酒粕のある冬」by id:Fuel


父が酒粕を買ってきます。酒粕を買ってくるのは常に父。お酒に銘柄の好みがあるように、酒粕の味も一つじゃないんですね。父は意外に酒粕の違いが分かる男なのです。これを使ってまずは甘酒。酒粕をすり鉢で当たってから作ると滑らかな口当たりです。


時間がある時は水で伸ばして一昼夜置きます。これがわが家のちょっと特別な流儀。酒粕にはたくさんの酵母が生きていますから、あら不思議、こうしておくとプクプクと発酵が再開されるんです。これを温めて砂糖を適宜。沸騰直前で火を止めると、わが家流スペシャル甘酒のできあがりです。おいしいですよ〜。


これを湯飲みに注ぎ、みんなですすります。東を向いて笑う初物とは違いますが、みんなの顔が笑顔になります。子供のころからこれが大好きでした。もちろん誰よりもうれしそうなのは、酒粕を買ってきた父。そんな父を見て目を細める母も幸せそうです。寒い冬にはこういう家族の温かさもうれしいですね。


次なるお楽しみは粕汁です。子供時代はそんなにおいしいと思った記憶はありませんでした。普通の食事の味噌汁の代用品といった感覚です。でも最近はこれが本当にうまいと思うのです。粕汁があると、夜道で冷え切った体もホカホカですね。


粕汁には鮭が欠かせませんが、それにも増して、里芋、大根、人参、ゴボウ、ネギといった野菜類も大切です。あ、みな土の下に出来る物ばかりですね。地上部に育つのはネギの青い所だけです。粕汁が体を温めてくれる秘密は、もしかすると土の中に出来る野菜ばかりという所にもあるのかもしれませんね。


白い粕汁の中の真っ赤な人参が何とも言えず色鮮やかです。クリームシチューの人参もそうですが、粕汁にはトロ味がないですから、お椀の中でいっそう鮮やかに映えています。


酒粕は焙って食べるという方法もあります。昔は石油ストーブで焙りました。焦げ目がつくまでじっくり弱火で焼いていくのがポイントです。アルコール分を全て飛ばしてしまうつもりで、できるだけ弱火で焙っていくのがお勧めですね。ちょっと楽しい冬の素朴なオヤツです。


これと似た発想で、パンに塗って焼くという楽しみ方もあります。おそらくこれは珍しい食べ方だと思います。酒粕に塩少々を加えて練った物をバケットなどに塗りつけてオーブントースターで焼くのですが、酒粕も発酵食品ですから、パンに良く合うんです。


最近うまいなぁと思いはじめているのが粕漬けです。わが家では同量の酒粕と味噌を合わせ、すり鉢ですり混ぜながら、トロッとした状態になるまで清酒を加えてすり伸ばして漬け床としています。これに何を漬けるのかというと、うちでは主にゴボウや人参。粕漬けは魚が主流だと思いますが、わが家は野菜なのです。


根菜類は漬ける前にサッと茹でて、粗熱を取ってから漬け込みます。あ、ゴボウも人参もあらかじめそのまま食べられる大きさに切ってから漬けますね。短冊とか輪切りとかにして。


何回か漬けて水っぽくなった漬け床は、料理の味付けなどに使い回されます。たとえば厚揚げを切って炒めて漬け床をまぶしてジュー、とか。これがうまいんですって。ほんとに。


こうして酒粕が無くなると、頃合いを見計らってまた父が酒粕を買ってきます。父が酒粕を買ってうれしそうに帰ってくるその年最初の日。それがわが家の冬の始まり…なのかもしれません。


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