いわしの回答(転記)
しるしの中でも、企業やメーカーのロゴは結構好きです。調べてみるとロゴタイプ(logotype)と言う英語の略のようですね。あまりデカデカとしたロゴは品がないような気もしますが、シンプルでシャープなデザインのロゴが入ったグッズを持っておきたいと思います。
一目で何であるかが分かるロゴはすばらしいですね。ロゴだけを扱った本が売っているのも見たことがあります。何千、何万種類と、数え切れないほどのロゴが紹介されていました。会社のマーク、安全のために付けられたマーク等々、国が違っても何となくそれが何を表現しているのか分かるような気がします。普段何気なく見過ごしているロゴでも、よく観察してみると面白いです。
ロゴとは言えないかもしれませんが、先日テレビで、「フォント」の特集をやっていました。
高速道路で使われている字は、高速で運転していてもすぐに認識できるような字になっているというのがとても興味深かったです。実際その字は、漢字としては正しくないのですが、画数が多くて難しい漢字は、字がつぶれないように工夫されています。
また、楽しくかわいらしく見せたいときは丸文字にしたり、怖さを出したいときには細く震えるように幽霊っぽくしたり、フォントの種類にも数え切れないほどの種類があって驚きました。
よく動物がやりますよね。
犬が電柱におしっこをかけたり、猫が壁におしっこをかけたり
自分の尿をまく事で縄張りを確保し、その引っかけられたおしっこの高さや量、臭いなどの情報から、相手の大きさや強さを想像することです。
人間にはとっても迷惑!?な習性ですが(笑)
動物達にとても大事なことなんですよね。
より高い場所にオシッコをかける事で「自分は誰よりも大きくて強いんだぞ!という『印』」をつけるんですよね。
色々探していたらこんな物を見つけました。
『逆立ちしながらマーキングをしてしまう犬 』
http://buhipo.blog53.fc2.com/blog-entry-271.html
より高く!高く!といった気持ちから『逆立ち』という荒技になったんでしょうねww
ちょっと可愛らしいけど、笑ってしまいましたww
アカネの根で染めた色が、茜(あかね)色です。
暗赤色、くすんだ感じの赤といった表現になるでしょうか。
夕陽が沈み行く時の空の表現によく使われますが、日本社会にかなり親しまれている色ですよね。
あかねという言葉に「あか」という単語が含まれ、連想しやすいのも理由の一つでしょうか。
「茜」など、名前に使われるケースもありますし、非常に「和」のイメージが強い色です。
お正月に日本の神社に行ける時は、新年参りでお賽銭を投げ、願い事をして、おみくじを引き、お守りと、家内安全のおふだをいただいて帰ります☆お守りは渋いデザインが多いですね。
日本を代表する古くからの色といえば藍色ではないでしょうか。
実はこの藍には殺菌作用があると、以前TVで言っておりました。
こういうのも生活の知恵だったのでしょう。
藍色は、男物の浴衣や甚平など、軽い服装の基本形の色というイメージがありますね。
青は男、というイメージも、ここからきているのかなとすら思うくらいに、男物の服の色という印象があります。
空の色の表現にも使用され、藍色の空というのは、澄んだ青よりも深みがあり、どこか引き込まれそうなほどに強い印象を残します。
この印籠が目に入らぬか〜で同じみの印籠。
実は薬を携帯するためのものです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B0%E7%B1%A0
印籠(いんろう)とは、薬などを携帯するための小さな容器のことを言う。当初は印を入れたことから印籠と称される。
これを知らない人は多いかもしれないですね。
うちの近所では、毎週土曜日になると、包丁とぎ屋のおじいさんが自転車に乗ってやってきます。
小柄な痩せたおじいさんで、拡声器越しに聞こえてくる声といい自転車を漕いでいる姿といいひょろひょろしていて、風が吹いたら倒れそうな雰囲気で「おじいさん大丈夫かいな」といつも不安になってしまいます。
ところが、いざ包丁を渡すと、まるでスイッチが入ったかのように機敏な動きで包丁を砥ぐおじいさん。職人オーラが漂っています。そしてとぎ終わった包丁は買ってきた時以上によく切れます。おじいさん素敵(*^^*)
という訳で近所のみなさんが常連客です。なので毎週のようにおじいさんの周りを奥様方が囲っていて、おじいさんは困りながらも嬉しそう(*^^*)
そうだ、今度来られたらお願いしようっと。年内に出来上がるかな。
果たして印鑑で運が開けるのか、もしそうならどういう印鑑がいいのか、ちょっと考えてみたいと思います。その前に、印鑑の歴史をざっと眺めていくことにしましょう。
印鑑の発祥はおそらく、人類最古の文字体系を生んだと言われるメソポタミア文明に遡ります。重要物品を入れた容器などに粘土で封をして(これを封泥といいます)そこに印を押す。文字通りの封印の証としての印鑑です。粘土の封など物理的にはすぐ破壊出来ますが、そこに印が押されることで、不正開封を防ぐ大きな抑止力が生まれます。当時それは、あたかも結界魔法のような神秘的な力に思われていたかもしれません。
