イエコト・ミシュラン #063
みなさまこんにちは、hazamaです。今日はちょっぴり残念なニュースから。この〈イエはてな〉の兄貴分サイトであった〈イエラボ〉が、9月いっぱいで終了することになりました。う〜ん、他にないユニークなサイトであっただけにさびしい! パーソナリティーの小山薫堂さんが大活躍でお忙しくなられたのかも?! 〈イエはてな〉もはじめは〈イエラボはてな分家〉としてスタートしたのですよね。ですから連動コンテンツがあったり、〈イエはてな〉のコンテンツも掲載されていました。10月1日からサイトを見ることができなくなるので、われらが〈イエラボ〉を惜しみつつ、みなさまも見おさめを。でも、これにしょげることなく、もうすぐ4周年の〈イエはてな〉は元気にまいりましょ〜っ!
わが家で素敵なスタディタイム・コンテスト
「わが家で素敵なスタディタイム・コンテスト」
さてさて、今日は“イエコト・ミシュラン”#063の語らいのスタートです。今回のお題は、「わが家で素敵なスタディタイム・コンテスト」。先だっては、別テーマの#061で奇しくも「イエに寺子屋」や、「がらんとした和室」で手習いや趣味、といった学びの空間作りのご提案をいただきましたよね。そこでも、家族や友人同士が集まっての豊かな学び時間が語られたのですが、今回はより気軽に自由にわが家で過ごす「スタディタイム」を考えて下さいませ。読書でもクッキングでも、ホビーやモノ作りでも、イエだからこそ気楽に、思わず休日に楽しんでみたくなるスタディプランを。家族のコミュニケーションはもとより、友人との楽しい集いに学びをプラスアルファなんていうアイデアも素敵ですね。もちろん、こんな工夫でイエがたちまちスタディスペースに!というアイデアも大歓迎です! 今回も〈イエはてな〉ならではの豊かな時間が生まれることを楽しみに、みなさまからのメッセージをお待ちしています!
“アイデア・タイトル”
「わが家で一夜たっぷり盛り上がった〈洋楽講座〉!」
by hazama
“メッセージ”
これは先日いただいたメッセージの「各自の得意分野を友人同士でレクチャーし合う」というイエ・スタディタイムをヒントに、この前の連休、うちで実施したものです! あまりに充実して楽しかったので、ちょっとレポートさせてください。
バンドもしていたくらい音楽好きの私ですが、邦楽にかたよっていて、本当に洋楽を知らないのが面白くなくて、古今東西の音楽を幅広く聞いている友人に頼んだのです。名づけて「K子の洋楽講座・第1回」。お泊りで遊びに来るというので、近くの友人も呼んで食事後にワインとともにスタート。基本はロックです。彼女はここぞとばかりにロック黎明期から近年までの代表的なアーティストのアルバムを順番にファイルしてきてくれました。私が気に入るアーティストを探したい、という要望に、彼女は「その歴史と流れを知った方がいい」と、素晴らしい講座を展開してくれました。機材はうちのコンパクトCDプレーヤーひとつです。
まずはロックの源流、アメリカ南部デルタ地帯を発祥とする黒人ロック魂から、フォーク・カントリー・ポップ〜ロックへの流れ。フォークからロックを代表する「ボブ・ディラン」、ロックはここからはじまったといわれる「ザ・フー」などの黎明期。ベトナム戦争を経て新たな精神がロックに吹きこまれ、1969年の歴史的な大野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」を経て、多様に分岐していくジャンル。インディーズ、パンク、サイケデリック、グラム、アンビエント、エレクトロニカ、プログレ、ネオアコ、オルタナ……。ジャーマン・ロック、マンチェスター・シーン、インダストリアル・ノイズ、ダーク・ロック、シューゲイザーといった、英米各地のムーヴメントも含めて、精神性と音楽性を音源とともにレクチャーしてくれました。
かけ足でひと通り聴き終えたのが深夜3時くらい(笑)。そこから今度はノートパソコンをテーブルに上げて気になったアーティストを「YouTube」で観はじめると、たちまち夜明けに。これはまったくお手本にはならない、とんでもないスタディタイムではありますが、こんなに夢中になって音楽を楽しんだのも、ノートをとったのも久し振りでした! 早くも第2回計画もあり、今回私が反応した(!)アーティストを中心に掘り下げたいジャンルを私なりにスタディして伝え、そこから次のレクチャープランを考えてくれることになりました。ちなみに私が一番響いたのは「イギー・ポップ」と「DNA」……やはりパンクなのか?!
興奮の一夜が明けて、翌日のお昼は、私からちゃんとお返しの「着物講座」しました。実に、ロックと着物という妙な取り合わせのイエ・スタディタイムになりましたが、お互いに新鮮この上ない濃密な集いに。講師とテーマと時間を決めてスタディって、かなり楽しい! 子どもたちと一緒というのももちろんですが、こんな大人のスタディタイムがしばらくマイブームになりそうですw 本当にじっくり楽しむなら、時にはこんな一泊プランもありです(笑)。みなさまは自分が講師を務めるなら、あるいはレクチャーしてもらうなら、どんな講座が魅力的ですか?
※今回の「いわし」ご投稿は10月4日(月)正午で終了とさせて頂きます。
※今回のミシュラン評価(ピックアップ賞)は10月5日(火)に「イエはてな」にて発表いたします。
※〈イエはてな〉では、いわしへ投稿されたコメントと画像をダイアリーに転記しています。できましたら「投稿画像のwidth属性」を450px以内に指定していただけますようご協力をお願いいたします。
いわしの回答(転記)
10月は乳がん撲滅月間です。
乳がんの撲滅を訴えるピンクリボンはご存知の方も多いと思います。
乳がんの早期発見、早期診断、早期治療の大切さを呼びかける世界共通のマークです。
1日には、イメージカラーのピンク色に名古屋城がライトアップされました。
TomCat1pt
これは大切ですよね。別のツリーに、ペットの健康を守るために科学的視点に基づいた勉強をしてみよう、みたいな提案がありましたが、それは当然、自分自身の体についても同じですよね。
病理発生のそもそもを知り、それに基づいて自分の体を客観的にチェックできる知識の習得。そして自分の体を責任を持って管理していこうという姿勢。これは本当に大切なことだと思います。
セルフチェックは、その大切な学びの場。自分の体を教材にして、健康を守るためのスキルを身につけていく、またとない臨床実習です。
病気が見つかったら嫌だなあ、できればそういうことからは目を背けていたいなあではなく、興味深い科学に触れるとても楽しい時間なんだ、という位置付けでやっていけば、みんなで自分の体を守っていけますよね。
健康こそが家族の幸せ。みんなで体について学び合い、セルフチェックやってる?と声が掛け合えるイエが増えたらいいですね!!
