イエ・ルポ 2 #053
みなさまこんにちは、ハザマです。3月も半ばを過ぎていよいよ春めき、九州からどんどん桜がひらきはじめたようですね! 関東ではまだつぼみということですが、一昨日、たくさんの桜を見ちゃいました〜w ご近所の大きなカフェのテラスに、桜が枝ごといっぱい。まるで桜の木が並んでいるように活けてあって、花も満開でした。どこから来た桜だろうと思いながら、しばし立ち止まってうっとり見惚れてしまいました。中にいたお客さんも、お茶を飲みながらガラス越しにちょっと早めのお花見を楽しんでいましたよ。今年も晴れた午後にお弁当を持ってお花見、楽しみです。みなさまもご家族やお友達とそろそろ計画されているでしょうか(^^)。
さて、今日は“イエ・ルポ 2”#053の語らいのスタートです。今回のお題は、「あなたが訪れたマチ、出会った人〈旅先ふれあい物語〉」としてみました。これまでに、さまざまなマチを語って下さいましたが、今回は旅先での心に残っている出来事や人とのふれあいを聞かせて下さいませんか? 訪れたマチでの見知らぬ人との小さくも心あたたまるひとコマから、大きなお祭りなどで人々と一体になって過ごされた時間まで、忘れがたい思い出を書き綴って下さいませ。もちろん、隣りマチでも、海外でも。その土地柄やお人柄が浮かび上がって感じられると素敵ですねw 今回もみなさまの心のなかにしまってある物語をそっとひらいて下さいますように、あったかなルポを楽しみにお待ちしています!
「あなたが訪れたマチ、出会った人〈旅先ふれあい物語〉」を教えて下さい
「あなたが訪れたマチ、出会った人〈旅先ふれあい物語〉」を教えて下さい
“ルポ・タイトル”
「伊東の旅で過ごしたとある料理屋での一夜」
by ハザマ
これまでにも、岡山・牛窓やイタリア・ミラノやフィレンツェ、折々のテーマでマチとともに人との忘れ難い思い出を書いてきました。もっと旅の思い出あったかなと記憶のアルバムをひらいてみると、5年ほど前に訪れた伊豆での一夜を思い出しました。
春の日に友人とめぐった伊豆高原や城ヶ崎の大海原の絶景、ティータイムに訪れた伝統ある川奈ホテルのクラシカルな佇まいなど、自然豊かな伊東の素晴らしい風景はさまざまに目に焼き付いています。が、なんといっても心に残っているのは、夕食に出掛けた料亭と、そこで出会った大将と女将のご夫婦です。
伊東といえば海の幸、夕食には地元の美味しいものをいただきましょうと、とある料理屋さんの暖簾をくぐりました。小さな座敷席に座ると、私たちはさっそくおすすめの料理を尋ねました。すると、気風のいい感じの女将が出てくださいました。
「お造りは好きかい? 今日入ったのを盛ろうかね。それからキンメの煮付け、これは食べて欲しいねぇ。あと、まご茶も大将の自慢だよ」。
聞いているだけで美味しそうな伊東の名物料理を教えてくれて、出てきた料理は豪快な盛り付けと味わい! 私たちが感動しながらいただいていると、女将がやってきて声を掛けてくれます。
「ここらじゃね、キンメはうんと甘辛に煮付けるんだよ。旨いだろう?」
そして、伊東名物の「まご茶」は大将みずから運んで下さって、食べ方のご指南。
「たたいてヅケにしたアジも旨いが、この出汁が自慢なんでね。さっとかけて、さらさらっと早く食べるんだよ」。
噂に聞いていたまご茶漬け、アジにたくさんの薬味がきいて、これははじめて経験する美味しさかも!
「まご茶ってのはね、出汁をかけてまごまごしていると旨いところが逃げてしまうっていうんだね。だから少しずつささっと。さ、おかわりも」。
いただいている間じゅう、大将は座敷でまご茶奉行?! これも地元の名物を一番美味しく味わってもらおうという真心です。
大将と女将の心尽くしはそれだけにとどまりませんでした。
「これ、私からだ。食べてみな。昼に沢で採ってきたクレソンをおひたしにしたんだよ。採れたての出来たてだ」。
伊東は山菜も豊富なんだ〜、とごしょうばんにあずかっていると、今度は大将が。
「ひと口、本当に旨いもん食べてみるか? 待ってな」。
出てきたのは、ご飯の上に青々とした刻みネギです。
「知り合いが畑で作ってる極上の青ネギでね。さすがに品書きには出せないが、醤油をちょっとかけて、だまされたと思って食ってみな」。
ひと口いただいて、肉厚でピリリとした辛みの青ネギとご飯の何と美味しい、いや、旨いこと!
