龍笛の製作と、ジャパニーズ・ルネサンス・フルート製作の夢」
by id:TomCat


ルネサンス・フルートというのがあります。その名の通り、ルネサンス時代のヨーロッパで使われていた横笛です。現代の金属製で正確な半音階も出せるキー付きのフルートは19世紀になって登場した比較的新しい楽器で、当時のフルートは素朴な木管。歌口(吹く所の穴)とトーンホール(指で押さえる穴)が開いただけの、日本のお祭りでピーヒャララと吹いている笛と同じような構造でした。


もっともヨーロッパでは、笛(フルート)と言えば縦笛という時代が長く続いていました。ギリシャ神話の牧神パンが吹いていたのも縦笛ですし、バロックの時代にあっても、単にフルートと言えば、今で言うリコーダーのことでした。横笛もあるにはありましたが、それを指して言う時には、わざわざ「トラヴェルソ」(『横の』という意味の形容詞)を付けて「フラウト・トラヴェルソ」などと呼ばなければ通じなかったと言われています。ルネサンス期に至ってもまだ横笛としてのフルートは特殊な楽器で、ごく一部の旅芸人や軍楽隊などが吹いていただけでした。


これに対して、東洋では早くから横笛が発達していました。ルネサンス時代より遥か昔の平安の時代から横笛は雅楽の花形でしたし、牛若丸も京の五条の橋の上で横笛を吹いていたりしますよね。
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もちろん義経の橋の上の笛吹きが史実だったのかどうかは定かではありませんが、義経にはいくつもの笛にまつわる逸話が残されています。「義経記」の中には彼が笛を吹く場面が6回も出てきますし、普賢院の青龍、誓願寺の薄墨、久能寺の薄墨の笛、須須神社の蝉折の笛など、義経が奉納したとされている笛が今も伝わっているのです。


さらに民間伝承の中にも、義経の笛にまつわるエピソードが出てきます。たとえば奥州藤原氏のもとへ向かっている最中に、同行していた恋人が産気づき、男の子が産まれます。しかし、この旅は命がけの先を急ぐ旅。そこで泣く泣く義経はこの母と子を残して行くのですが、別れ際に義経は、源氏の血筋の証しとして、守り刀や香炉、家紋入りの布などと共に、愛用の笛を手渡すのです。この時産まれた子が後に越中高窪の豪族、大笹家の祖となった、というお話です。こんなことからも、義経の笛の名手ぶりがうかがわれますね。


おっと、話が逸れました。とにかくそんなわけで、横笛の元祖は東洋なんです。その起源は古く、紀元前後のインドには既に横笛があったと言われています。これが中国を通って日本に、そしてずっと遅れてシルクロードを通ってヨーロッパにもたらされて行ったわけですね。


その後、日本で独自に発達を遂げた楽器が、いわゆる篠笛です。篠笛の歴史は、宮中における雅楽の中で発達してきた物と、民謡やお囃子、長唄など庶民の音楽の中で発達してきた物の二通りに分けることが出来ますが、基本的な構造はみんな同じ。大きな違いは、基本となる音程の高低と、奏でる音楽の音階に合わせて開けられた指穴の数や間隔くらいのものです。


さて、やたら前置きが長くなってしまいましたが、音楽好き、楽器好き、手作り好き、そして温故知新がモットーの私としては、この篠笛を作ってみない手はありません。


最初に作った笛の素材はポリエチレンテレフタレート、いわゆるPETのプラスチック管でした。へぇぇぇ、PETで出来てるパイプがあるんだ、これなら口を付けても安心だし、燃やしても塩素を出さないし・・・・。こりゃもう、笛を作るっきゃないでしょ、というわけで試作してみたのが私の手作り笛の初号機。お手本としたのは、雅楽で使われる「龍笛(りゅうてき)」でした。


これがいい音で鳴るんです。龍笛は他の横笛に比べて倍音成分が多く、笛同士のアンサンブルには向きませんが、独奏すると、とても神秘的な音色を奏でてくれるんです。かの吉田兼好も心酔したと言われる龍笛。もちろん義経の笛も、この龍笛です。


