「真夏の夜のお月見」by id:TinkerBell


小学生の夏休み。
ふと夜中に目を覚ますと、窓の外が驚くほど明るいのに気が付きました。
もう夜明けなの?でも空の色が違う…、今何時?
時計を見ると、深夜の0時を少し回ったところでした。


こわごわ窓を開けてみました。
照らす灯りなど無いはずの塀などが、地面にくっきりと影を落としています。
それは私には異様な光景に見えました。


すると突然、遠くの方で犬が「うぉぉ〜〜ん」。
私は恐ろしくなって、すごい勢いで窓を閉めました。
バシッ。それは小さな音だったのかもしれません。
でも深夜のイエに、それは響いたようでした。


すぐに父と母がやってきました。
「どうした?」
「何かあったの?」
私は涙目で、「外の様子が変なの」と言いました。
父と母は、不審者でもいるのかと思ったのでしょう。


慌てて窓の外を見下ろして様子をうかがっていました。


「怪しい人影は見当たらないようだが…」
「敷地の中?外?」
「…違うの、外が、外が明るすぎるの」
一呼吸置いて、二人は爆笑しました。
私は恐くて半べそなのに、ひ、ひどい…。


「それが普通なんだよ、だって今夜は満月」
「え…、でもお月様はあんなに明るくない、お月様じゃ影はできない!!」
「満月なら影だってできるさ、せっかくだからみんなでお月見をしよう、恐くないからベランダに出てみようよ」
「……」
私は父の服の裾を握って、恐々後を付いていきました。


ベランダに出ると、昼間の猛暑とは全く違う涼しい風がそよそよと吹いていました。
「ほら、月を見てごらん」
まん丸お月様が煌々と夜空を照らしていました。
「ほら、雲を見てごらん。月に照らされて、昼間みたいに白く見える」
「ほんとだー」
「しかも、月が真南に来る時間は月の形によって違うけど、満月はだいたいこんな時間なんだ。つまり今が一番、地上を明るく照らす時間だってことだね」
「へぇぇぇ」
「こんなに明るかったら、地上に影だってできるね」
「そうだったんだー」


今までにも満月は何度も見ていましたし、時には深夜の月を眺めたこともありました。
でも深夜の南中する満月はこれが初体験。
それまでは、まるで天変地異の前触れにでも出会ったような恐ろしさにとらわれていましたが、父のこんな説明で、やっと私の不安は消え去りました。


「きれいねー。魔法使いがやってきそう」
「お母さんは前にこれと同じような月を見て、ポンポコタヌキがやって来そうって言ってたぞ」
「やだー、あはははは!!」


母が、あらあら何の話?と笑いながらやってきました。
「はい、夜更かしさんにはハイビスカスのゼリーをあげましょう」
「うわーい」
冷たいプルンとしたゼリーを食べながら、私はずっときれいな月夜を眺めました。
父と母も一緒に眺めました。
こうして家族でベランダに並んでいるのも珍しいことではありませんでしたが、この夜はなぜか特別。
言葉を交わさなくてもお互いの考えが読み取れる気がしました。


「お母さん、今、何考えてた?」
「あなたと同じことよ」
「えー、私今、みんなで同じ夜が過ごせるって幸せだなって思ってたよ」
「うん、お母さんも」
「わは♪」
ちょっとくすぐったい、うれしい言葉。
心と心が通じ合う、すてきなお月様の魔法です。


また遠くで犬が「うぉぉ〜〜ん」と鳴きました。
でも、もう全然恐くない。
わんこの声も、みんなー、いい月夜だよーと知らせているように聞こえました。
そんな真夏の夜のすてきなお月見。


「ねぇ、明日の夜もこんなふうに月が明るい?」
「そうだね、一日くらいならそんなに変わらない」
「じゃぁ、明日も夜中に月見ていい?」
「ん〜、夏休みだし、夜更かしもいいか」
「やった!!」
私はお月様に『また明日』と心の中で挨拶をして、ベッドに戻りました。
でもやっぱり深夜は子供にとっては遅すぎる時間帯。
その夏、再び深夜のお月見をすることは一度もありませんでした。


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