ダイニングにある大きなテーブル。
そこでの食事が終わったら一旦皆でテーブルの上を片付けて、汚れたところは綺麗に拭きます。
片付けが終わると子どもはオモチャや絵本を持ち寄り、夫は新聞を読んだりクロスワードパズルを解いたり、
私は裁縫にアイロンをかけたり、本を読んだりテレビを見たりとそれぞれ違う目的で、また集まります。
そして、お互い別々のことをしながらも、お互いのことを気にかけていて誰かが話せば、皆が反応します。
このダイニングテーブルは、家族のコミュニケーションのための大切な場所なのです。
子どもは、ある程度言葉を話すようになると「〜って何?」と聞くようになります。
一歳半〜二歳の頃は、相手をして欲しくて聞いている感じで、本当に説明を求めているわけではない様子なので、
丁寧に対応をすることを大切にしてきました。
答えてもらった子どもたちも、内容などすぐに忘れてしまったようで何度も同じ事を聞いたりします。
ところが四歳にもなると、知的好奇心が旺盛になるようで今度は言葉の意味を本当に知りたくて聞いてきます。
こちらの回答に納得がいかないと「じゃあ、それは何?」とさらに切り返したり、他の子にも親が説明した内容通りに説明したりするのです。
こうなると、子どもがきちんと理解できるように、意味を教えてあげなくてはいけません。
そのため、私達はパラフレーズ(paraphrase)を始めました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%A...
パラフレーズとは「言い換える原文を説明する」とか「別のやさしい言葉に置き換えること」という意味です。
誰でも小さい頃は、両親や保育園の先生にパラフレーズしてもらっていたことでしょう。
今度は、私達が子ども達にする番です。
子どもに分かるように説明するのは、とても楽しい作業です。
本人が知りたいところまで満足に説明をしてあげたい。
でも難しすぎてはポカーンとした表情をされる…これは大人にとっても良い頭のトレーニングなのです。
「ジャングルって何?」→色んな種類の木がいっぱい生えていて、でも人が植えたわけではなく自然に生えた場所のことよ。
「へ〜」
「宇宙って何?」→お月様や星があるところ。でも地球も宇宙の中に浮かんでいるんだよ。「???」
しまった、最後の説明は難しかったか。
「去年って何?」→冬になると新しい年になるの、新しい年になる前のことを去年っていうの・・・うっ苦しいかな?
「カミナリって何?」→空から電気が降ってくるのよ
「電気って何?」→エネルギ・・・目には見えない力のかたまりなの。
「カミナリはピカって光るよ」→力がいっぱい溜まりすぎて降ってくる時には少しだけ見えるの。
「めんど臭いって何が臭いの?」→それは臭いじゃなくて、大変だから嫌だなぁって思うことなの。でもみんなそう言っているから使っていたけど、なんでそう言うのかしらね?(答えになってないや)
夫もがんばっています。
「今何時?」→三時だよ。「なんで?」おやつを食べる時間だからだよ。^^;あわてておやつを出していました。
「気持ちって何?」→笑ったり、泣いたり、怒ったり、大好きって感じること全部がそうなんだよ。
「一の次は何で二なの?」→昔の人が話あってそう決めたの、みんなが一の次は二ってことにしないと数える時に困るよね。
夫うまい!
パラフレーズをやっていて、「言葉が話せる」ことと、
「他の人に説明できる、他の人の説明を理解できる」ことは別なんだと再認識させられました^^;
子ども達の疑問質問に、親としてもう〜む?と、すぐには説明できない事も多々あります。
しかし、聞いた事が親にもすぐ解らないのは意外にも子どもにとってはうれしいようです。
一緒に辞書や、インターネットで調べて、わかった!までの時間を過ごすのは楽しい時間です。
小さい子は、新しい単語を一年間で約3千語も覚えるという話を聞いたことがあります。
驚くべき数字ですが、親として子どもの成長を見ていると、そうかもしれないと思います。
子どもの学習力にはスゴイものがあります、語彙は右肩上がりのペースで増え続けてゆきます。
とにかく早い子どもの成長。少しの間に、心も体もどんどん変化していきます。
大切なのは、子どもが本来もっている知的好奇心を上手に刺激することで、親も一緒に楽しく学ぶということです。
これが家庭の大切な役割ではないかと思います。
あまり難しく考えず、家族の楽しいコミュニケーションの中で子どもの知的好奇心を刺激し学ぶ楽しさを身につけること、
それが子どもの学ぶ意欲を育てることになると思うのです。
ようやく暑い夏が終わり、保育園での運動会の練習に子ども達は目を輝かせています。
実りの秋、子ども達に大きな収穫がもたらされるように親子で楽しく学ぶ時間を作っていけたらいいと思います。
家庭でのコミュニケーションの中で、お互いに成長していきたいです。
パラフレーズは、詩や小説を書く時にも欠かせない技法になってきます。なんかここ、つまんないな、意味を変えずに別の表現は出来ないのかな。そんな考察から、今まで見えてこなかった新しい作品の方向性が見えてくる、なんていうことも多々あります。
ところが、現代の言葉の使い方は、この逆なんですよね。本来ならある対象に対してのパラフレーズとして列挙されるような多彩な言葉を、たった一つの記号のような単語に詰め込んでしまう。そしてその単語を乱発している間に、いつのまにか本来の意味が薄れて、単語だけが一人歩きしていってしまう。
カタカナ語なんて、その典型ですよね。イノベーションだのスキームだの、ちゃんとコンセプト分かって使ってる?って感じで(笑)
文学の世界では、一つの言葉を最低三つの表現に置き換る練習をしろ、なんて言われますが、何にでも「なぜ?」と好奇心を持って訊ねてくる子供は、その絶好の勉強相手なのかもしれません。
父がぽつりとこぼしました。英語が出来ないと困るな、と。今や英語はビジネス世界の標準語。しかし、父は全くしゃべれないというのです。実際には、簡単な読み書きくらいなら出来ます。でも、会話となると恥ずかしさが先に立って言葉が口から出てこない。これは私も同じです。そこで母から提案。ちょっとイエの中で英語でおしゃべりしてみましょうかと。
私も父も、えー、できないよ〜と猛反対しましたが、母は「今から覚悟決めておいて、お夕食の時間はいただきますからご馳走様まで全部英語ね」。ひえ〜。
いよいよ夕食です。
「ごはんよ〜、はい、座って座って」
"Here you go."のかけ声とともに夕食がテーブルに運ばれてきます。
「さ、さんきゅ〜」
ここからが困りました。英語で「いただきます」って何と言えばいいのでしょう。私は父に小声で「何て言って食べ始めればいいんだ?」。父は「俺に聞くな」。このやりとりは全て日本語ですw。そこで母から助け船。何か作った人を喜ばせることを言ってから食べ始めればいいのよと。
「え、えーっと…、お、Oh, this is my favorite!」。母はニコッと笑って「Enjoy!」。しかしここからしばらくは、寡黙な食事が続きました。言葉が出てきません。父はバツが悪そうに黙々と食べているので、すぐにお茶碗が空になりました。
