「古い蓄音機にまつわる三つの光景」by id:momokuri3


私が小学校高学年の時のことです。オーディオ好きの父が蓄音機をもらってきました。ゼンマイを巻いてターンテーブルを回す、古い古い蓄音機です。でもラッパは付いていません。蓄音機も後年になるとラッパをケースの中に収めたコンパクトな製品が登場しますが、これはそうではなく、本来なら大きなラッパが付く蓄音機でした。父は、おそらく戦争中にお国のためにと供出してしまったんだろうと言っていました。
父のラッパ作りが始まりました。ラッパはただ朝顔型に開けばいいという物ではありません。綿密な計算によって、ラッパの開き具合を決めていかないといけないのです。父は何日もかかって計算を繰り返し、図面を引き直していました。母はそれを見て、あのくらい熱心に仕事してくれたらいいのにと笑っていました。でも私は趣味に真剣になる父の背中が好きでした。この時の父の背中が、まず私の第一番目の「心に刻まれたイエの光景」です。
やっと図面ができあがり、次の休日にラッパの製作が始まりました。材料は真鍮板です。まず父がボール紙で型紙を作りました。型紙をテープで仮止めして、組み立てればちゃんとラッパの形になることを確認します。続いて型紙を真鍮板に乗せてケガキます。ケガキとは、針のような物で表面を引っ掻いて線を付けていく作業です。ケガキが終わると真鍮板の切り出しです。ケガキと切り出しは私が手伝いました。
その間に父は木を削り出して型を作っていました。その型に合わせて真鍮板を曲げていくのです。こうして出来上がったパーツを、ハンダ付けして組み立てていきます。私は軍手をはめて、組み合わせる真鍮板どうしを動かないように押さえる係です。それを父がデカいヒーターのハンダゴテでつないでいきます。
まず最初は要所要所だけをハンダで止めていきます。そしてラッパの形に組み上がったら、仮止めしたハンダを全部溶かしてしまわないように注意しながら、接合部分全体にハンダを流していきます。これは息を飲む作業でした。もたもたしていると仮止めしておいたハンダに熱が回りすぎて外れてしまいますし、手早くやりすぎると熱が回らずハンダが流れません。その中間の一瞬の頃合いを見極めてハンダを流していく緊迫した作業の様子が、私の二番目の「心に刻まれたイエの光景」でした。ハンダゴテの熱と父の熱気が渦巻くような光景でした。
そして出来上がったラッパに本体との接続金具をハンダ付けし、最後に外側に、振動を防止するためのパテを塗っていきました。まだパテは生乾きですが、ひとまず出来上がったラッパを蓄音機に取り付けてみました。すばらしい立派なラッパの完成でした。
母が、できたの?とお茶を持ってやって来ました。さっそく音を鳴らしてみました。レコードは古いジャズです。軽快なスイングが流れてきました。父はご満悦で聴き入っています。母も、あらすてきと楽しそうに聴き入っていました。私は自分がこのラッパを作るためにどんなに重要な作業を担ったかを母に自慢したかったのですが、音楽に聴き入っている母に声をかけるのはやめにしました。この手作りのホーンから音楽が流れ出した時の様子が、私の三つ目の「心に刻まれたイエの光景」です。
この時私は、手作りの装置で音楽を奏でることのすばらしさに目覚めたのだろうと思います。この時に心に刻まれた光景が、その後の私の手作りオーディオの原点になってくれたと思います。この時の手作りホーンの付いた蓄音機は、今も現役ですばらしい音楽を奏でていてくれます。


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