いわしの回答(転記)
今勤めているところには制服がありません。だから毎日着る服に悩んでいます。
制服があった学生時代はあんなに制服が嫌だったのに・・・。
制服がないとおしゃれは楽しめますが、服飾費はかかります
私の高校時代は私服でしたが子供には制服のある学校に行ってほしいです。
子供の制服姿を見たいというのもあるけど、私服だとおしゃれにお金がかかるでしょう。
子供にしたら私服がいいのかもしれないけど、家計のことを考えると・・・。
ウチの息子もこの春から入園することになりまして。
先日、名札付けのためにはじめて制服を着せた時の写真がメールで送られてきまして。
微妙に似合わない可愛い系のいきなりブカブカな制服を着た彼は満面の笑みを湛えておりました。
そんな息子を尻目に私には心配事がいくつか。
息子はお行儀良くしているだろうか・・・絶対無理だな・・・。
娘は静かにしていられるだろうか・・・これも無理だろうな・・・。
あのズボン入るだろうか・・・なんとか耐えるんだ・・・。
ムービー、正直しんどいな・・・こっち向くなよ頼むから・・・。
わぁ、この春ご入園なんですね。おめでとうございます。
生まれて初めての制服で、ピッカピカの晴れ姿ですね。
お家から離れて家族以外の人とすごしていく初めての経験。
子供ながら大きな節目。大海へ船出です。
元気に楽しく幼稚園に通えるといいですね。
応援しています!!
子供が小さい時はお下がりを頂いて、とても助かりました。
うちも着なくなったものは、結構よそにあげました。
一応、綺麗なものだけと心がけてあげましたが、
回す時に「着ないものは処分してね」と付け加えると、
貰った方も気が楽なようです。
お下がりも物によっては、3代目、4代目なんてものもよくありました。
良い習慣なのではと思います。
街を歩いてる時に
中高生の女生徒に出会うと視線のやり場に
正直困る事があります
あまりに短すぎて・・
(ひざから何センチも上くらいの長さなんで)
同性なんですけどね
もう少し、長くなった方がいろんな意味で
幸せになると思うんだけどなあ
共学校でしたので、クラスの半分は超省資源型スカートでして(笑)。慣れというのは恐ろしいもので、3年も見続けていると、何も感じなくなってしまいます。
むしろ新年度のはじまりに、いかにも新入生という感じの長めのスカートの女の子が電車に乗っていたりすると、とても新鮮な印象があります。
でも学生は自由な方がいいですから、制服も自分の着たいように、自由に着ればそれでいいとも思っています。卒業してしまったらもう着られない服ですから、ダサいかっこ悪いと嫌々着るよりは、自分なりにカスタマイズして自分らしく着こなしていった方が、制服も喜ぶのではないかと思います。
口紅のふた上部に、シールで貼れるようになっている鏡シートを円形に(あるいは筒の形に沿って)切り、貼ります。このミニ鏡があると、口紅をするときにわざわざコンパクトや鏡を取り出さずに済み、鏡のない場所でもこっそりちょこんと紅がひけますよ。これは義母から教えてもらった、小さなアイデアでへえ?と感心してしまったもの。彼女はアイデア・ウーマンなので、これを見たときは小さなことで大きく感動してしまいました。
わたしは昔から血色が悪く、祖母から口紅だけはひくようにを言われてきました。よって、お化粧はほとんどしないのですが、口紅だけは祖母の言葉を思い出しするように心がけています。でも、元来、面倒くさがりでごそごそカバンからポーチを取り出すことが苦手で、やっぱり何もしないことが多くて。そんな際にふたにつけるミニ鏡のアイデアに出会い、気軽に口紅とお付き合いできるようになって救われました。プライベートな場所があれば、ちょこっと素早くひけてしまいます。
ある程度リップスティックの筒に太さがないと、難しいかもしれません。少なくとも、直径1センチぐらいは必要。
義母宅で見かけた、鏡を使ったディスプレイです。居間にかかった大きな鏡(縦横1メートル以上はありそうな長方形の大きな鏡)の縁際に、最近のスナップ写真や友人・知人から送られた近況報告写真を飾るという方法。空間使いがうまくて、感心しています。これがもし同じ大きさの絵画だったらどうでしょう。平面ばかりが強調され、返って重圧感を受けそうな気がします。ここはやはり鏡だからこそ奥行き感が生まれ、この広さに写真の面白さが加味されているのだと思いました。
