イエ・ルポ 2

「子供時代と別れを告げた夏の日の十秒間」by id:Catnip


君は最初、友達の妹として私の前に登場しましたね。ちっちゃくて、お兄さんのことが大好きで、いつもちょこちょこついて回っていました。
そんな君が泥んこのきったない姿で現れたのは、雨の日でしたね。すぶ濡れで、膝っ小僧を擦り剥いて、泣きながら歩いているのを私が発見したのでした。お兄さんはと聞くと一人だというので、私の家に連れていって膝っ小僧を洗って絆創膏を貼ったのでしたね。洗おうとして膝に水をかけると痛がってひどく泣くので、私は悪いことをしているような気持ちになって困ってしまいましたよ。
でもそんなことがきっかけで、君はとても私のことを慕ってくれるようになりましたね。まだ小さかった君は、それまではいつもお兄さんの膝の上に乗って抱かれていましたが、いつのまにか私の膝によじ上ってくるようになっていました。兄弟がいない私は妹が出来たようで、そんな君をとても可愛く思っていました。
でも君が二年生の夏だったでしょうか。私は突然君を膝に乗せることを拒否してしまいましたね。君は、どうしてどうしてと泣きじゃくっていました。私にもどうしてか分かりませんでした。今なら分かります。急に君に「女の子」を感じてしまったんだと思います。もう君は幼児じゃない。僕もまだ子供だけれど少し大人になりかけている。いつまでも子供のままではいられない。そんな気持ちが芽生え始めていたんだと思います。
それでも君は私のことを慕って、いつもそばにいてくれましたね。本当のお兄さんのことは「お兄ちゃん」、私のことは名前を一文字入れて「○兄ちゃん」。君は交互に「お兄ちゃん」「○兄ちゃん」と呼びながら、いつも私たちの後を付いてきてくれました。
あれは君が三年生になっていた時の夏休み。三人で遊んでいると、「お兄ちゃん」の方は別の友達に呼ばれて行ってしまい、夕暮れの公園で、私たちは二人きりになってしまいましたね。帰ろうか、送ってくよと手を引くと、君は無言で私の腕を引っ張ってベンチに座らせました。そして私の目の前に立ち塞がって、立てないように両手で肩をぎゅっと押さえつけましたね。びっくりして君の顔を見上げると、小さく小声で、最後に一回だけ抱っこ、と唇が動きました。私は戸惑いました。何か悪いことをする前のように、あたりがとても気になりました。でも拒否したら君が遠くに行ってしまいそうな気がして、うんと頷くしかありませんでした。
君は私の脚の上に乗って、私の体をぎゅっと抱きしめましたね。去年とは比べ物にならない重さが足に感じられて、もう君はこんな風に触れてはいけない年頃の女の子なんだという実感を与えました。君もほんの十秒ほど私の体を抱きしめたあと、すぐに降りて、ごめん、もうしない、と言ってくれましたね。影になって顔がよく見えませんでしたが、きっと君は泣いていたんだと思います。
お互い「子供」と決別した十秒間。それは今も忘れられない思い出です。君を膝に乗せることが出来なくなった時、私は君に、自分では気付かなかった恋心を抱いていたのかもしれません。