リブ・ラブ・サプリ〜SEASON #018
みなさまこんにちは、ハザマです。しばらくつづいた雨もようやくひと段落しましたが、ひと雨ごとに涼しくなるというより、夜などいっぺんに肌寒い風を感じるようになりましたね。みなさまお風邪など召されずお過ごしでいらっしゃいますか? 実は私は、一昨日あたりから少々風邪気味。寒気がするなぁという程度ですが、これはいけない、食べて治さなきゃ、とここで教えてもらった「チキンスープ」を思い出し、昨日は野菜もたっぷりで作っていただきました。あったかくて美味しい、滋養のあるスープの幸せを感じました。おかげで快方に向かったみたいです。こんな季節の変わり目、みなさまもどうか体調には気をつけてお過ごし下さいね。今から、寒い季節に負けない体力をつけるべく、いっぱい食べてw
さて、今日は“リブ・ラブ・サプリ〜SEASON”#018のいわしスタートです。今回はさっそく「お部屋の秋じたく」をテーマに選びました。お部屋を夏から秋仕様に、ファブリックの模様替えなどあったかじたくはもちろん、新しい季節の訪れを楽しむしつらいも、そろそろ考えてみませんか? そして日本の歳時記からは「中秋の名月」。今年はみなさまどんな名月の夜を過ごされるのでしょうか。今からじっくり思いめぐらせてプランを交換したいですね。さらにもう一つ、9月15日は「敬老の日」です。お祖父様やお祖母様、いつもお世話になっている方などに、感謝と敬愛の気持ちを伝える真心のサプリを教えて下さいませ。この秋も新しい暮らしのサプリがここから生まれますように! みなさまの素敵なメッセージをお待ちしています!
「お部屋の秋じたく」「中秋の名月」「敬老の日に」
「お部屋の秋じたく」「中秋の名月」「敬老の日に」
“リブ・ラブ・サプリ〜SEASON”フレーズ
「芋名月を〈いもぼう〉で祝う」by ハザマ
“メッセージ”
中秋の名月、ちょうどこの頃は里芋が一年で一番美味しい時季。「芋名月」ともいわれるゆえんですね。また豊年を祈り、先祖を偲ぶ収穫感謝祭の意味合いも色濃い月のお祭りです。
昨年は、ピンポン菊で作ったお月さまをしつらえ、衣被(きぬかつぎ)とお団子をお供えしましたが、今年はどんなお祝いにしましょうか…。考えて思い出したのが、京都の名物料理〈いもぼう〉でした。
京都ではこの頃、上等の里芋である海老芋と棒鱈を一緒に煮た〈いもぼう〉をいただきます。上等といってもご当地ではよく作られているので、京都に暮らした頃は八百屋さんでひと山いくらで買って、お鍋いっぱいに煮たものです。私はあまからに煮付けた棒鱈でちょっぴり濃い目の味で煮たのが好き。ほくほくした海老芋に棒鱈の旨味がしみて、独特の風味が美味しいお料理です。
この料理、美味しいだけでなく、今に受け継がれてきた由来もありました。棒鱈は、子である「鱈の子」が世に出たというので出世の願いが込められ、里芋は親芋のまわりにたくさん子芋をつけるので、子孫繁栄の象徴とされてきたのだとか。だから〈いもぼう〉はイエが末長く繁栄するようにと願いをこめた取り合わせなのだそうです。
名月の夜に一人でそんな〈いもぼう〉をいただくのはちょっとさびしいので(笑)、大家さんご夫妻におすそわけをして、いつか自分の家族と賑やかに過ごす日を願いつつ、今年も豊穣のお月様を祝いたいと思います。猫たちと一緒に(^^)w
※今回の「いわし」ご投稿は9月8日(月)正午で終了とさせて頂きます。
※今回のピックアップ賞は9月9日(火)に「イエはてな」にて発表いたします。
※〈イエはてな〉では、いわしへ投稿されたコメントと画像をダイアリーに転記しています。できましたら「投稿画像のwidth属性」を450px以内に指定していただけますようご協力をお願いいたします。
「今日の一枚“リブ・ラブ・スナップ”」
ベッドでもタタミはどうでしょう!