映画で見かける場面などには、ここにメモを貼ったり、口紅でメモを書き込んだり。そこまではいかずとも、大きな鏡は部屋全体のイメージを変えるとともに、空間の中心的で華やかな役割を果たすのだと学びました。
一枚の鏡の上にネックレス、ビー玉、ガラス製のミニチュア、グラスに生けた花など、透明感にあふれたものを飾るディスプレイの方法です。まるで水の上に小さな空間が生まれたかのように、とても瑞々しい世界が広がります。特に子どもはミニチュアの動物を置き、遊びの世界を作るのが好きですね。鏡の上だと、また違ったマジカルな空間になるようです。
アクセサリーを置く飾り皿の代わりに鏡を使っても美しいです。ドレッサーの大きな鏡の前に、キラキラ光るネックレスや指輪の置かれた鏡があると、すごく豪華でちょっとしたお姫さま気分が味わえます。
私50過ぎ、息子も20を越えました。まだ、硬式ボールでキャッチボールをやっています。楽しいです、昨年の夏、ボールを取り底ね、右膝の内側に直撃!マジ痛かったです、腫れて、赤くなり、翌日はボールの縫い目の後までついてました。でも、何か嬉しかったです、野球部から誘われたことのある子供の投球を受けるのは、結構辛いです。私は何歳までできるのか・・・。毎年初キャッチボールをするときに「今年も出来た!」と思います。
今でもお子さんとキャッチボールできるって、今のご時世、素敵な親子だと思います。私も男の子だったら、父とのキャッチボールしたかったです(今は一緒に散歩などに行きます)。
年齢の事はね、大丈夫ですよ!!
うちの父なんて70過ぎた今、自転車に再挑戦して乗り回しているくらいです。
(娘としては凄く心配なんですが)。
70過ぎの父がチャリンコ乗れるくらいですから、to-chingさんもまだまだ続けられますよ!
■追伸■
to-chingさんとは、蕎麦vsうどん(だったかな?)のイワシでご一緒しましたね。
ずっとお若い方かと思っていたのですが、お若い割には、蕎麦好きで特に「粋」のこだわりの深い方で、今のご時世でいい若者だわ?、と勝手に想像していました。でも今回のこのツリーをみて、私より年上の方と知りました(年齢の事に触れてスミマセン)。
これからも、to-chingさんの「粋」なお話や、今回のようなご家族の温か話、楽しみにしています(^^)。
人間は火を手に入れたときから文明を築きだしたと言われますが、同時に人は火を手に入れた時から、動物としての群れではなく、人としての集いも手に入れたのではないかと思います。
現代でも、火は集いの中心です。キャンプファイアーの楽しさなどはその典型でしょう。
小さな火も集いを楽しくしてくれます。わが家では時々、キャンドルを灯してその灯りで夜を過ごします。ムードも盛り上がりますが、語らいも盛り上がります。うわっと盛り上がるのとはまた違う、しみじみと深く語り合える夜が楽しめます。
炭火も集いを楽しくしてくれます。わが家では最近七輪を頻繁に使い始めました。ベランダの一角を七輪専用スペースとして、そこで魚を焼いたりして食べるのです。炭火で焼くと、安物の干物でもふっくらと焼き上がってうまいことうまいこと。せっかくおこした火で干物を数枚焼くだけではもったいないですから、そのまま野菜なども焼きはじめて、ただの食事がバーベキューのような家族イベントに発展していきます。普段の食事は母が作ってくれますが、こういう時は炭火をおこすところから最後の後片づけまで私や父の担当になります。ちょっとした家庭の主婦にありがとうの集いでもあります。
将来は、火鉢とか囲炉裏とか薪ストーブとかペチカとか、何かそういう火を使った暖房器具を囲んで団欒できる暮らしを工夫したいと思います。
人は石炭、石油、ガスと、燃料の中心をどんどん炭素から水素へと切り替えていきました。しかし水素の炎は、集いの中心としてはいささか役不足のように思われます。赤くゆらめくキャンドルの炎や、真っ赤に赤熱した薪の熾き火や木炭が燃える様子。こういう炭素の炎への回帰が、集いの中心としての火の存在の復権になるのではないかと思います。
物を燃焼させることは地球温暖化を助長するとの考えもあるかもしれませんが、どんどん原料を育てていける薪や木炭は、資源の面から言えば埋蔵量に限りのある化石燃料より勝っているとも考えられます。日頃から省エネ・CO2削減に努力していくことを前提にすれば、どんどん集いの楽しみの中心に火を活用していいのではないかと思います。
色々なシーンを考えると、どのシーズンでも集いの間に「火」は欠かせないものですね(^^)。 夏の打ち上げ花火や線香花火も、火の仲間かな?