母「Do you want some more?」
父「え、えと、うーんと…」
母「Have some more!」
父「い、いえす、ぷ、ぷり〜ず」
半ば強引なおかわりです。
あ、母がちょっと意地悪を始めました。醤油さしを父の手の届きにくい所に置いたのです。父は醤油を使いたそうです。さぁ、どうするお父さん。
「…め、May、あい… I trouble you for the soy sauce?」
母はクククッと笑いながら「Here you go.」
やっと食べ終わるころには、少し父も乗ってきました。
「Oh, I'm so full! Everything was nice.…ほんとはI'm tired」
「クククククッ」
「はい、お疲れ様でした。日本語に戻っていいよ〜」
父は急にホッとした顔をして、「May I have beer, please?」。「はいはい、一本付けますよ」と母は席を立ちました。さすがにこの後の「May I have "another" beer, please」は却下されていたようですが(笑)。
ほとんどまともな会話になりませんでしたが、「面白かった」というのが共通した意見でした。カタコトでもいい、家庭内なんだから恥ずかしがらずに、もっと身振り手振りで意思を伝え合うようなことをしてもよかった、またいつかやってみようよ、と話し合っています。こんな、短時間だけ英語を家庭内公用語にしてみるスタディタイム、皆さんのご家庭でもいかがでしょうか。楽しいですよ。
英語だけで過ごす夕食の風景。お父様には申し訳ありませんが、思わず笑ってしまいました。お母様、すごいなあ。Do you want some more? の問いにまごまごしていると、次はピシャリと Have some more! ひゃはははは、まるでファミリードラマの一コマのようです。よく、英会話の中で自然に笑えるようになったらその話力は本物だ、なんて言いますが、お母様は英語で人を笑わせてしまうツッコミ力をお持ちのようですねw
英語タイムが終わった後のやり取りも楽しいですね。お父様はノリノリで英語でビールくれない? お母様はそれにはいはいと日本語で応対。こんな、英語と日本語チャンポンのやり取りも、気軽に英会話を楽しんでいく、効果的な方法かもしれません。
実は私も、英会話がすごく苦手なんです。ほんと、恥ずかしさが先に立って、言葉が口から出てこないんですよね。どんな姿をさらしても恥ずかしくない、家族という特別な存在。これは英会話の度胸習得の、またとないパートナーかもしれません。
とにかくお茶の間コントみたいな英会話タイム、読んでいるこっちまで楽しませてもらいました。これは明るいイエ作りのスペシャルイベントにもなりそうですね(^-^)
世のお母様方は、こと子供の健康に関しては、かなりの専門知識をお持ちだと思うんです。医学などとは縁もゆかりも無い人でも、子供がかかりやすい病気などのことについては、かなり専門的な知識をお持ちの方が少なくないように見受けられます。やっぱり勉強してるんですね。
大切な家族の一員であるペットに対しても同じように勉強していけるといいですね。そこで家族や親しい人たちと一緒に学ぶ、ペットケア勉強会を提案してみたいと思います。目的は、動物の健康に責任の持てる飼い主になること。具体的には、
1.人間と違う動物特有の生態や生理を知り、それに合わせた的確な環境作りや飼育が出来るようになること
2.動物のかかりやすい病気について知識を持ち、きちんと予防できる飼い主になること
3.万が一の病気の時、それを見過ごしたり甘く見ていたために、気が付いたら取り返しの付かないことになっていたなどという後悔をしない飼い主になること
などを目指します。
実際にやってみるとどんな感じになるのか、わが家で実験してみました。参加者は、私と父母、そしてこの春から大学一年生になった親戚の女の子の4人です。
講師役は、本にやってもらうことにしました。私たちは専門家ではありませんから、専門家の書いた本をテキストにしていくに限ります。それを読み合わせながら、分からないことをネットで調べていく。そんな勉強の進め方でやってみようということになりました。
獣医師がなぜ診察によって病気が発見できるかというと、それは様々な病気の成り立ちを学んで知っているからですよね。表面的な症状で見ているのではなく、病気が何故起こるのかという成り立ちの知識で診ていくから、まだ症状が顕在化していないような病気も発見できるんです。
また、病気の成り立ちを知ることで、病気を防いでいく方法、予防法も知ることが出来ます。
長く動物を飼っていると、何となく経験の積み重ねで動物の体調が分かるようになってきますが、そうでない人が早く動物の健康に責任が持てる飼い主になろうとするなら、
- その動物がかかりやすい病気の種類を知ること
- それらの病気の病理発生を学んで、科学的視点から病気を理解して、それに基づいた観察眼を養っていくこと
- 病理発生の知識から導き出される予防策を具体化していくこと
この3ステップが欠かせないと思うんです。
ご紹介されていた本の著者、石田先生は、猫の感染症研究の権威で、多くの獣医学生や獣医師が、この先生の著書で学んでいます。ですからご紹介されていた「ねこのお医者さん」も、これ、私も読みましたが、そうした学術書を一般向けにやさしく噛み砕いて教えてくれる本という感じで、中盤からは病気を理解するのに欠かせない病理発生についての知識が無理なく身につけられる本になっていますよね。とても優れた内容の本だと思います。
この本をテキストに使えば、あと必要なことは、その知識をいかに猫との暮らしに生かしていくかという具体策だけ。ここで、「家族で同じ本を読んで学び合う」ことの効果が出てくると思うんです。
本から知識を得る。その知識を家族で共有して、みんなで効果的な予防策に協力していく。知識が育てる観察眼でペットと接し、万が一の病気だって早期発見。こういうことが家族みんなで行えるようになれば、猫ちゃんはいつまでも元気で、末長くイエの幸せの中心となってくれますよね。
ほんと、こういう勉強会、動物を飼っている全てのイエで企画してみて欲しいと思います。
普通のお料理教室とはちょっと違う、イエでのスタディタイムならではの企画を考えてみました。
それは、普段家庭の中で料理を作る役割を担っていない人を講師にして開くお料理教室です。
たとえば普段は仕事のお父さん。
外で食事をする機会が多い分、色々な料理に接しています。
それに今は色々な食に関する蘊蓄が出回っていますから、男の人ほど料理に対する造詣は深かったりすると思うんです。
子供も、料理に関してはなかなかの知恵を持っています。
今まで、たくさんの料理マンガがありました。
今もいくつか、子供に人気の料理アニメがあります。
その中から色々なアイデアを受けとめて、料理に対する夢を膨らませている可能性大。
そうした、家庭料理という枠の外から料理を見つめる視点に学ぶお料理教室。
開催できたら楽しいと思いませんか?