畳は、涼しく、クーラーもあまり不要でした。 イグサのつめたさが程良く体温を調節し、また、汗をかいても自然に吸収してくれる。風通しも良く、姿勢も良くなる。夏にはベッドでもタタミがお薦めです。また、い草には病原性大腸菌0157など食中毒の病原菌に対する抗菌性があることが確認されており、皮膚を健康にする、抗菌作用があります。そして、大気汚染やシックハウスの原因となるホルムアルデヒドの化学物質を吸着します。あるだけでお部屋の空気の浄化作用があるうえ、湿度も調節してくれ、乾燥している時には適度な湿気を放出してくれます。また、イ草の香りが心を落ち着かせ、心身ともに癒すアロマテラピー沈静効果があります。
い草って、そんな抗菌効果もあるんですね、日本人ってエライなぁ。
肌に涼しくて、香りに癒されて、拭いたり干したりお手入れもラク。
日本の夏のスグレモノ、うちでも来年はぜひ導入したいと思います!
−ハザマ−
»“リブ・ラブ・スナップ”今回のテーマはコチラから
募集期間中にご投稿頂いた方にもれなくはてなポイント300ptプレゼントいたします。
また、スナップ賞にはアマゾンギフト券3,000円分をプレゼントいたします。
いわしの回答(転記)
まだまだ暑い9月ですが、中ごろになってくると涼しくなってくるでしょう。その頃には、お盆前から活躍してくれた簾戸も、そろそろ長期休暇です。障子や襖と交代です。これが我が家で行う唯一の「部屋の秋支度」ですね
昨年9月は残暑厳しい年でしたが、今年は雨や涼しい日も多いですね。うちも今月あたりに、簾ローリング式カーテンから布カーテンに衣替えになりそうです。
簾戸(すど)というと本格的に日本家屋を美しく、そして夏の涼として目にも優しい工夫ですね。
●簾戸・屋内の簾の美しい工夫例
>http://www.digistyle-kyoto.com/study/culture/machiya/machiya09.h...
簾戸から障子・襖への衣替え。洋風でなく和のイエだからこそ、絵になる光景が広がりますね。
ここで言う十三夜とは、中秋の名月の後に巡ってくる月齢13の月のことを指します。別名「後の月」。古くから中秋の名月に次いで美しい月とされています。十五夜にわずかに欠ける姿がまた風流なのですね。
古くは中秋の名月と後の月は完全にセットになっていて、お月見をするなら必ず両方すべきとされていました。どちらか片方のお月見だけで済ませてしまうのは「片月見」または「片見月」と呼ばれて、満足なお月見とはみなされなかったのです。
このため、男は意中の女性を中秋の名月のお月見に誘おうと懸命だったと言われています。ここで誘うことに成功すれば、翌月必ず、二度目のお月見デートが約束されるからですw。
十三夜は、日付で言うと旧暦の9月13日。今年は新暦の10月11日になります。この夜の月齢は11.8で厳密な十三夜の月に比べてちょっと細いですが、それもまた風流ですね。
中秋の名月を「芋名月」と呼ぶのに対して、十三夜の方は大豆や栗などを供えたことから「豆名月」「栗名月」とも呼ばれます。十三夜の習慣は日本独自の物で、諸外国には見られません。日本におけるお月見には収穫感謝祭の意味がありますから、重要な食糧であった芋の収穫期と、栗や豆の収穫期の両方で行うことで、完全な感謝が捧げられると考えていたのでしょう。
さらにここに稲作に関連した行事として「十日夜(とおかんや)」もセットに加わることがあります。これは旧暦10月10日に行われるもので、田の刈り取りが終わった後、稲藁を束ねた物で地面を叩く鳥追いのような行事を行ったり、田んぼを守ってくれたカカシに供え物をして月見を楽しむといった習慣が東日本を中心に伝えられてきました。
昔から旧暦8月15日の中秋の名月、旧暦9月13日の十三夜、そして旧暦10月10日の十日夜の全てに月が見られると縁起が良いと喜ばれてきました。今年はどうでしょうか。皆さんもぜひカレンダーに印を付けて、この三日をちょっと意識して過ごしてみてください。