こうした押印者の権威や権利を示す印鑑は遠く中国に伝えられ、海を渡って日本にももたらされました。大宝律令(701年)にも印鑑に関する規定が盛り込まれていますが、当時の印鑑は朝廷の権威を示すもので、一定以上の官職にある者が官印として押捺する物に限られ、個人が自分を示す印鑑を持つことは許されていませんでした。
しかし平安も半ばにくると、密かに自分の印を作って用いる貴族が現れはじめます。さらに時代を経て室町時代になると北山文化・東山文化といった文化が栄え、その中で個人が印を持つことが流行の兆しを見せはじめました。書に秀でた人達が、その作品に押したりしたんですね。その流れは江戸時代へと続いていきました。
このあたりにきて、正しい篆刻とはどういうものか、という考察が始まります。中国で明朝が亡ぶと、新たに成立した清朝の弾圧から逃れるために、黄檗宗の禅僧達が日本に亡命してきました。この人達によって、中国の伝統的な篆刻が日本にもたらされたのです。
特に1653年に渡来した独立(人名)は中国でも有名な書家であり、日本黄檗宗の祖である隠元に連れられて江戸にまで赴き、そこで書法と共に明代より伝わる正統的な篆刻を広く啓蒙しました。独立はその後、日本篆刻の祖と呼ばれるようになります。1677年に来日した心越という渡来僧も徳川光圀に仕え、多くの人々に篆刻を教えています。
その後、こうして日本の中に花開いた篆刻文化は次第に装飾過多で卑俗なものに陥っていきますが、そこでまた篆刻のあり方を見直そう、秦漢の正しい篆法に則った篆刻に立ち戻ろうという運動が起こりました。こうした流れの中から何人もの優れた篆刻の大家達が生まれ、その後の篆刻と印鑑の文化に大きな影響を与えていくことになります。
さて、ずいぶん前置きが長くなりましたが、本来の「印相」というものは、こうした中国の伝統的篆法と、日本独特の美意識によって確立されてきたものだと思うんですね。日本において印相の吉凶について述べられている最も古い文献は、享保17年に大聖密院盛典という人が著したとされる「印判秘訣集」という書物だと言われていますが、この時代の文化の流れからすると、印相は吉凶よりも、彫る人・持つ人の品格を左右するものとの考えが主流であったと思われます。
また、日本では印鑑が広がっていく過程で、渡来した禅僧が大きな影響を及ぼしていますが、禅というものは物事をこうであると決めつけて教えることをせず、自らの悟りの中で真理を掴んでいく宗教です。ですからここでも、印相の吉凶はこう判断するといったマニュアル的な教えとは相容れないように思われるのです。仮に凶相の印があるとしても、凶相すなわち悪運をもたらすものとは限らず、悪運すなわち不幸とも限らず、そもそも運不運を受ける人間そのものが縁あって結ばれた地球の物質の一部から出来ており、その存在の本質は常住不滅である。よって一時の吉凶は幻に過ぎず・・・・と考えた方が、これも多分にマニュアル的な解釈ではありますが、禅の考えに近くなるように思われます。
などなど考えていくと、吉祥印、開運印とは、こうありたいという人生の目標がよく現れたポリシー有る印、という結論に落ち着いてきます。ハンコによって運不運が生まれるのではない。人生の目標を印鑑に現す。その意欲が人生の道を開く。それが人生を充実させる。これが本当の意味での運が開けるということ。私はそう考えるのです。
そこで私はハタチになって実印を作る時に、素材にこだわりました。私は、生きとし生ける全ての動物たちと共に歩む人生を送りたい、という希望を持っていました。したがって動物の死体から採取する素材はやめにしよう。すると選択肢は鉱物か金属か木質素材。ツゲ、特に薩摩柘植は二百年にわたる計画的な植林によって生産されているもので、しかも植林地は民家の庭先や畑の隣り、人の住む地域に隣接した土地などであって、伐採によって自然林に影響を及ぼす恐れが少ない。ツゲにしよう、薩摩柘植。こんな考え方で素材を決めていきました。
ただし、ツゲはニスなどの塗装を施すと、せっかくの緻密で堅牢な素材の良さが経年変化によって損なわれていく欠点があります。金属や鉱物と違って「生きている素材」だからなんですよね。朱肉に含まれる油分も同様です。無垢の木肌が覆われてしまうと、せっかくのツゲの良さがダメになってしまうんです。したがって、塗装はかけません。押印したあともすぐに朱肉を良く拭き取って、簡単なお手入れをすることが大切です。でも、こういう手間がまた私向き。生涯連れ添っていく印鑑としてピッタリです。こうしてハタチの私の手元に、高芙蓉によって起こされた古体派の篆法によって彫られた、シンプルながら気品有る書体の薩摩柘植の印鑑がやってきました。これが私の生涯にわたるポリシーを具現化した印鑑。すなわち私にとっての最高の吉祥印・開運印です。この印鑑を作ったハタチの私と、今の私は、真っ直ぐ同じ方向を見つめて歩んでいます。それが私にとっての最高のFORTUNEだと思えることが幸せです。
寺院や神社、多くのところで存在する御朱印。
お正月に初詣に行かれたら、そちらで頂いてみては如何でしょうか?