まず講師希望者を募りましょう。
わが家にいなかったら、親しいイエの人にも相談。
きっと普段は料理をしていなくても、いざ作るとなればちょっとプロはだし、といったお父さんなどがいるはずです。
そういう人をおだてまくって、講師をお願いしちゃいましょう。
わが家の場合、父の従弟が意外な料理自慢だということがわかり、その得意料理を教えてもらったことがありました。
自慢料理はチャーハンです。
父は言います。「こいつは学生時代、よく俺たちにチャーハンを作ってくれたんだよ、それがまたうまいんだ」
その奥さんは、えー、結婚以来一度もそんなの作ってくれたことないですよと意外そう。
ご本人も「もうずいぶん作ってないからうまくいくかなぁ」と自信なさげでしたが、いざ料理が始まると、昔取った杵柄というのでしょうか、その手際はすばらしいものがありました。
まずは二人分ができあがって試食です。
「うわぁ、おいしい」
「あら、私が作るのと全然違う、これってプロの味」
「コツはどこにあるの?もう一度詳しく教えて」
だんだんご本人も乗ってきて、
「いいですか、まず最初は中華鍋の熱し方、ここに最初のコツがあるんです、これが食感の決め手になるんですよ」
「ご飯のバラし方は、温かいご飯と冷やご飯を使う時でやり方が違います。今度はさっきと違うやり方でやりますよ」
「中華鍋の動かし方はこう、レードルの動かし方はこう、合わせて動かすと」
うわぁ、ご飯粒が中華鍋の中で踊っています。
「もう味は、炒めただけで決まっています。だから使う調味料はこれとこれとこれだけ」
二度目は卵とネギだけの超シンプルなチャーハンでした。
ところがそのおいしいこと。
今度は私たち女性陣がやってみます。
「うわ、鍋、重い」
「ちょっとの力の配分で楽に持てますよ、こんな…感じ…かな」
「あ、結構いけます」
「で、こっちがこうで、こっちがこう、はい、思い切り」
「えいやっ」
「もっと米粒全体に油を回す気持ちで」
「はーい、師匠〜」
がっしがっし、できましたー。
師匠のお味見。親指立てて、GOOD!!
なんて感じで、すごく楽しかったんです。
このミニお料理教室を通じて、家庭料理の枠の中にはない、とても新鮮な気に触れることが出来ました。
そしてもうひとつの副次効果も。
あとで師匠(いつのまにか師匠になってます^^)の奥さんからメールがあって、
「最近あの人、おだてると何でも作ってくれるんだ、中華が得意で昨日は酢豚」
とのこと。こんな副次効果も、ちょっと見逃せませんね(笑)。
このように、普段キッチンに立っている人には新鮮な刺激を与えてくれ、普段キッチンに立っていない人にも料理の喜びを広げられるようなお料理教室が数多く開けたら、とても楽しいと思いませんか。
今度はうちの父にも、何かをやってみてもらいたいと思っています。
無理強いはできませんが、楽しんでやってもらえるなら、料理作りを通じたすてきな輪が広がっていきそうです。
そうなんですよ、男の食は玄人指向。卓越した技が生み出すプロの仕事に舌鼓を打つ。そんな傾向が強いんですよね。
だから男の料理も玄人指向。男に料理させると、手間も材料費もかかりすぎて、とても毎日は続かなかったりするんですが、それでも一回単発で作らせれば、これはすごいと言わせる料理を作る人が少なくないんです。
そういう人を講師に招いて行う料理教室は、いわば料理世界の国際交流。家庭料理という日常の食の世界と、グルメ指向の非日常的食の世界との交流。その融合が生み出していく新しい「イエごはん」の未来像。これはすごく楽しみですよね。
また、こうした取り組みは、普段家庭の食作りに関わっていない人が、本当はどんな食に対する指向を持っていたのかということを知る、貴重な機会にもなりますよね。
この人は食に対してどんなこだわりを持っているのか。それを知るだけでも、家庭の食が変わってきます。そして、寝るためだけに家に帰ってくるような家族のあり方が変わってきます。
それに、こういうイエお料理教室が流行ったら、男は燃えますよね〜。自分の料理で家族が喜んでくれる。そんな体験を、世の男どもに、もっとさせてあげてください(^-^)
歌会とは、集まった人達がお互いに自分の詠んだ和歌を披露し合う集いのことです。万葉の昔から行われてきた雅な集いを、私達の家でも開いてみようではありませんか。といっても、普段和歌に馴染みが薄い人は、さぁ歌会を始めるよと言われても、どんな歌を披露したらいいのか、他の人の歌にどう反応していいのか戸惑ってしまうと思います。そこで、何かの方法で事前に参加者それぞれの作った歌に触れ合える、予備発表の場を作っておきましょう。
家族どうしなら、リビングに少し大きめのコルクボードを用意してみるのはどうでしょう。そこに、それぞれが詠んだ歌を貼っていきます。和風の一筆箋などに筆字で書くとかっこいいですが、これはカジュアルな歌会ですから、メモ帳の切れ端にボールペンで横書きでも構いません。というか、現代の和歌には、そういう物に書き付けられたというシチュエーションが表現の一環になる歌もあると思うんです。ですから、自由な歌を、自由に書いて、貼っていきましょう。参加者はそれを見て自分の歌作りの参考にしたり、当日どの歌が披露された時にどんな反応をしようかなどと考えておきます。もちろん、ここに発表される歌はあくまで第一稿で、歌会当日までにどんなふうにリニューアルされるか分かりませんから、注目していなかった歌がいつの間にか素晴らしい歌に生まれ変わっている、なんていうことも有り得ます。そういうことも考えて、キラリ光る素材の価値も見逃さないようにしていきましょう。
友達同士などで開催する場合は、メールでやりとりするといいですね。歌が出来た都度、みんなにそれをメールで事前披露していくのです。送信先は、参加者全員にカーボンコピーで一括送信してもいいですが、こういう用途にはメーリングリストのサービスを使うと簡単ですね。携帯にもPCにも対応しているメーリングリストを選べば、どちらからでも参加できて便利です。もちろん開設したメーリングリストは、歌会の打ち合わせなどにも使えます。
