「トラックの音」by id:offkey


夕方、閑静な住宅地にトラックの音が響きます。そして次にバックする音。
そうすると、母が居間でおもむろに
「父上がお帰りあそばした」
とつぶやきながら台所で仕事を始めます。
実家は自宅で建築業を営んでおりましたが、トラックの音は、朝現場に出かけた父が帰ってきたことを知らせる合図になっていたのです。


トラックが止まると、やがて父が家に入ってきます。
折からいろいろと準備をしていた母が
「先にご飯食べる?それとも風呂?」
と訊ね、父がその日によって夕食を選択したり風呂を選択します。
たまに風呂を立ててないときに
「今日は風呂あるか?」
と父が尋ねると
「今日は休み」
と母が答えて、父はそうすると風呂場で足を洗いにゆきます。
また、普段は父にどうするか聞いている母がときどき
「今日はご飯を先に食べて」
とか指定することもあります。
トラックが止まる音がしたのに、全然家に入ってこないときがあります。
そんなとき、家の中から外を見てみるとなにやら後片付けに追われて忙しそう。
母は食事の支度が出来てもまだ入ってこないときは
「ちょっと支度が早かったかねえ。さめてしまう」
と私たちにいうこともありました。
父の忙しさや母の思いやりを思うと、なんともいえない気分になるときです。
後片付けが終わってようやく家に入ってきた父を迎えて、母はほっと一息するのでした。


子供のころは、トラックがやってくる音がすると
「お父さん帰ってきたかな」
と母に尋ねてたりして帰宅を待っていた記憶があります。
トラックがそのまま家の前を通り過ぎてゆくと
「違ったみたいだね」
とちょっとがっかりして、また居間でテレビを見ながらなんとはなしに父の帰りをまっています。
特に話すこともないのですけど、父に限らず、出かけている家族の帰りを待つのはなんとなく楽しいことでもありました。


そんな父も仕事を引退していつも帰宅を告げてくれたトラックも手放しました。
手放す当日、トラックと一緒に写真を写していた父が印象的です。


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