「名も知らぬライバル・私に紳士道を教えてくれる人」by id:Fuel


その人と最初に会ったのは、終電近くの電車の中でした。ひどく酔った女性が車内で嘔吐しました。乗客は一斉に後ずさりです。しかし一人の男性がサッと歩み出て介抱。女性は再度嘔吐して男性の服を汚していましたが、彼は全く意に介する素振りも見せずに、次の駅で女性を伴って降りていきました。
よくできた人だなぁ、ああいうことがサッと出来るのはかっこいいなぁとしばし感動。何もできなかった私はとりあえず最後部の車両まで行って、車掌さんにあったことを報告。車内の処理をお願いしてみました。
次にその人と会ったのはある駅前の広場でした。その人はなんと、植え込みの間に捨てられているゴミを拾って回っていました。初老の女性が何かのボランティアですかと声をかけると、彼は、いや、待ち合わせの相手が遅れているので時間つぶしですよと笑っています。普通、そんな合間にこういう隠れた社会奉仕など、なかなかできることではありません。はぁ〜、世の中には出来た人がいるもんだと再度感心してしまいました。
そういえばイエはてなでも様々な自主的な活動でマチを明るくしていくような取り組みが紹介されていたなと思い出し、私も何かをやってみようと考え始めました。とりあえず百均でトングを買い、マチのゴミ拾いに出てみましたが、いやぁ、実際にやろうとすると、これは勇気が要りますね。初日はどうしても勇気が出せずに、ただマチをうろついただけで挫折でした。
後日再び意を決して出動。今度は例の良くできた男性を思い浮かべ、世の中にはああいう人もいるんだから負けちゃいられないぞと自分に言い聞かせて駅前へ。今度はしっかり活動することができました。
一度こうして何かを一つ乗り越えると、色々勇気が出てきます。今までは、あの人何か困っていそうだなと思っても、一声掛ける勇気が持てませんでした。困っているように見えるのは気のせいで、本当は何でもないんだ、そうだ、そうに違いないなどと無理に思いこんで無視してしまうのが常でした。しかし一つ乗り越えると、すぐに声が出るようになります。
「失礼ですが、何かお困りですか?」
こんな勇気が持てるようになったのも、世の中にはああいう人もいるんだから負けちゃいられないぞと、自分を奮い立たせることができたおかげです。彼はそんなふうに私を育ててくれた、名も知らぬライバルと言えるでしょう。
世の中には、他人に迷惑をかける行為や、自分のことは棚に上げて他人を非難するためなら、おどろくほど積極的に行動できてしまう人が少なくありません。しかし善意や思いやりに基づく行動は、勇気が持てずに躊躇してしまいがちだと思います。それを堂々と、しかもかっこよくやって見せてくれた彼は、どこの誰なのでしょう。あれから数回電車の中で見かけました。特に何か特別なことがあったわけではありませんが、鞄や傘の持ち方ひとつにも配慮が行き届いている雰囲気が伝わってきます。ああいう人を紳士と呼ぶのでしょう。これからも勝手にライバル視して、少しでも近付かせてもらいたいと思っています。


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