では、歌会の企画に移りましょう。歌会には、四季折々の行事に合わせて開かれるもの、月ごとの定例会として開かれるものなどがありますが、最初の第一回は、何かの季節行事と一緒に行うとよさそうですね。たとえば今から企画するなら、11月には新嘗祭がありますから、各家庭で収穫に感謝する集いを持ちつつ、それをテーマに歌を詠んでみる、なんていかがでしょうか。
自分で歌を詠むだけでなく、テーマにちなんだ古典的な歌も探してみましょう。たとえば新嘗祭だと、万葉集にはこんな歌があります。
「にほ鳥の 葛飾早稲(かつしかわせ)を 贄(にへ)すとも そのかなしきを 外(と)に立てめやも」
その昔、民間の新嘗の祭りはイエの主婦たる女性が厳重な潔斎の上で執り行い、家族、特に男性は、夫といえども屋内に入ることを許されなかったらしいのです。でも、どんな厳格なしきたりがあろうとも、寒空の下にあなたを立たせっ放しになんてしておけないと。そういう愛情を詠んだ歌ですね。
一方、古今和歌集にはこんな歌もあります。
「天つ風 雲の通ひ路(かよひぢ) 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとゞめむ」(僧正遍照)
あれ?これは小倉百人一首にも入っている歌ですね。これのどこが新嘗祭の歌なのでしょう。実はこの歌には「五節舞姫を見て詠める」との詞書があるのです。「五節の舞」とは新嘗祭の翌日に行われる「豊明節会(とよのあかりのせちえ)」の後に舞われた舞楽のことで、その舞姫とは、公家や国司などの娘たちからなる、それは美しい五人組でした。
僧正遍照はそのあまりの美しさに感動して、天の風よ、天地を結ぶ雲の中の通り道をしばらく吹き閉ざしておいてほしい、だってあの乙女たちの姿をもうしばらく見ていたいのだから、と歌ったのです。五人の舞姫を天女にたとえて、まだ天に帰っちゃだめだ、そうだ、雲に頼んで帰り道を塞いでもらおう、ってわけですね。さすがは小野小町の彼氏だった深草少将、ロマンチストです。
こんなふうに古い歌を紐解きつつ、色々な歴史も知って、それから現代の私達が新しい歌を詠んでいきます。あらかじめ一回みんなで集まって、色々下調べをする集いなどを開いた上で、本番に向けて歌を作り始めるといいかもしれませんね。
それぞれの作った歌は随時コルクボードやメールなどで事前披露していきますが、未発表の数首も当日のサプライズとして、各自用意しておきましょう。
歌会の当日は、束帯や十二単で集まる必要はありません(笑)。気軽に集まって、まずは新嘗祭なら収穫感謝のお食事会とか、五穀を練り込んだクッキーでお茶会など、気軽な集いから始めていきましょう。昔の歌会も、何かの宴から始まっていったに違いないのです。そして座が盛り上がってきたら、順繰りにそれぞれ自分の歌を披露していきます。
宮中の歌会始では、まず講師(こうじ)が節を付けずに読み上げ、次いで発声(はっせい)が節を付けながら第一句を吟誦、続けて第二句以降を四人の講頌(こうしょう)が合わせていくといった形で歌が披露されていきますが、イエ歌会では、自分で普通に読み上げてもよし、節を付けて吟じてもよし、自分で披露するより誰かに頼んだ方がいいと思えばそれもよしと、自由にやって行きましょう。BGM等を付けたい人は、そんな演出をしてもいいですね。
最初は事前に発表しておいた歌の披露から始めます。すでに発表した歌ですから、これなら恥ずかしくありませんね。さぁ、いよいよ未発表の歌の披露に入ります。誰の歌から?私恥ずかしいよ〜、じゃーんけーん…、なんて感じで。あるいは事前に筆跡が分からないようにPCでプリントアウトした紙を各自で用意してきて、それを箱の中に入れ、抽選会みたいに一枚ずつ取り出して読み上げて誰の歌か当てっこする、なんていう企画も楽しそうです。色々工夫して、楽しくやっていきましょう。最後は集まった全ての歌を箱に入れてシャッフル、一枚取り出してそれを全員で吟誦、なんていう締め方をするといいかもしれません。さぁ、誰の歌がトリを飾るでしょうか。
なんていう、カジュアルな現代の歌会。歌を詠むための言葉は、雅な古語でも、砕けた現代語でも、何でも有りにしましょう。楽しく過ごすためのお約束は、
・他の人のセンス、作風、作品の質などを否定、批判しない
・でも、良いところは思い切りほめる
・堅苦しくしないで、気軽に歌を楽しむ
といったところでしょうか。何回か歌会を楽しんだら、集まった歌をまとめて小冊子にしたりしても楽しそうですね。定期的に開き続けられれば、いつか万葉集や古今和歌集にも負けない「イエ和歌集」が作れるかもしれません。
もっと自由に暮らしの中で和歌を楽しみたい、ってありますよねー。日常的な作品の公開と、四季折々のシーズンイベントに合わせた歌会の提案の二段構えは、それを実現する素晴らしい具体案です。
先の書き込みでSweetJellyさんが触れておられた国風文化。どこの民族の真似事でもない、日本人独自の心の表現。その集大成の一つが、漢詩に対する和歌ですよね。それを思う時、日本人はもっと和歌に親しんでいいと思うんです。
和歌には、色んな形式があります。五七・五七・七、あるいは五七五・七七の短歌が一般的ですが、江戸時代に生まれた七七・七五形式も立派な和歌の一つ。つまりこれは都々逸ですね。
春はみやびに短歌コース、夏は着流しに浴衣で都々逸大会なんていう趣向も面白そう。とにかく日本の伝統文化を今の暮らしに思いっきり生かして楽しんでいく「新しい国風文化」。そんなムーブメントまで見えてくる、本当に面白いスタディ・タイム案です。
わが家のスタディタイムというと、最近は絵でしょうか。私が油絵などに手を出し始めたのをきっかけに、父も母も絵を描き始めました。しかし、絵を描くにはそれなりの道具や材料が必要ですから、家族一人一人が個別に揃えていると、ちょっと大がかりになりすぎます。そこで、筆やパレットナイフなどは個人個人の好みがありますから各自専用の物を持つとして、それ以外はみんなで共用することにしました。そんなに毎日描くわけでもありませんから、それで十分です。
何でもひとまとめにするのが好きな私ですので、カラーボックスに扉を付けて、下にキャスターを付けて、コロコロ引っ張って持ち運べる「創作ワゴン」を作ってみました。必要な道具や画材がこの中にセットされていますので、あとはキャンバスとイーゼルさえ持ってくれば、すぐに描き始められます。