たくさんある本棚
二列になっていて後ろの本はなかなか表に出てくることがありません
秋になると読書の時間が増えるので
少し厚みのある本を表に出します
本棚の雰囲気もがらっとかわり読み応えのある本ばかりのせいか
秋冬の気配です。
入れ替えの時には、天日にさらして虫干しをします。
小さな本の虫がわらわらと出てきます。
庭で広げるのでみんな自然に戻っていくようです。
そろそろ天気も落ち着いてきたことなのでこの週末にでも思い切ってやってみようかと。
先日、棚の奥の方にあった本を整理していました
何か読めそうなものはないかな?と。
すると、子供のときに読んでいた本や図鑑がでてきました
懐かしい思い出とともに再び本を読む意欲がわいてきました。
たまには本の整理もいいものですね。
猫が家族に加わって初めての秋がやってきます。居間で猫を抱きながらPDAでイエはてなを閲覧しつつ、今回のテーマに中秋の名月があるよと言ったら、父が「猫のお月見をするか」と言い出しました。うちのは大人になるまで野良だった猫なので、この子はきっと毎夜月を眺めて過ごしていたはずだ、中秋の名月の美しさをわが家で最もよく知っているのはこの子だ、飼い猫になってもやはりお月見くらいさせてやりたいじゃないか、というのです。ここまで本気で言えるとたいしたものです(笑)。
さっそく猫のお月見計画を話し合いました。完全室内飼いですから、会場は空がよく見える二階の部屋とします。時間は概ね20時から開催。この時刻ころ、月は南東からちょっと東に寄ったあたりの仰角30度くらいの位置に見えるはずですから、南の窓際に台をしつらえてお供えを置けばちょうどいいだろうということになりました。
お供えには普通のお団子と共に、猫も食べられる鶏肉団子を用意し、二皿並べて飾ります。お月見が終わったらお下げして、人間は普通のお団子を、猫は鶏肉団子をそれぞれ食べて、天地の恵みに感謝する儀式とします。
鶏肉団子は猫が食べても大丈夫なように食塩や香辛料などを一切使わない特製を、母が手作りしてくれることになっています。食塩を使わないと挽肉の粘りが出にくくて団子にまとめるのが難しいそうですが、そこは長年の料理キャリアで頑張ってもらいます。猫には魚より鶏肉の方が適していると聞いたのでこのように計画しましたが、それでもあまりたくさん食べさせると体に毒ですから、当日は一個か二個程度で我慢してもらう予定です。
お供えと一緒にススキを飾りますが、猫のお月見ですから、一緒にエノコログサ(別名ねこじゃらし)を採ってくる予定です。ススキはなかなかいいのが見つからないので、もしかしたらエノコログサがメインになるかもしれません。エノコログサはかつて重要な穀物の一つであったアワの原種と言われていますから、ススキよりも収穫を祝う秋の行事には適しているかもしれません。
あとは、人間の座布団と共に、猫が好きな私の枕を専用席として並べて準備完了という段取りです。
当日は部屋の明かりを消して、キャンドルナイトのように楽しみます。でも猫は夜目が利きますから、明かりを消してもあまり感動しないかもしれませんね(笑)。
皆さんも可愛い家族の一員であるペットと共に、楽しいお月見を計画してみてください。
私は父方母方とも祖父母は既に他界してしまいました。
でも奥さんの母方の祖父母が健在です。
義祖父は今年で90歳。なのに自転車に乗って歯医者に通ったり(ってことはまだ自分の歯があるってこと!)、家庭菜園で野菜を作ったりしています。どうやったらあんなに元気に歳を重ねられるのだろう。
さて、その義祖父なのですが、敬老の日に近い9月11日生まれ。今となっては世界的に重い意味を持ってしまった日付で、おかげで一度聞いただけで覚えてしまいましたが、彼が生まれたのは大正時代、誰がそのような後世を予想したことでしょう。
ともあれ、「敬老の日と誕生日が近い」ので、どうしても「何かしなくちゃなあ」ということを奥さんと話していたところです。
