歌を詠み、それを携帯メールで投稿するという番組です。
http://www.nhk.or.jp/shibuz/tanka/


それと同じようなことを、この番組が始まる前からずっと続けているご家族がいらっしゃいます。この一家は、おじいちゃんとおばあちゃん、お父さんお母さん、そして高校生の娘さん息子さんの六人家族。


短歌はもともとおじいちゃんのご趣味で、地域の短歌サークルではリーダー的なお役目も務めていらっしゃいます。おばあちゃんもそのサークルのメンバーで、多作ではありませんが心に残る歌を詠むと評判です。


そんなおじいちゃんが、サークルの連絡用にと携帯電話を購入されました。今は中高年の皆さんも、どんどん携帯メールを使います。メールを打っているうちにだんだんキー操作が早くなって、お散歩の最中などに歌が思い浮かぶと、すかさず携帯を取り出してメモを取るようになりました。おじいちゃんいわく、風情がないと思われるかもしれないが、携帯で打っていると雰囲気が変わって、今までは出てこなかったような新しい言葉が湧いてくるんだよ、手書きの良さを尊ぶことも大切だけれど、新しい道具を使うことから導き出される感性を体験していくことも大切だねと。これは長年歌を詠み続けてこられた達人ならではの名言ですね。


ある日おじいちゃんは、おばあちゃんに携帯をプレゼントしようと思い立ちました。二人で短歌メールの交換を楽しみたいと思ったのです。街に出たついでに携帯ショップに立ち寄り、まるで少年が初恋の告白をするように顔を赤らめながら、なぁお前、私とケータイでいつもつながっていてくれないか。この時のご様子を、今もおばあちゃんは嬉しそうに話してくださいます。もちろんおじいちゃんは、やめろやめろと恥ずかしがっておられますが。


こうしてご夫婦の短歌メール交換が始まりました。おじいさんが早朝の散歩で歌を詠むと、すぐそれをメールで送信します。するとおばあさんがその感想を書いて返信します。短歌の達人同士のメール交換ですから、時にはこの言葉はこう変えた方がいいなどと添削が入ることもあります。こうしてお互いを高め合えることが何より楽しいと、お二人声を揃えておっしゃいます。


そのうち、この風変わりなメール交換に、孫の娘さんが興味を示し始めました。この時娘さんはきっと中学生くらいだったのではないかと思います。携帯を持ちたくて仕方がないお年頃ですから、短歌よりも携帯に興味をひかれたのかもしれませんが、私にも携帯買ってよ、一緒に短歌メールしようよと、おじいちゃん相手におねだりを始めました。お父さんは携帯なんかまだ早いと渋ったそうですが、おじいちゃんの仲裁で無事許可が下り、三人での短歌メール交換が始まりました。すると今度は弟さんも仲間に入りたくて仕方がありません。お姉ちゃんだけずるいよ、僕だっておじいちゃんたちと短歌やりたいと要求しはじめ、そういうことならとこれも渋々許可が下りました。


そのうち娘さんと息子さんはご両親の携帯にも短歌メールを送りはじめました。するとその瑞々しい才能にご両親はびっくり。いつの間にかご家族全員が短歌ファンになって、六人全員の間で短歌メールが飛び交うようになりました。秋の市民文化祭には、ご家族全員が普段の携帯を筆に持ち替えて、作り貯めた歌の中から何編かを選び出して短冊に書いて出品しています。全員が毎日のように歌を交換し合っているこのご家族は、今や地域の短歌ファンの間で注目の的になっています。


最近は息子さんや娘さんの携帯にファンメールが舞い込むこともあるそうです。もちろん差出人は、おじいちゃんからアドレスを教わった地域のご高齢の皆さんです。可愛らしい娘さんと爽やかなイケメン少年の息子さんは、地域のご高齢の皆さんのちょっとしたアイドルにもなっているみたいです。


家族の仲むつまじいコミュニケーションと感性の磨き合いのために情報機器を活用する、古くて新しい、とっても素敵な二十一世紀型の温かなご家族です。


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