「大切なお出かけには今でも切り火」by id:SweetJelly


うちは両親共に伝統芸能に携わっていますので、大切な仕事の前などには、今も切り火をやります。時代劇で「ちょいとおまいさん」「おぅ」「カチカチ」なんてやっているあれです。大切な舞台の前などはこれを欠かしません。


切り火は一種のお祓いの意味ですから、遠くに出張したりする時も、道中の無事を祈ってカチカチ。時代劇ではおかみさんが夫である親分さんなどにカチカチやるものと決まっていますが、わが家では女も大切な「行ってきます」の前には切り火をしてもらいます。私も、運動会の朝、受験の朝、などなど、切り火で送り出してもらいました。


わが家の火打ち石は「水戸火打」。水戸のご老公様も使っていたかもしれない、常陸産のメノウの原石です。そしてわが家に昔から伝わる火打ち金。火打ち石というと石どうしをぶつけ合わせる物と思っている人も多いと思いますが、それではただ石が欠けるだけで火花は出ません。石を鋼鉄製の火打ち金に打ち付ける…というより勢いよく擦りつけるようにすると火花が出るのです。この火打ち石と火打ち金を手に持って、清めたい人の右肩の後ろに立って2〜3回、火花を切りかけて清めます。


子供の頃、私も「いってらっしゃい」の切り火をやりたくて、やらせてやらせてと駄々をこねました。でもさすがに幼児に火打ち石を使わせても自分の手を叩いてしまうのが関の山。やっとやらせてもらえたのは小学校の入学を目前に控えた春の日のことでした。その日の父は初の海外遠征。子供の目にも出発前の緊張が分かりました。


玄関で行ってらっしゃいのお見送り。そしたら父が私に火打ち石と火打ち金を渡してくれて、「いいかい、ここをこう持って、こっちをこう、勢いよくね、できそう?」「は、はいっ!」。私に切り火の係を任せてくれたのです。


座った父の背中の後ろから、一所懸命やりました。ちゃんと火花が飛びました。もう一回。もっとよく火花が飛びました。大成功です。「ちゃんと火花出たよ」「そうか、ありがとう、じゃ行ってくる」。父は玄関を出て行きました。母は門の外まで見送り。私は緊張しすぎて腰が抜けて歩けませんでした(笑)。


父が帰ってくるまで、私は毎日神棚にお参りして、お仏壇にも手を合わせて、道中の無事と遠征の成功を祈りました。子供心にも、それが切り火を切った者の責任だと思ったのです。父が無事帰ってきた時の嬉しかったこと。切り火の効果は、こうして送り出した相手を思い続けるところにあるのかもしれませんね。


私も、色々な大切な門出を、この切り火で送り出してもらいました。先日も東北にボランティアで出かける時に、切り火を切ってもらいました。ただ縁起がいいということだけでなく、やはり送り出してくれた人の心がずっとそばにいてくれるという心強さが大きいなぁと、改めて実感しました。


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