いつだったか、フェイスタオルを贈った年には、「まだ古いのが使えるから」としまい込まれて使ってくれなかったし、じゃあ、もうだいぶ古くなっているバスタオルなら、と、バスタオルを贈った年には、新しいバスタオルはどこかにしまいこまれて、相変わらず古いバスタオルを使い続けていたし・・・お年寄りって、本当に物を大切にするのだなあと感心しました。
その他に考えた候補としては、服は、選ぶにも私たちとは趣味が違い過ぎて何を選んだらよいのか(そもそもどこに買いに行けば良いのか)悩んでしまうし、小物といってもお年寄りが喜ぶものって何だか分からないし、食べ物も趣味が違って今ひとつよくわからないし・・・
そこで考えたのが、夫婦揃って写真を撮ってあげる、というもの。
今年新しいデジタル一眼レフカメラを買った(仕事で必要だったので)のと、かつて私も奥さんも写真学校に通っていたので、スタジオこそありませんが、「ちゃんとしたポートレート」を撮ることが出来ます。奥さんにはアシスタントでレフ持ち。出力はプリンタですが、耐久性のある顔料系インクで、本当はA3まで伸ばせるのですが、そこまで大きな写真を貰っても保存場所に困るでしょうから、A4くらいに伸ばそうかなと。
予算的には、プリンタの用紙とインク代くらいしかかからず、何だかお金をケチっているようで申し訳ないなあという気持ちもしなくはないですが、自分が出来ることの1つで、本人達が喜びそうなことだったらよいかなということで、今年は「写真」が敬老の日+義祖父のお誕生日祝い、ということにしました。
こちらではちらほらと秋の虫の声が聴こえてきました^^
昼間は蝉が鳴いているのですが、日が暮れてからは「リーリーリー」と秋の虫たちの時間です。
うちの近くには田んぼとか公園とかで緑が多いので家にいてもよく鳴き声が聞こえて来ます。
お団子を食べながら、虫の声を聞きながら、綺麗なお月様を見たいなと思います^^
夏になると入浴剤であたたまりすぎると暑いので、すっかり入浴剤をしまってしまうのですが、秋になってちと寒くなってくると、ようやくしまっていた体温め系入浴剤の出番です。
泡が出るのとか、ヒノキの香りのとか、いろいろ大好きで買い集めているので、秋に成るとどれをつかうか楽しみが増えますね〜。
石鹸やら入浴剤やら、バスグッズがすきなのですが、夏は石鹸しか楽しめないため、秋になってちょっと寒くなってくるのは、少し嬉しくもあります。
寒いながらも楽しみがあるというのはいいことですよね^^
そうですね、もうそろそろシャワーだけでは寒く感じ始めますよね。秋には秋の楽しみ方がありますね。シャワー上がりのビール、なんてのは聞いたことありませんけど、風呂上りのビールとなるとガゼン、魅力が増しますし。
秋口にはいると、夏物をしまって、秋冬ものに衣替えです。9月の半ば以降、ちょっと肌寒くなってきたころにいつもしています。季節の変わり目を感じますね〜。夏に活躍してくれた洋服たちを大事にしまって、秋物やコートを用意するのもなかなか楽しいです。
月見の宴で行われていたことの中で、月を愛でる歌詠みがあります。
現在でも探してみると、いろいろな地域で当日、または前日のお休みの日などに歌会が開催される場所もあるようです。
例えば、
・静岡の伊豆山では源実朝を偲ぶ、仲秋名月伊豆山歌会が行われます。
http://www.izusan.com/izusan%20ibento.html
こうやって、場所にでかけて歌を詠むこともありですね。しかし、現在はWEB上でも投稿できる歌会というのもあるようです。
何年も前から行われているようです。
・ものぐさ歌会
http://www.tankamonogusa.net/web_utakai/web_de.cgi
昔から和歌が好きでしたが、まだ詠んだことはあまりありませんでした。
今年は自分のイエで月を愛でながら、歌を一首詠んでみるというのも粋ではないでしょうか?
