「児童会のくまぞう先生」by id:Fuel


お調子者の私は、最上級生の6年生の時、なんとクラス委員になってしまいました。クラス委員というと聞こえがいいですが、小学校では万年日直のようなクラスの雑用係です。しかし、小学校最後の一年を思い出深い一年にしたいやつは立候補しろと言われたので、調子に乗って勢いよく手を上げてしまったのでした。ハッと気が付くと手を上げているのは私一人だけ。6年生にもなると塾や習い事で忙しいやつらが多いので、みんなこういうことには消極的でした。そのまま自動的に無投票当選です。
続いて代表委員会が開かれました。4年生以上の各クラスのクラス委員が全員集まる会議です。その席上で児童会の役員選出が行われました。会長候補は6年生の中から一人、副会長と書記候補は5年生と6年生の中から2人ずつ選ばれます。各学年3クラスずつなので、5年と6年の委員は83%以上の確率でどれかの役を務めなければなりませんが、誰も立候補者がいません。
そこで、顧問の「くまぞう」とあだ名される、ちょっと恐そうな先生が立ち上がって言いました。
いいか、クラスでやるクラス会や、この代表委員会などは、みんな勉強の一環なんだ、この国の制度の原則である民主主義というものを学ぶ場所なんだ、では諸君らに聞く、民主主義とは何か、わかる者手を上げろ。
一人がおずおずと手を上げて「多数決?」と自信なさげに答えました。くまぞう先生は、ほかに意見は無いか?とさらに問いかけました。多数決が民主主義なら、他に意見がなければこの答えに決まるということになる、それでいいか?とさらに問いかけました。みんな、何も答えません。意見がないのではなく、わからないから答えられないのです。
そこで私は手を上げました。そして、今はみんなよくわからないから答えられない状態です、こういう時に多数決をしても、それが正しい答えにはならないと思いますと答えました。
くまぞう先生は、手をパンと叩いて、そうだ、そこだよ、民主主義の最終的な決定はたしかに多数決だ、それは間違いではない、でもそれはみんながしっかりとした意見を持つようになってから行われてこそ意義があるんだ、全員が自分なりの意見を持てるようになるためには、話し合うことだ、話し合って話し合って、少数の意見も大切にしながらとことん話し合っていくことが、この国の民主主義の一番の基本なんだよ、と言われました。そしてまたパーンと大きく手を打って、役員の選出、みんなまだ誰がどういう人物かわからないから選べないんだろ、話し合え、とことん話し合って決めてくれ、と言いました。
そこからの会議は、みんな目がキラキラしていました。なんだかすごく大切なことを教えてもらった気がして、みんな感動していたんだと思います。私も会議が進む中で、話し合うことのすばらしさ、心が通い合うことのすばらしさを実感しました。そして、学校の全員がこんなふうに話し合い、理解し合っていけたらどんなにいい学校になるかと思いました。
下校の時刻がせまり、くまぞう先生が、そろそろ話をまとめよう、誰か結果を報告してくれ、と言われました。私はみんなにつつかれたので立ち上がって、「役員はまだ決められません、しかし児童会の方針は決まったと思います、話し合いを大切にする、言葉と心の通いあう学校作りです」と答えました。みんなから拍手をもらって、それが承認されました。
くまぞう先生は、よし、今年度、児童会は役員未決定のままスタートする、5年生6年生全員を児童会執行部に登録し、活動していく中でそれぞれに適した役目を決めていけばそれでいい、今日は役員を決めることより大切なことが決められたと思う、それでいいかと言われました。みんな拍手をしました。最初はどんよりとした目でやる気の無さそうだったみんなが、今はいきいきと輝いていました。違うクラスのみんなが夕暮れの校庭を、肩を並べて帰りました。振り返って校舎を見ると、職員室の窓からくまぞう先生が手を振ってくれていました。
こうして私たちは小学校最後の一年を、本当に楽しく、いきいきと過ごしていくことができました。修学旅行、運動会、学芸会、そして卒業式と、児童会執行部はみんなで心を一つにしながら活動していきました。それは本当に思い出に残る、貴重な一年間でした。
くまぞう先生が教えてくれた少数の意見も大切にしながら話し合っていくことの大切さは、今も私の心にしっかりと刻まれています。


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