ディア・ライフ

ディア・ライフ
「自転車のベルの音」by id:Cocoa


チリンチリンと自転車のベルの音がすると、それが父の帰宅の合図でした。父はいつも駅との往復に自転車を使っていました。朝は行ってきますの合図にチリンチリン。夜も同じように家に着くとベルを鳴らし、それから自転車を置いて家に入ってきます。小さかった私は、そのベルの音が聞こえると玄関まで走って行き、ドキドキしながらドアが開くのを待っていました。自分でドアを開ければもっと早くお父さんと会えますが、コツコツと近付いてくる足音を聞くのがまたいいんです。
知らないお客さんの足音は門の方から玄関に近付いてきます。でも父の足音は、庭の奥に自転車を置いてから戻ってきますから、門の反対側から近付いてきます。これではっきりと父の足音だと分かります。
さらにダメ押し。ガチャガチャと鍵穴に鍵を差し込む音。家の鍵を持っているのは家族だけですから、この音がしたらお父さん確定です。小さな私は最大級の笑顔で、お帰りなさいの挨拶の準備をしていました。


でもこの習慣は、家に車がやってきて終わりになってしまいました。父が車通勤に切り替えてしまったからです。車は徒歩数分の駐車場に置いていましたから、父は徒歩で門から入ってきます。これでは忍者のように耳を澄ませていないと、お出迎えの合図になる音が分かりません。父も段々仕事が忙しくなって帰宅時間が遅くなる日が多くなり、私のお帰りなさいのお出迎えは、いつの間にか終わってしまっていたのでした。


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