けっこうみなさん大作ですが、今回がんばって歌を詠んでみたいと思います。
短冊をかってきて、墨を刷って詠んだ歌を書いて、お部屋に飾ってもよい思い出になるかもしれません♪
平安時代には、中秋の名月には宴を催したとか。その際、本来の月もきれいですが、池などに船を浮かべて舟遊びと称し、水にゆらゆらとゆれる月(いわゆる水鏡の月です)を楽しんだといわれています。
夜空には本物の月、水面には水鏡の月を見て愛でるなんて風流ですね♪
本来なら、舟を浮かべたいところですが、それもままなりません。川の水鏡ならなんとかなるかもしれませんので、河原でながめるなんていうのもオツだと思います。
でも、せっかくならイエで楽しみたい。ベランダや縁側などに水を張った皿や鉢などを出して、ススキやお供えなどとともにならべ、月を映し出します。ちょっとだけ水をゆらせば、ゆらめいた月をながめることも可能です。
こうやってゆったりとした時間を楽しんでいこうと思います。
美しい月を愛でる習慣は非常に古くから存在し、少なくとも縄文時代にはそうした文化があったと言われています。平安時代になると、中国文化の影響を受けた貴族たちが、盛んに観月の宴に興ずるようになりました。
こうした平安文化を今に伝える観月会が今も伊勢神宮をはじめ、各地の神社などで多数催されていますが、そこで欠かせないのが雅楽の演奏です。雅楽の雅やかな音色に心を遊ばせながら観る月は本当に格別で、まるで心が一瞬にして空を駆けていく思いすら味わえると言っても言い過ぎではないくらいのすばらしさです。本当に心洗われるひとときです。
観月会は儀式ではなく宴ですから、そこで演奏される曲目は様々なようです。これは必ず演奏するといったような決まりごとはないようですが、伊勢神宮では「催馬楽(さいばら)」と呼ばれるジャンルの雅楽が奉納されます。これは平安初期に庶民の間で歌われていた民謡が宮廷音楽として取り入れられたもので、平安中期頃に雅楽として成熟して今日に至っています。インストではなく歌入りで、元々が庶民の歌ですから、歌詞は恋愛を歌ったものなどが多いのが特徴です。美しい月を愛でるロマンチック宵には最適な演目です。
さて、催馬楽がCDとして出ていないかと探してみましたが、数ある催馬楽に属する曲を網羅した物はちょっと見つかりませんでした。
- アーティスト: 雅楽
- 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
- 発売日: 1990-04-21
- メディア: CD
でもこちらのDisk2の10曲目に入っている「蓑山」は、たしか伊勢神宮でも演奏されていたはずです。
他にもAmazonで「雅楽」で検索すると、日本の伝統音楽・芸能 › 純邦楽 › 雅楽 で絞り込んで、37件がヒットしました。
わが家がお月見でよく使っているCDはこれです。
- アーティスト: 宮内庁式部職楽部
- 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
- 発売日: 2001-11-21
- メディア: CD
五常楽、越天楽、千秋楽といった、いつかどこかで聞いたことがあるような耳馴染みのよい楽曲が6曲収められています。ちなみに越天楽は結婚式でもよくかかる曲ですね。巫女さんの舞いによく使われる「豊栄の舞」という曲も越天楽のアレンジバージョンです。
話が長くなってしまいましたが、お月見に雅楽は本当によく似合います。騙されたと思って雅楽のCDを1枚手に入れて、遥か平安の時代に心遊ばせるような、雅なお月見を楽しんでみるというのはいかがでしょうか。きっと心に残る一夜になると思います。