おなかがすごく太ったので、少しごまかせるチュニックが好きです。
ずっと流行ってて欲しいな。
チュニックは可愛いから好き、拘束感がなくて好き、色んな物と合わせて着まわせるから好きなど、色んな理由で幅広い世代の女性に好まれているみたいですね。
一口にチュニックといってもかなりデザインの幅が豊富ですから、時期によって特定のタイプが流行するというのはあると思いますが、チュニックそのものはずっと女性の定番として定着していくと思います。
それに、女性の好む衣服と、それを見る男の評価は得てして噛み合わないことが多いものですが、チュニックは男の目から見ても概して評判がいい感じです。そんなわけで、きっとこれからも、ずっと流行ると思います(^-^)
あれは小学校低学年の頃でした。夏休み。太陽がじりじりと照りつける真夏の昼間。母が、水遊びしようかと誘ってきたのです。私は大喜びでパンツ一ちょになって水鉄砲を持って庭に飛び出しました。が、母が持ってきたのは洗面器と鏡でした。小脇にはカレンダーも抱えています。な、な、何だ、この脈絡のない持ち物は!!
あっけにとられている私に、母は「今からいい物見せてあげる」と言って、うれしそうに大きなカレンダーを塀に後ろ向きに掛けました。裏面の白い紙が眩しく光ります。
庭の水道で洗面器に水を張り、さあ準備できたわよと母。何が始まるんだろうと隣にしゃがんで見ていると、母は洗面器の中に鏡を沈め、それでカレンダーの裏を照らし始めました。すると・・・・。
なんと、紙の上に虹が現れたではありませんか。うわぁぁぁ!! これはビックリです。なんと、私の母は魔法使いでした!! 私はパンツいっちょの間抜けなカッコで、いつまでもその美しい虹に見入っていました。
種明かしをすれば簡単なことで、光の屈折率の違う水と空気に鏡を組み合わせて、プリズムと同じ状態を作って見せてくれただけなのですが、光と水、そして鏡という組み合わせは、幼な心に魔法を印象づけるに十分な材料でした。以来しばらく、わが家には魔法使いがいると思って、ドキドキしながら過ごしていました。
魔法使いになってみたいお母さんやお姉さん、ぜひ晴れた天気の良い昼間に、こんな実験をして小さなお子さんに見せてあげてください。注意点はひとつだけ。それは鏡に反射した太陽の光を直接覗き込ませないということ。必ず白い紙や白い壁などに反射した虹として見せるようにしてくださいね。
なお、光の状態や虹を投影する面の状態、また鏡との距離などによっては、綺麗な虹にならないこともありますから、予め予備実験をして、よく虹が見えることを確認してから実施されることをお勧めします。
私も準備されたモノの組み合わせを一生懸命考えたのですが思いつきませんでした!
これは子供にやってあげたらとても喜ぶと思います。魔法使いになって虹をみせてあげたいですね^^
古来から鏡には不思議な力があると信じられていました。そんな鏡を使って片思いを両思いにするおまじないです。
まず小さな鏡を用意します。そして三日間、その鏡に自分の最高の笑顔を映してください。大好きな人に見せたい、とっておきの笑顔です。自分の顔なんてだめ、自信ない、なんて思っていると、このおまじないはききません。私にもこんなすてきな笑顔ができるの、っていう自信が大切です。なかなか自信が生まれてこなかったら、根気よく何日でも続けてください。そして自分の魅力に自信が持てたら、その日から三日間、そのすてきな笑顔を一日に何度も鏡に映していきましょう。
四日目にお天気が晴れだったら、日当たりの良い高い所に行って、広い校庭のような場所に鏡で光を反射させます。そしてその光の軌跡で、大好きな人の名前を三回書きます。これで思いは伝わります。
あとはその人に会ったら、とっておきの笑顔で話しかけるだけです。きっといつもより話が弾んで、心が伝わる実感があるはずです。
…私はこれ、やったのですが、どうしても自分の笑顔に自身が持ちきれなくて、うまくいきませんでした。自分では自分のこと、けっこうかわいいと思っているのですが(笑)、好きな人の前に出てしまうと、どうしてもだめなんです。それを乗り越えて、皆さんはきっと幸せをつかんでくださいね。
おそらく集いの集団!?のうちでは最小単位にあたるのではないかとw
もともと長屋の人たちが井戸のまわりに集まって家事をしながらいろいろな話をしていたのが、今の言葉につながっているんだと思いますが、今の井戸端会議は家事をしながらではなく、一箇所にあつまってするようになりましたね♪