いきなり御朱印帳がなくても、半紙にも書いて頂けますので。
元は「納経印」とも呼ばれ、寺社に写経を納経する際にいただく印だったもので、
古くから伝統のある印として好まれてか、今では寺社巡りを趣味にする人々の収集物になっています。
私が収集を始めたのは、大人になってから、とある本で知ったもので、まだ十年足らずでしょうか。
それでも、旅先で訪れた好みに神社などで、その記憶と共にしっかり残る印という存在は、
家に戻ってから見直したり、思い返す時の共にするのに最適です。
記憶の中だけに残すのもいいですが、やはり形あるものが共にあるというのは、また違った感覚があります。
集め出すときりのない御朱印集めですが、お守りとして、旅の記念として、それぞれ思い思いの集め方がされています。
まるでコレクションのように、御朱印を集める方だけに夢中になってしまって、
本来の参拝がおろそかになったりしてしまうのは、少々間違っているのではないかと思いますが、
寺社巡りがお好きな方には、魅力のある収集物だと思っています。
茶色というと土色を想像してしまいますが、日本茶の茶でいわれると、良い感じの緑色が浮かびますね。
ほかにも、抹茶、ほうじ茶などといえば、そのお茶の色が鮮明に脳裏に浮かんできます。
普段から飲み慣れている人にとっては、とても身近な色の表現に感じますね。
生き生きとした緑に近いお茶の色は、自分の好みの色の一つなので、衣類などでチョイスしてしまう色の一つです。
先月、こんなヘッドフォンが新発売になりました。
こういった色に拘ることができる商品は好きです。
デザインの奇抜さで勝負するよりも、色を選べたりという拘りで選択できるものが増えると良いですね。
携帯電話なども、機能よりもこういったデザインを重視したいと思うことが多々あります。
無駄に外観でどうこうするよりも、好みの色を選べるということは、かなり重要だと思うのですが。
PCで作る図案や、メールで手紙がわりに挨拶することが多くなったこの頃ですが、文房具を扱う雑貨店で、たくさんのはんこを扱っているのを見かけました。
それは事務書類に押すような定型文句や、速達、親展など郵便物に使うはんこなど実用的な文言にキャラクターの絵がついたものや、文言はついてませんが、身の回りの雑貨をデザイン化したもの、花、世界地図、ポケモンやディズニー、サンリオキャラクターのついたはんこ、さらには手帖にいろいろ予定を書き込むために使うのか、小さなかわいらしいはんこがシャチハタはんこのように朱肉なしでそのまま押すことができるスタンプとしてずらりとならんである様はみていてとても楽しくなります。
普段は手紙をあまり書かないのですが、例えばこんな風にたくさんの可愛いデザインはんこがあると、幾つか使ってみたくなります。
気に入ったのがあれば、それをトレードマークにして、親しい友人への手紙にはいつもそれを押したりとか、きっと楽しいだろうなあ、なんてことも夢想しながら、スタンプを見てました。
ブラウザのブックマーク、近頃では「お気に入り」と称されることが多いでしょうか。
それでも、会話などではブックマーク登録などといいますよね。
よく見るウェブサイトを登録しておいて、検索などをせずにすぐに見られるためのものですが、
本の栞、ブックマークと同様に、とても使いやすく便利なものですね。
ただ、良いなと思うたびに登録していくと、数が結構なことになってしまい、大変です。
フォルダを作ってジャンル分けしたり、頻繁に見るもの、たまに見るもの、必要な時だけみるもの……
などなど、使っていくごとに整理の基準を変えたりして、便利に使おうと心がけています。
ジャンルや順序なども滅茶苦茶ですと、見栄えも良くないですしね。
金物といえば、ヤカンという感じがします。冬場に、石油ストーブの上において、お湯を作ると同時に、部屋の湿度も上げることができるということで、結構重宝していました!