お月見の行事が庶民に広まったのは江戸時代といわれていますが、
その頃のお月見団子は、家族みんなが参加して作る物とされていたそうです。
作る量の違いはありますが、お正月を迎える時のお餅つきと似たような感覚だったのかなぁと思います。
わが家ではお正月のお餅は買って済ませてしまいますので、
かわりに家で簡単に作れるお月見団子は、家族みんなで作ることにしています。
作り方は簡単です。
材料は団子粉などとして配合されて売られている粉が一番楽かと思います。
これはうるち米の粉ともち米の粉が配合された物です。
家庭のお供え物にするなら、団子粉は150gくらい。
これで大人が一人で全部食べたらお腹が一杯になるくらいのお団子が作れます。
粉をボールに入れ、ちょっとずつ水を加えて、耳たぶくらいの固さに練ります。
この時水でなくお湯でやる人もいますが、私は水です。
練れたら上に濡れ布巾などを被せて少し生地を休ませます。
こんな休養時間は取らない人もいますから、時間は適当。
全体に生地が落ち着いてきたらよしとします。
あとは、家族みんなで丸めます。
私の家では15個のお団子を作りますので、
まず全体を3等分し、それぞれをさらに3等分し、さらにそれを2等分した物をお団子一個のサイズにしています。
これじゃ18個できちゃうって?
そうなんです。お団子として丸く作るのは、このうちの15個だけ。
残りは再びまとめて二等分してちょっと大きなお団子にして、それを雪うさぎ型にします。
言い換えれば小さなオムライスのような形のお団子ですね。
それを15個の丸いお団子にプラスして作ります。
できあがったらたっぷりのお湯を沸かしてお団子を入れます。
お鍋が小さい時はいっぺんに入れずに、小分けに茹でていってください。
火が通ると浮き上がってきますから、そのまま2〜3分。
茹で上がったら冷水にさらし、冷めたら取り出して水を切り、軽くうちわで扇いで水分を飛ばします。
これでつやつやお肌の美味しそうなお団子のできあがり。
雪うさぎ型の方は、ハサミでちょんちょんと切れ込みを入れてお耳を作るか、
洗った小さな笹の葉をお耳としてさし、梅酢などを爪楊枝の先で塗ってお目々にします。
そして丸いお団子をお盆の上にピラミッド型に飾り、左右にうさちゃん団子を飾ってお供えセットの完成です。
もしも家族の中で団子作りに参加していない人がいたら、
その人には最後のうさちゃんのお耳作りなどで参加してもらいましょう。
家族みんなで作ることで絆も深まるお団子作り。
ぜひ皆さんの家でもやってみてくださいね。
お月見が終わったら、あんこや抹茶、きなこなどお好きな物を付けて食べてください。
一部を残してお汁粉に入れてもいいですね。
これは好きです。とってもさわやかで、空気もきれいな感じがします。昔はそれからが漬物の用意、具体的には大根を大量に購入し、洗い、干す作業が始まるのを良く覚えてます。今はどの家庭でもしなくなりました。
お漬物を通販で注文しました
今はどこにいてもネットで購入できるので便利ですよね。
梅の時期にはおばあちゃんといっしょに梅干を。
冬になると冬の独特のお漬物をつくります。
これが結構楽しくって子供の頃からの楽しみでした
敬老の日は、終戦の二年後の1947年に、当時の兵庫県多可郡野間谷村(現多可町八千代区)の村長さんたちが「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と呼びかけたことに始まります。戦争の爪痕がまだ生々しかった時代に、辛い歴史を乗り越えてきた人生の先輩達に感謝しつつ、その知恵を復興のために生かしていこうということだったのだろうと思います。
