「むいた皮でもう一品、母の作るきんぴら」by id:TinkerBell


病気で入院していた時、食べたくて仕方がなかった料理は、母が作るきんぴらでした。
母の作るきんぴらは、いわば野菜屑のリサイクル。
むいた根菜類の皮で作る、ついでの一品です。
けっして主菜になることはない、地味で目立たない料理なんです。
でも、一度食べたいと思ったら、もうその気持ちは抑えられません。


私の病気はちょっとややこしいもので、入院は長く続きました。
お母さんのきんぴらが食べたいよぅ、ジャガイモの皮で作るのがいいな。
言ったら笑われそうなので口にはしませんでしたが、ずっとそんなことばかり考えて過ごしていました。


のきんぴらには、素材に対する愛があります。
皮をむく時は思い切って厚くむく。それが素材のおいしさを生かすコツ。
厚くむけば、皮も屑じゃない立派な素材。それでおいしいもう一品。
もったいながって中途半端に薄くむけば、どちらの良さも生かし切れません。
その当時、私は料理なんかまったくしない人で、満足に包丁も握ったことがありませんでした。
ですから、こういうことは後になって気付いたことなのですが、でもそういう素材に対する愛の心が料理に染みわたっていて、それが家を離れて入院生活を送っていた私の心に響いて来たんだろうなぁと、今考えるとそう思えてきます。


もちろん野菜によって、むいた皮の利用法は様々ですが、ごぼうやにんじんはもちろん、蓮根やウド、大根の皮などはきんぴら向き。
素材に合わせた味付けによって、きんぴらの一言ではくくれない、多彩なメニューが生み出されていきます。
ついでの一品にも手を抜かないのが、うちの母の料理だったんですね。


ウドのきんぴらもおいしかったな。
ウドの酢味噌はちょっと苦手だったけど、きんぴらはとってもおいしかった。
皮だけ売ってないのかな。
なんておばかなことを考えながら、心が弱くなりがちな入院生活を過ごしました。
退院したらやりたいことはたくさんあったけど、いつ退院できるか出口がわからない状態では、すぐに心が折れてしまいます。
でも、きんぴら食べたいくらいの希望なら、しっかり持ち続けていられます。
家に帰れたら、きんぴらでごはん。そんなささやかな希望が、私を支えてくれました。


やっと退院の見通しが出た時、回診の先生が、「よかったね、家に帰ったらまず何がしたい?」と聞いてくれました。
もちろん私は「お母さんのきんぴらが食べたい!」。
思いっきり笑われました。
でも、長期入院の患者にとって、家の味、母の味がどんなに恋しいものか。
先生もそれをわかってくれたみたいで、にっこりとして、うんうんとうなずいてくれました。


今は私もキッチンに立ってお料理します。
それをとっても楽しんでいます。
料理の楽しみは、おいしい物を作る楽しみだけではありません。
色んな工夫。
特に、素材の声を聞きながら、隅々まであますところなく使い切っていく工夫。
そういうのがまた楽しいんですよね。
母が作ってくれる「もう一品のきんぴら」は、その最高のお手本です。


母「何作ってるの?」
私「寒い夜にうれしいブリ大根、煮込んでどんどんおいしくなるように、たっぷり作るよー」
母「じゃ、大根の皮は」
二人で「きんぴらー!」


今夜も楽しい夕食が待っています。


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