最近ではこんなに可愛い印鑑もあるんですよ♪
http://www.k-hanko.com/1kawain/kawain.html
花柄やうさぎ、金魚などとってもかわいらしいデザインのハンコです。
ハンコ屋さんでも見かけます。若い子が好みそうですね。
こんなハンコをなにげなく出したらオシャレですね。
印鑑といえば、中国旅行に行った折、篆刻のふるさとで以前から欲しかった手彫りの印鑑を…とオーダーしました。
杭州・西湖が組み込まれているツアー。そして【西令印社】にも立ち寄ってくれる事を確認しての参加。この【西令印社】には、名立たる書道家の中でも、国にその技術を認められた人達が登録され、日本人では榊獏山氏も登録されておられるとか。
なにせツアー独特の慌ただしさ。滞在時間30分の間に、石選び,書体選び,彫り方,支払い…と出来上がるまでには時間が足らず、次の観光場所へ移動するバスを追いかけて、出来上がった制作品をスタッフが届けてくれました。
この【西令印社】で制作した印鑑の印影は、永久保存されるそうです。
そして、オーダー者には証明書(?)が発行されました。
石,手彫りの書体,サイズ共にお気に入り。自作の色紙絵に落款として愛用しています。
もう一つ欲張って、、、
根付にもなる小さな印鑑を河坊街のはんこ屋さんで見つけ、そこの暇そうな小母さんが、目の前で2〜3分で彫り上げてくれました。これにはビックリ!130円の値段にもビックリでした。この根付印もお気に入りです。
包丁は古来から穢れを断ち切り、幸運を呼ぶものとしてお祝い事に贈る習慣があるそうです。
結婚式などには縁を切るという寓意から敬遠されるそうですが。
宮中の慶事でも包丁式という儀式が行われるといいます。
刃物の持っている切るという機能を抽象化し、災いをもたらす物をも切れるという所にまで昇華された呪術的思考には、古代の息吹が感じられるようです。
皆さんは今年の年賀状はもう印刷されましたか?
毎年この時期焦り始める時期でもありますよね。
段々とパソコンで作る人も増えて、手書きが少なくなっているのではないでしょうか。
昔は、スタンプ印、プリントゴッコなどを使って作った方も多かったでしょう。
私もその一人です。
少々スタンプは高いながらも、色んな種類のものを集めて、自分のセンスでスタンプを押し並べたり。
時には手書きでイラストを書いたり、シールをはったり。楽しみました。
ところがどうでしょう。
ここ数年はもうパソコンに任せてイラストは全てダウンロードしたようなものばかりになり、それを家の印刷機で印刷するのみ。
ちょっと寂しくなりました。
そこで今年は、自分で年賀状に刷るスタンプ印を作ってみようと張り切ってます。
ただ、沢山枚数があるので、それだけの丈夫さが必要だと思い、版画をしてみるのもいいかもしれないと思ってます。
木に彫刻刀で彫、それを、年賀状に印字していきます。
あまり難しいものは作れませんが、小さなものでも味のあるものが出来ればいいかなと思っています
年賀状印刷の印。
この印は今年、版画で行ってみようというのが私の試みであります。
世界で一つだけの年賀状。
各家庭から届くこの年賀状が楽しみでもあるお正月。
私も皆に素敵な楽しみを渡すことが出来ますように。
金物店で販売している道具(ツール)の中では「メジャー(巻き尺)」が一番大好きなのです。金属製の2メートルほどの「メジャー」です。
プラスチックの容器にグルグルと巻いてあり、手で伸ばすと短手にゆるいカーブをした 目盛りが刻んであるヤツがキューンと出てくるのです。
どこのイエにも一つはありますよね。私はコレが幼い頃から大好きで大好きで・・・
何が好きかって、伸ばしきったメジャーをロックを外せば「キュルキュルーーー」と一気に戻るところです。
あれは「爽快」です!幼い頃、父が日曜大工をしているそばで私はコレに病みつきでした。「一番の遊び道具」でした。
父によく怒られましたね。「遊び道具じゃないぞ〜〜〜っ!」って・・・(笑)
でも諦めませんでしたね(笑)隠れて遊んでいました〜〜〜〜〜〜〜っ!!!
やがて大きくなっても「メジャー」好きは健在でした。学生になっても社会人になっても。
やがて会社では必需品になりました。会社が支給してくれました。ものすごくコンパクトな高級品です。
幅は5ミリほどなのに3メートルも計れます。それなのに全体の大きさは幅5ミリの縦横4センチ角なのです。
造りがしっかりしていますので、3メートル伸ばして一気に戻しても決してミスりません。
もう20年近く使っていると思いますが、全然壊れません。感心します、たいしたものです。
今では実用的に使っていますが、やはり「キュルキュルーーー」と一気に戻って来る快感は幼い頃と変わりません。