これで油絵の方は家族で道具や画材をシェアできる段取りが整いました。それを見た母が、水彩用セットも作りたいと提案。それいいねというわけで、少しずつ買い集めて、透明水彩、アクリル絵の具、色インク、ポスターカラー、さらにパステルや水彩色鉛筆まで揃えた水彩セットも完成しました。水彩には意外に色んな種類の筆を使うようですので、ぼってりとした隅筆、習字の小筆のような彩色筆、細い面相筆(これらは竹の軸の和筆です)、丸筆、平筆、紙の水貼り用の幅広い刷毛など、色々揃えてみました。こちらは種類が多いので、筆も家族で共用です。
こうして家族で道具や画材がシェアできるようになって一番良かったことは、家族の前で描くのが恥ずかしくなくなったことでした。私は小学生のころから、人前で絵を描くのが恥ずかしいタチでした。完成した絵を見せるならいいのですが、描いている途中経過は、なぜか恥ずかしくて人に見られたくなかったのです。それは大人になってからも同じでした。ですから最初のころは自室に籠もって、なかば隠れるようにして描いていました。それが今は、ベランダでもリビングでも、どこでも伸び伸びと描けます。
今はもっぱら天気の良い休日はベランダで油絵。父が、やってるなと声をかけてきます。一緒に描く?とイーゼルと椅子をちょっと引いて父のスペースを空けると、父もイーゼルを持ってきます。「青取ってくれるかな」「どんな青?」「ここなんだけどね」「あぁ、それならこれがいいかな」。こんな会話も楽しい、家族の創作スタディタイムです。
こんなふうに、油絵用創作ワゴンの常置場所は二階ですが、水彩用は一階に置いてあります。ですから、今日はリビングで描きたい、そんな日は、母と一緒のテーブルを囲んでの水彩タイムになります。母は自分で描くより人が描いているのをじーっと眺めるのが好きなタイプなので、以前は母と一緒に絵を描くなんて、冗談ではありませんでした。父は、水彩ってデリケートで誤魔化しが効かないから苦手だよといってあまり描きたがりませんが、一緒に座ってお茶など飲みながら、緩やかに流れる時間を楽しんでいるようです。道具や画材をシェアするようになってからは、これがわが家の団欒の形のひとつになっています。
それぞれの絵の製作過程を知ることは、作品の心を知ることにつながります。作品の心がわかると、アマチュアの絵でも、なぜかとても味わい深いものに見えてくるから不思議です。お互い、描き上がったものを誉めるでもけなすでもありませんが、楽しい創作の時間の共有を通して、それぞれの良さを認め合える関係。そんな心の触れ合いも生まれる創作スタディが、だんだんわが家に欠かせない存在になってきました。
皆さんも、絵に限らず、創作や物作り活動に使う材料や道具を、家族皆で共有できる工夫を、何か考えてみてください。そこから趣味の共有、学びの共有、一緒に過ごす時間の共有、いろいろな楽しみが広がっていくと思います。
夜に寝る前には大抵、本を読んでいます。
最近はネット関係の本とか、心理学の本とかいろいろと読みます。
寝入る前の静かな夜には、読書に最適と言えるでしょう。
一日の仕事が終わり、お風呂から上がった後に、布団に腹ばいになって読むのは、気分最高です。
もう何もしなくていいという気持ちが、学ぶことも楽しみに変えてくれるようです。
読んでいると眠くなってくるので、途中で終わった本には、しおりを入れて寝たりします。
時々、とても面白い本であったりすると、夜更かしをしてしまう事も良くあります。
寝床で読書するのは、昼間は勉強する気が無いのに、夜にはやる気が出る人には向いているかもしれません。
小学生の息子にサンタが届けてくれた、どうぶつしょうぎ。
本将棋に比べてコマも、歩をあらわすヒヨコ、王をあらわすライオン、角に似ているゾウ、飛車に似ているキリン。
これが1個づつしかない。
コマの進む方向に点があって、その方向にしか1個づつしか進めない。
ちゃんと将棋の腕が立つ祖父でも負けてしまう。
リビングのちゃぶ台にボードを置いて祖父と対戦する息子。
まったもありなのだけど、なぜか強い。
待ってくれ!!と願うのはいつも大人。
将棋のコマを少なくしたら、簡単には進めない。
最近はi phoneアプリでも登場しているのですが、自宅ではもっぱらボード版の、どうぶつしょうぎ。
夕食前のかるくひと勝負は、いつも夕食前には終わらない。
150手まで行って、息子の勝ち。
子供の将棋入門のボードゲームだけど、侮れません。
勉強をするうえで、理想的な環境ということでは、まずは静かであることが大切な要素ですよね。
ときどき換気をする必要はありますが、静けさを保つために部屋の窓を閉め切って、
騒音を遮断してしまうことも、ひとつの方法かと思います。
集中力を高めて、勉強の効率を上げるために、アロマテラピーを採り入れてみるのもいいかと思います。
集中力を高めるエッセンシャルオイルには、ベルガモットやバジル、ユーカリやローズマリー、
レモンやペパーミント、リッツァクベバなどがありますね。
スギやヒノキ、アスナロやモミなどの森の香りも、精神を浄化し、リフレッシュさせる効果があるそうです。
適度な緊張も、勉強をする際には重要なことですが、ある程度リラックスして、心を落ち着かせておくことも必要です。
また、これからだんだんと寒い季節となっていきますが、このようなときには、のどが乾燥してしまいがちです。
なので、口のなかに、のど飴などのキャンディーを入れておくといいかもしれませんね。
糖分は、脳を働かせるのに必要なエネルギー源でもありますからね。
また、鼻、のどや肌などの乾燥を防ぐために、加湿器を利用するのもいいですね。
長時間机に向かっていると、目も疲れてきます。
アロマ加湿器というものもありますね。
これは、部屋の空気に潤いを与え、のどや肌の乾燥を防いでくれると同時に、
リラックスするのに効果的なアロマの香りも堪能できるという、まさに、一石二鳥のものです。
