「鉄瓶と茶の文化」by id:TomCat


私は東京生まれ、東京育ちですが、なぜか鉄瓶だけは「京鉄瓶」が好きなんです。


鉄瓶は大きく分けて、南部鉄瓶と京瓶など関西系に分かれます。南部鉄瓶は本体と共に蓋も鉄製で、蓋のツマミ部分も一体鋳造されています。


これに対して京瓶などの関西系は主に蓋が銅で出来ていて、凝った物になると銀などによる金工象嵌が施されている物もあります。蓋のツマミ部分も銅板を加工して作られたいわゆる梅つまみ。さらに底には「鳴り金」という、その名のごとく沸騰すると軽やかな音を立てる細工も施されていたりします。
この「鳴り金」は、まさに岡倉天心が「茶の本」の中で茶釜が歌うと表現した、その仕掛けと同一です。天心はその音色を、水煙に覆われた滝の音や、遠くに聞こえる岩問に砕ける海の波音、竹林に吹く風と雨音、さらには丘に立つ桧が奏でるの颯々とした音色にもたとえています。


このように、京瓶などの関西系鉄瓶の特徴は、茶道の茶釜に通じる物なんですね。日常使いの湯沸かし道具にも茶の道の風情を楽しんでいく。そんな雅な心が込められた道具が、京都の鉄瓶なんです。


私はこの京瓶が大好きです。私が手に入れられる物は、保存状態が悪い鉄屑寸前の物がせいぜいですが、それを丁寧に手入れして再生します。「鳴り金」の細工は底に鉄片を漆で貼り付けた構造ですから、保存状態が悪い物はほぼ例外なく剥がれ落ちていますが、それはこれから長くその鉄瓶を愛用していくことで再生します。


「鳴り金」のそもそもは、長年にわたって付着していった水の中のミネラル分。それが化学実験の時にビーカーに投入する沸騰石と同じように、底から立ち上る水蒸気の泡を細かくしてくれるんです。すると、ボコボコという無粋な沸騰音が抑えられて、可愛い音がするわけですよね。それを模して作られた仕掛けが「鳴り金」ですから、私は人工的な細工ではなく、使い込んで行くことで生まれる自然の「鳴り金」の生成を目指します。


湯を沸かすだけの道具ではない。湯を沸かすという日常的な作業の中に、豊かな風情を楽しむ雅の心と、禅にも通じる侘び寂が同居する。こんな豊かな精神文化が日本にはあったんです。


鉄瓶という道具を受け継いでいくことで、そうした文化と日本の心も受け継いでいく。鉄瓶で湧かすお湯は、茶釜で沸かすお湯と同じまろやかさがありますから、これでお茶を淹れると本当に美味しいですよ。本当に旨いお茶を飲みたかったら、水だけでなく、湧かす道具にも凝ってみてください。わが家だけでなく、日本中で受け継いでいってもらいたい道具、それが鉄瓶です。


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