こうした敬老の日の発祥を思うと、この日はただおじいちゃんおばあちゃんありがとうの日では足りない、忘れかけられている昔の知恵を発掘して現代に生かしていく日にしないといけないと思うのです。
先ごろイエはてなで夏休みスペシャルの「エコ・ルポ」が開催されましたが、エコライフの基本やエコのための知恵の多くは、昔ながらの知恵に由来していると実感しました。炭団作りでもったいないの心の核心に触れる体験をしたり、風呂敷の活用が呼びかけられたり、中にはそのものずばり、エコ暮らしとは戦後すぐのような暮らしを取り戻していくことなのかもしれないといった意見も見られました。自然保護や地球温暖化防止のためにも、長い経験を積んでこられた人生の先輩たちの知恵が大切です。
また、今の時代限定かもしれませんが、戦争を経験してきた人だけが持っている生の体験や、そこから生まれてくる社会作りへの願いなどを知り、受け継ぎ、生かしていくことも、忘れてはならないことだと思います。戦争未体験世代が政治家の中心になったとたんに目立ってきた焦臭い法律や議論などを、戦争体験者はどう感じているのかなど、そういうことも私たちの世代がしっかり受け止めていかないといけないと思います。
そのためにはまず、敬老の日をチャンスに、自分のおじいちゃんおばあちゃんはもちろんのこと、地域の人生の諸先輩の皆さんなどと、積極的なコミュニケーションを持っていくことでしょう。そういう語らいの中から、受け継いでいきたいもの、今に生かしていきたいもの、国作り社会作りに反映させていきたい願いなどが見えてくると思います。私も今年からは、ただありがとうに終わらないコミュニケーションの出発点として、この日を生かしていきたいと思っています。
中秋の名月は「芋名月」とも呼ばれるように、古くから収穫の喜びを分かち合う日でもあると考えられてきたようです。欠ける所のないまん丸のお月様を、豊作の象徴と考えたのでしょう。
豊かな実りに感謝する行事ですから、この日ばかりは皆の心も大らかです。たとえば東北の一部では「片足御免」と言って、他人の畑に勝手に踏み込んで作物を失敬してもいいという習慣があるそうです。もちろんあまり大量に持って行ってしまったら泥棒ですから、畑に踏み込んでいいのは片足だけ。その程度で手が届く範囲の物ならどうぞ差し上げます、なんたって今年も豊作に恵まれましたから、というわけです。翌朝行ってみて作物が無くなっていると、人々はお月様が持っていったと喜んだそうです。
ほかにもお供え物を、お月見が終わって用済みと見るや、片っ端から子供たちが持って行ってしまう、なんていう習慣が伝えられている地方もあるようです。そうした習慣が現代風に変化したのか、中秋の名月の晩に子供たちが家々を回ってお菓子をもらうという地域もあるようです。これはとても珍しいケースだと思いますが、まるでハロウィンみたいで楽しいですね。
こんなふうに、収穫の喜びを皆で分かち合う行事であった中秋の名月の前後は、心安らかにお月見を楽しむためにも、出来るだけ大らかな心で過ごすようにします。誰々のせいで損をしたとか、誰のせいで余計な手間を掛けさせられたとか、誰の責任でとんでもない目にあったとか、そういうことをみな許します。そうして他人を非難する心を全て取り去って、満月のようなまあるい澄み切った心を目指します。
世の中全てお互い様。私も誰かに何かを取られたけど、きっと私だって誰かの大切な物を奪ってここまできた。私が自分の損失を全て水に流すように、どうか私の与えた迷惑も許してほしい。そんな懺悔の時でもあるでしょう。
そして、昔の決して豊かとは言えなかった農村でさえ、持てる物をみんなで分かち合って楽しんできた伝統の心に立ち返って、美しい月を眺めるのです。