秋葉原界隈に、はんだづけカフェというのがあります。「電子工作のための道具や場所をシェアすることができるオープン・スペース」ということで、居座って電子工作に没頭するもよし、気軽に立ち寄って同好の士との交流を楽しんでもいいというスペースです。
http://handazukecafe.blogspot.com/
これを家庭でやってみませんか。
工具はとりあえず、ハンダゴテとハンダゴテ台、ニッパー、ラジオペンチ、ピンセットがあれば、基板のハンダ付け作業には困らないでしょう。これに測定器としてテスターが一台あればなおよし。あとは順次、カッターやヤスリ、ドリルなどのケース工作に使う工具、その他ドライバーなどのごく一般的な小物工具を揃えていけばいいですね。
家族みんなが電子工作の達人なら、もうこうした準備だけで自発的な工作が始まると思いますが、これから電子工作に挑戦してみようという人は、キットを活用してみましょう。ホームセンターのような所でも、AMやFMのラジオ、ヘッドホン出力の機器をスピーカーで鳴らす小型アンプ、発光ダイオードを光らせたり電子音を鳴らしたりして遊ぶ装置など、なかなか楽しそうなキットが並んでいるのを見かけることがあります。とりあえず何か一つ作ってみれば、それで電子工作のアウトラインがわかってくるでしょう。
こんな本も出ています。
ELEKIT 入門+実用キットではじめる 電子工作キット活用術 (Electronic hobby kits)
- 作者: 松本 幸夫
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- メディア: 大型本
キットにはたいてい作り方の説明書が同封されていますが、こういう本で予め作りたい物を選んで、事前に知識を蓄えてから取りかかれば、さらに成功率が上がりそうですね。初めてハンダゴテを握る人のためのノウハウやアドバイスも要領よくまとめられている、なかなか優れた入門書だと思います。
今は、ほとんどの電子機器が、機械で組み立てられています。人間が基板にパーツを装填してハンダ付けをしていくことは、ほとんど無くなりました。でもほんの数十年前までは、全てを人の手が行っていました。人工衛星に搭載される電子機器すら、熟練工の手によって、ひとつひとつハンダ付けされていたんです。そういう技術を現代に継承していくことは、とても大切なことでしょう。
また、現代の電子機器はブラックボックスです。携帯電話にせよオーディオプレイヤーにせよ、ケースの中身がどうなっているのかを見る機会はほとんどありません。PCだって、マザーボードだのビデオカードだのといった基板単位で扱うのみで、それぞれの基板がどういう回路になっているのかということを意識することは稀になっています。そういう時代だからこそ、自分で回路を追いながらパーツを装填してハンダ付けをしていくことは、とても貴重な体験になっていくと思うんです。それがたとえ簡単な回路であったとしてもです。
電子回路という科学。そして電子工作という技術。これを家族で肩を並べて楽しめるスペースは、クリエイティブな大人の趣味の場としても、子供の学びの場としても、きっと意義深いものになってくれると思います。
ちなみにわが家では、私の部屋の一角がそんなスペースになっています。複数の作業を並行して行えるようにと用意した会議室用のような長机。ここに椅子をプラスすると、家族や友人と一緒に電子工作が楽しめるイエ・はんだづけカフェに早変わり。ちょっとした測定器も並べてあるので、それを目当てに時々友人が自作アンプの調整などにやってきます。技術談義に花を咲かせつつハンダゴテを握る時間は、なかなかすてきな癒しのひとときでもあります。
昔、うたごえ運動というのが盛んでした。終戦から数年、やっと日本が立ち直り始めたころに産声を上げたこの運動は、文化に飢えていた人達の間に浸透していきました。楽器は通常、たった1台のアコーディオン。その伴奏に合わせて、みんなが声を合わせて歌います。この、みんなで声を合わせて歌う、歌で人々が一つになるという喜びが、当時の人達を魅了したんだろうと思います。
さすがに私はその当時の事情を知りませんが、でも、うたごえ好きのご近所さんに誘われて、現代に引き継がれて開催されている集いには参加したことがあります。参加者はほとんどが団塊世代から上の皆さんでしたが、そのイキイキと歌う姿に、ちょっと感動してしまいました。歌われる歌は、スタンダートなものばかり。でも、それがかえって新鮮でした。
そこで考えました。こういう「声を合わせて同じ歌を歌う」という感動を、もっと気軽に暮らしの中に取り入れていけないかと。同時に、今はあまり歌われなくなってしまった古い歌をたくさん発掘して、今の時代にその輝きを蘇らせていけないかと。
とりあえず、仲間に手伝ってもらって、一回やってみることにしました。まず歌集作りです。みんなで同じ歌を歌うためには、歌集が必須です。収録曲は童謡や唱歌、日本の民謡、昔のうたごえ運動には欠かせなかったと言われるロシア民謡、一部、私が参加した集いで歌われていたアメリカンフォークやシャンソン、カンツォーネのスタンダードなども入れてみました。
この歌集作りが、まず素敵なスタディ・タイム。
「それってどんな歌だっけ?」
「えーっと、こんな曲」
などと実際に歌ったり楽器を弾いたりして曲を確かめながらラインナップしていきます。これで、古い歌、忘れかけていた歌が、たくさん発掘できました。
ただし、実際の歌集作りには、ちょっと障壁があります。著作権についてうるさい今のご時世、家族で使うだけなら著作権法の私的複製の範囲内として自由に歌詞をプリントアウトして配れますが、友人知人にまで範囲を広げてしまうと、そういう歌詞の配布には著作権者の許諾が必要となってきます。そこで、歌集専用のWebページを設け、
◆ロシア民謡<a href="25">http://www.xxx.xx/xxxx.html">25 カリンカ(Em)</a><br><a href="26">http://www.yyy.yy/yyyy.html">26 ともしび(Dm)</a><br><a href="27">http://www.zzz.zz/zzzz.html">27 ヴォルガからドンヘ(Em)</a><br>