数本失敗作も作ってしまいましたが、最終的に完成した物は、ほんと、いい音がしました。雅楽では、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛の三つの楽器を三管とと呼び、この三管が天・空・地を表すとされています。天の光の音を奏でる笙と、地の声の音を奏でる篳篥の間をつなぐのが龍笛。あたかも天地を自在に飛び交う龍のごとく、音の世界を自在に駆け抜けていきます。これが雅楽オーケストレーション。ね、龍笛って素敵でしょう。


私はドキドキしながら、夕暮れの橋の上でこのPET龍笛を吹きました。曲は耳コピで覚えた越天楽。まだ拙い音でしたが、それでも真夏の夕暮れの川風に幽玄な音色が響き渡りました。音量の小さな楽器ですが、通り過ぎるダンプの音さえも掻き消すかのように思われました。


そんなナンチャッテ龍笛で楽しんでいた私でしたが、最近グリーンツーリズムとして訪れたある村の民家で、素晴らしい物に出会ったんです。煤竹です。今はもう囲炉裏も少なくなり、ほとんど手に入ることはないと思われていた年代物の煤竹。それが民家の物置として使われていた部屋に、無造作に積まれていたんです。取り壊された家の形見として保存しているとのことで、見ると虫食いの物もありましたが、数本、素晴らしい物がありました。


これ一本譲って頂けませんかと言うと、いっぱいあるから好きなのを持って行きなとのお言葉。さすがに今は一本何十万円の値も付くことがある貴重品ですから、本当にお譲り頂けるならよくお考え頂いて相応の値段を付けてくださいとお話して、来年また来ますからその時に是非とお願いしてきました。


もしかしたら将来、夢の農園計画で住むことになるかもしれない村。こんな貴重品をタダで頂いてしまうわけにはいきません。でも、譲って頂くお約束だけは取り付けてきました。もうすぐ、本物の手作り龍笛が作れるかもしれません。


そしてもう一本、日本の笛と洋楽器としてのフルートは奏でる音階が違うので、トーンホールの間隔や穴の数が違いますが、これを冒頭で述べたルネサンス・フルートと同じにして、「ジャパニーズ・バンブー・ルネサンス・フルート」を作ってみたいのです。ルネサンス・フルートは今のフルートと違って音域が狭いですから、全てのフルート曲がそれで吹けるわけではありませんが、日本の煤竹で作った笛で西洋のフルート曲を吹いたら、どんな音がするでしょう。考えただけでもワクワクしてしまいます。


横笛の自作、そして演奏。なんだかものすごく特殊なことのように感じられるかもしれませんが、横笛は吹き方一つで自由に音の表情が変えられるとても自由な楽器ですから、音さえ出すことが出来るようになれば、縦笛よりもずっと簡単に、豊かな表現で奏でていくことが出来るんです。縦笛では人を感動させるような演奏は至難の業ですが、篠笛ならビギナーでもかなりの演奏が可能です。また笛作りも相手が竹ですから、工作その物はそんなに難しいものではありません。なんて書いてしまうと、その道一筋に精進している方に叱られてしまいそうですが、アマチュアレベルで楽しむなら、極端に敷居の高い世界ではないと言うことです。


もちろん吹き方も作り方も極めようと思ったら果てしのない世界だと思います。歌口一つ満足に作るにも、大変な修行がいるでしょう。ほんの些細なことで大きく音色が変わってしまう。それが笛作りという物です。でも、自分オリジナルの音色を追求していくなら、基本さえ押さえておけば、あとは自由にトライアンドエラーでOKだと思います。


篠笛の作り方については、次のサイトが大変詳しく解説してくれています。興味のある方は、ぜひチャレンジしてみてください。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/imaginenosekai/sinobueno-tukurika...
手作りの横笛で祭り囃子をやってみたり、歩道橋の上で吹いて牛若丸ごっこをしてみたり。いい竹が手に入らなければ、とりあえずは水道管で実験してみることも可能です。きっと楽しいと思います。


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