月は、富める者にも貧しい者にも、自分より優れていると嫉妬してきた相手にも、自分より劣ると蔑んできた相手にも、平等にその美しい姿を現してくれます。それを思うと、妬みの心も蔑みの心も消えていきます。
特にネットを使うようになってくると、匿名なのをいいことに言いたい放題の掲示板などに出会ってしまうこともあり、そこに渦巻く妬みや蔑みの心に感化されてしまうと、いつの間にか自分の心も荒んでくることが多々あります。そんな心のリセットにも、中秋の名月の分かち合いの心は有効です。
毎年温泉に招待しています。
普段食べられないような、高級なお肉だったりイセエビだったりカニだったり
が、ついてくるようなそんな温泉旅館に家族で泊まります。
いつも、優しく笑ってくれている祖父母に感謝しています。
どんなときでも、優しく話を聞いてくれて
笑ってくれて、感謝の気持ちでいっぱいです。
みんなでわいわい話をしながら旅館までいく道のりがとっても楽しいです。
段々年をとり、長旅はできなくなりましたが、それでも元気なうちは
こうして毎年旅行に招待してあげたいです。
季節ごとにローチェストの上を飾っています
その時期にあわせたもので。
次は秋なので、まつぼっくりやいちょうで飾りたいですね。
でも、まだ秋色のものが見当たらない^^;
これから紅葉の季節に入りますが
それから少しずつ外に出てよさそうなものが落ちていたら拾ってきて飾りたいと思います。
昨年敬老の日に小中学生がボランティアで高齢者の背中を流す「お背中流し隊」というのが行われたそうです。喜ばれただろうなあと思いました。
お年を召されると、年齢によっては、疲れてしまって、背中を流すのも大変なんです。湯ぶねにはいるのもふらふらで危険。良かったら一緒に入ってさしあげるのは、いかがでしょうか(*^-^*)
肌の触れ合い、良い思い出になると思います。
実家に帰られたら、おばあさん、おじいさんがいたら、お風呂でお背中を流してさしあげる
もしくは、銭湯に行って、近くの人の背中を流すのもどうでしょう(*^-^*)
FREE HUGのように、あらかじめお背中流し隊と何かに書いて持っていたら、
お声を掛けてもらえるでしょうか(笑)
私は、100歳(数えで101歳)で亡くなった祖母の背中をよく流していました。
祖母と一緒にお風呂にはいるのが好きだったんですよね。
とっても楽しかったです。てれくさくても、とっても幸せな思い出です。
とても喜ばれるかもしれませんよ。
もう30年以上も前の話ですけど思い出しました。うちには風呂があったので銭湯に行くのはごくごくマレでした。うちの風呂の調子が悪かったときくらい。
ただ小学校も高学年になると友達同士で夕方に銭湯に行くのが流行りました。子供だけでわいわいとはしゃぎながら風呂を楽しむのです。そういうとき、おなじく夕方の早い時間に風呂を楽しんでいるおじいさん、全然見知らぬ人でしたが、頼まれることがしょっちゅうでした。何を頼まれるか。「おい、わしの背中流してくれ」
子供にとっては見知らぬおじいさんの背中を流すのも遊びに一種になります。わらいながら流していたんですが、このおじいさん、もっと力を入れろと、注文が多いのです。ぼくらがむきになって力を入れても「もっともっと強くこすれ!」となかなか満足しません。ぼくらはもう何人かがかりでゴシゴシ行くんですが、おじいさんはそれでも満足しません。
最後にはもうなんだか意地の張り合いみたいになって我慢比べみたいな背中流しでした。
ぼくももう少し歳が行ったら見知らぬ子供と我慢比べ、してみたいなあ。もちろん、今度は背中を流してもらう方で。