といった、ネット上で公開されている歌詞へのリンク集ということにしてみました。歌う時はケータイなどでリンクをクリックして、その飛び先のページの歌詞を見ながら歌ってもらうという段取りです。
曲名の前の番号は、歌集内のインデックス。「じゃ次、25番、カリンカいきまーす」などと番号で曲を指定すれば、さっとそのリンクを探して必要なページに飛べますね。曲名の後の括弧内は曲のキー。予め、誰でも歌える音域に曲が収まるように、キーも検討しておきました。
さー、ここまで準備が出来たら、仲間を誘ってシングアウトイベントの開催です。場所は、住宅地で歌うと叩き出されそうなので、付近の河川敷に行きました。楽器はアコースティックギターです。伝統的なうたごえ運動の伴奏はアコーディオンですが、誰もそんなの持ってませんw
河原に着いて、さっそくシングアウト開始です。
「じゃ、歌集68番、ウディ・ガスリーのThis Land is Your Landいきまーす」
ジャラン、
「♪As I went walking♪、OK?」(リーダー役はこんなふうに曲の出だしをちょっと歌って誘導します)。
ジャンジャカジャカジャカジャン、せーの、
「♪As I went walking〜, that ribbon of highway〜♪」(※)
モンキータンバリンを持ってきた人もいるので、鳴り物入りでなかなか賑やかです。
しばらく歌っていると、年配のご夫婦が声をかけてきました。
「懐かしいですね、うたごえですか?」
「そうなんですよ〜、ご一緒にいかがですか?」
「じゃ、何かロシア民謡を、収穫の歌とかご存じですか?」
「しゅー、しゅー、収穫の歌と、ありました、大丈夫です、32番ねー」
「了解〜」
歌集をめくる代わりに一斉にケータイのキーを叩く様子が何ともユーモラスです。年配のご夫婦は、これが現代の歌集ですかと驚いておられました。
たっぷり歌って、おべんと食べて、飛び入り参加者も現れて、楽しいイエ・スタディ「音楽の時間」が過ごせました。私は一人暮らしなので仲間と一緒の活動としてみましたが、皆さんはぜひ、ご家族でいかがでしょう。イエ・スタディ・タイムといっても、自宅の室内ではちょっとやりにくいかもしれませんが、週末の河川敷などで家族みんなで歌ったら気持ちいいですよ。参加者は多ければ多いほど楽しいので、複数のご家族で共催したりするといいですね。
暮らしに歌を。それも、カラオケのように一人で歌うのではなく、みんなで一つの歌を歌うシングアウトという形式。今は一般的ではないので、少々奇異に見られるかもしれませんが、これがどこのイエでも行われるようになれば、ニッポンのイエが変わります。歌を通じて家族が一つになれる。そんな「音楽の時間」を、ぜひ体験してみてほしいと思います。
--------
※ "This land is your land" Music and Lyric by Woody Guthrie
わが家では、普段の食卓が突然お作法講座と化すことがありました。といっても固苦しいしつけではなく、とても面白いウンチクとして教えてくれるのです。
たとえば夕食のおかずが天ぷらだったとします。
「ほぅ、母さん、今日の天ぷらの盛り付け方は本格的だね。」
ここから父の突然ウンチク講座が始まります。
「ほら、見てごらん、この天ぷらの並び方。味のしっかりした素材の物が奥、味が淡泊な素材になるほど手前に盛りつけられている。」
「へぇ〜、そんな工夫がしてあるんだ。」
「これが料理した人のお薦めの食べ方の順番でもあるわけだ。だから食べる方もその心配りを受けとめて、手前から順に食べていく。」
「あ、そうやって食べていけば器の上が散らかることもないね。」
「その通り!つまり作り手の心を受けとめながら食べることが、正しくスマートな作法にもなるということだな。」
後日、お刺身の盛り合わせが出てきました。父がニヤリとしながら「どれから食べる?」。
「えーっと、手前から?」
「お刺身の場合は彩りを考えた配置が優先されることがあるから、必ずしもお勧めの順番には並ばないことが多いんだ、でも基本は同じ、淡泊な味の物から。」
「じゃこれだ、この白いやつ。」
「当たり!」
なかなか楽しいクイズ形式です。
口うるさい人のことを「箸の上げ下ろしにまで小言をいう」なんて言いますが、わが家の場合はテレビの時代劇を見ながら、箸の上げ方を教えてくれました。
「あのお侍、今、箸の持ち方がかっこよかったな。」
「え?どんなふうにしてたっけ。」
「こう、まず右手で箸を取り上げてから、左手を下に添える。それから右手をお箸の持ち方に持ち替える。こう、こう、こう。このスリーステップの動作が流れるようだったろう。」
「あ、ちょっと僕にもやらせて。」
これで、正式な席でも人に見られておかしくないお作法が一つ身に付きました。
おそらくこれが父流の「素敵なスタディタイム」だったのだろうと思います。特別な時間を設けて特別な勉強をするわけではありませんが、ここから学んだことは少なくありませんでした。
もちろん作法にかなわない振る舞いをしたからといって叱られることはありません。家庭の食卓なのですから、かなり無礼講です。でも、作法にかなった振る舞いをすると、それは見逃さずに誉めてくれました。
「おっ、今の箸の置き方、かっこよかったな。」
「持ち方の逆にすればいいのかと思ってやってみたんだけど。」
「それでいいんだよ、よく気が付いたな、さすが!」
私は誉められると伸びる子です(爆笑)。
家庭の食卓で作法の勉強。指南役となれる達人がいなくても、親子で一緒に学んでいく場にはできると思います。
「今夜はサンマを焼くわよ。」
「ねぇ、正しいサンマの食べ方ってあるのかな。」
「あると思うよ、調べてみよう。」
「焼けるまでに大急ぎ!!」
こんなふうにして親子で一緒に調べ、一緒に身につけていくスタディタイムも素敵だと思います。家庭でのスタディタイムは、勉強やしつけのためではなく、楽しみの一環として展開されていくことがポイントだろうと思います。つまりこの場合なら、かっこいい和食の食べ方の研究を趣味にするということですね。いかに趣味として興味深く、楽しくやっていくかが鍵だと思います。