いろいろな噂話や愚痴などが話されていたと思いますが、人が集まるということはコミュニケーションの場であり、情報交換の場であったと思います。
今はランチとか、ちょいとお茶を飲みに・・とか、私のイエのほうでは喫茶店で朝おこなっているモーニングがそれにあたります。
今はクチコミもネットで確認できますが、その当時の情報を得るには、やはり人と人とのコミュニケーションですよね♪
集いはコミュニケーションの場。時代によってコミュニケーションの場も変わってきていますね。
向こう三軒両隣・遠くの親戚より近くの他人・・・と言うくらいですし、なによりも災害や事故など、何かあったときにはご近所さんパワーが頼みですよね★
ご近所さんから町内会でご一緒した方など、外でお会いした時ちょっと井戸端会議をする。そんな普段の積み重ねが、そこで暮らしていくのに大事なのだと思います。井戸端会議は日本の良い、コミュニケーション風土だと思います(^^)
先日、とうとう子供の着なくなった服に手を出してしまいました。
買うときはいいんだけど流行なのか気が乗らないのか、すぐ着なくなってしまいます。
地味目のトレーナーやフリースの上着などは、私がしっかり着てしまうことにしました。
ちょっと派手なものは遠慮しておこうと思います。(笑)
「鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番美しいのは誰?」
といえば、『白雪姫』で王女が鏡に問いかける有名な場面ですね。
白雪姫の話からそれますが、まだ善悪の区別もつかない子供のころ、『 鏡の中にはどんなことでも知ってる偉い人が住んでいて、質問すると答えてくれるんだ・・・』、という勘違いをしていました。
その勘違いよろしく、鏡に向かって色々と問いかけていた思い出があります。
「鏡よ鏡よ鏡さん、明日の遠足は晴れるかしら?」
「鏡よ鏡よ鏡さん、○○ちゃんは私のコト好きかしら?」
「鏡よ鏡よ鏡さん、今年のクリスマスプレゼントは何?」
思い出せる範囲で書いてみましたが・・・、かなり勘違い甚だしい問いかけをしていた覚えがあります。実際は、鏡さんからのお返事はないのですが、ず?と返事が来ないか眺めていました。
大人になった今では、クリスマスプレゼントはサンタさんにお願いするもの、くらいの判別は付くようになりました(笑)。ただ、ここ一番というとき、鏡を前でおめかししながら、「鏡よ鏡よ鏡さん、今日のバースデープレゼントは喜んでもらえるかしら?」と心の中で唱えてる自分がいます。
子供の頃の『白雪姫ごっこ』気分が残っているのでしょう。他にも、ちょっと自信がない時や、緊張している時、鏡さんにお願いしていることもあります。私にとってこの『白雪姫ごっこ』は、思い出深いおまじないになっています。
以前テレビか何かで、どうして鏡は左右が逆なのに上下はそのままなのかというのを見たのですが、
その番組では明確な答えになっていませんでした。
それで、そのままずっと気になってるのですが、どうして左右は逆で上下はそのままなんでしょう?
まず「ひっくり返って見える原理」については
http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/intelvt/intelvt_050.htm
がわかりやすく説明しています。
左右がひっくり返って上下がひっくり返らない理由はどうやら「人間の認知の問題」と考えられるのですが
http://www.jcss.gr.jp/symposium/2006.html
『鏡像問題』と呼ばれて未だに議論されているところです。
たぶん、目が横に並んでついていること、人間が普段生活している時に振り向くために逆立ちするのではなく、首を横方向に回していること、などが原因なのでしょうが…。
そういえば、あれも鏡の話でしたね。
一度リメイクされているから知っている人は多いかもしれない。
子供のころは(男の子なので)それほど熱心に、ではなく見てました。女の子の変身ヒロインものの元祖ではないのかな。
しかし、女性とは鏡を使って「化ける」ものだ、というのを表わしていたのかなあ、あのアニメ。
(原作者は赤塚不二夫だし…)
暖かい日が続くので、衣替えしました。と言っても、まだ暖かい服もいるし、とちょっと中途半端です。
今日は春の装いで、久々に明るい色のスカートをはいて、お花見に行きました。心が明るくなって、ほのぼのとした幸せを感じました。
この時期の服は、一年の中でも一番色がやわらかく、心から春を味わえて嬉しいです。