……どれも本当に忘れられない絶品の味ですが、「本当に旨いものを食べさせてやろう」という大将と女将の心意気とおしゃべりが何よりの御馳走だったことは言うまでもありません。旅で訪れ、常客になるわけでもない私たちに、まさに一期一会のもてなしでした。
「あんたたちが、あんまり旨そうに食べてくれるからさ」と笑っていた女将と大将。二人とも口は荒いですが(笑)、「旨い!」ということを教えてくれた真心のご夫婦は、伊東の旅とともにずっと胸に刻まれています。
※今回の「いわし」ご投稿は3月25日(木)正午で終了とさせて頂きます。
※今回のピックアップ賞は3月26日(金)に「イエはてな」にて発表いたします。
※〈イエはてな〉では、いわしへ投稿されたコメントと画像をダイアリーに転記しています。できましたら「投稿画像のwidth属性」を450px以内に指定していただけますようご協力をお願いいたします。
「今日の一枚“リブ・ラブ・スナップ”」
「ハーブなコスメ」
冬から春にかけて季節の変わり目はいつも、アトピー肌に悩まされる私…。いろいろなコスメを試してみるのですが、なかなかコレ!というものが見つかりません。でも、最近インターネットで見つけたこのコスメは、天然のハーブオイルが効いていてイイ感じ。中でも“ボタニック・オイル”が一番のお気に入りです。
でも、天然ハーブで調子がよくなるって、カラダは本当に正直ですよね!
私もリラックスのバスタイムや、手作りルームスプレーにリネンウォーターと、
ハーブオイルは心地よくナチュラルな暮らしに欠かせないものになっています♪
−ハザマ−
»“リブ・ラブ・スナップ”今回のテーマはコチラから
募集期間中にご投稿頂いた方にもれなくはてなポイント300ptプレゼントいたします。
また、スナップ賞にはアマゾンギフト券3,000円分をプレゼントいたします。
いわしの回答(転記)
韓国へ行ったとき、道に迷った私たち。
エステを予約していたのですが、どうにも間に合わないかも!と焦っていました。
地図を持って友人と困り果てていたら
それを見た韓国人の方が、どうしたの?と声をかけてくれました。
もちろん日本語も伝わらず、少しの韓国語と英語を交えてなんとか迷子になった事を伝えました。
そしたら、その方がエステのお店に電話を入れてくれて、私たちに繋いでくれました!
お店の方は日本語が通じたので、その電話でやっと道が分かり
よかった〜!と思ってthank you!と言ったらそのままスタスタ歩いて行かれました。
ちゃんとしたお礼も出来ませんでしたが、本当に感謝です。
異国に行った時には、よく迷子になってしまいますが
毎回、暖かい人に助けられて楽しい旅が出来てます。
お金が無くて毎日腹をへらしてました、酒を飲んで喧嘩したり、友と語り明かした町はもう全く姿を変え、立派なそして綺麗な街に変貌したとのうわさです、良くも悪くも昔の面影は無くなりむしろ寂しさを感じるとか・・・何十年も訪れていませんが、何時かまた訪れたいと思ってます。また、その隣街は短いながら新婚生活を送った場所で、金も無くただ若さだけで生活していたところで、ここも訪れてみたい街です。マンション、スパー等はまだあるとの話でまるでタイムマシンに乗った様な錯覚に陥るかも知れません。
沖縄は気候も暖かいけど人も暖かい!
以前、友人と一緒に沖縄旅行に行きました。
居酒屋で出会った隣にいた現地の方が、沖縄料理のカフェを経営しているというので、翌日お邪魔させていただくことに。
そして翌日約束のお昼に行くと、結構混雑していました。
そこで友人と一緒に急遽お手伝いをすることに!
観光出来ていただけの私たちを暖かくチームに迎えてくれて
一緒にお昼の混雑時間に働きました。
終わってからありがとう!ととても感謝してくれて
こちらもすごく楽しい沖縄の思い出が出来たので喜んでいたのですが
そのあとは、食事をごちそうしていただいたり
買える時にはスタッフ総出で送り出してくれたり
沖縄名物のお土産まで頂いたり
とーーってもお世話になりました。
今では私の第二の故郷かもしれません(笑)
今でもたまに沖縄名物を送ってきてくれたりして
とても良い出会いでした。
もう何年か前のことになるのですが、初めて行った知らない土地で道を教えてもらったことがあります。
その日は大阪であるイベントに出かける日でした。
地元から高速バスで大阪駅まで行って、もらっていた地図を見ながら会場まで歩いていっていたのですが、途中で道がわからなくなってしまいました。
ちょうど十字路でいろんなお店が並んでいました、地図にお店が載っていないかなんとか場所がわからないかと周りをきょろきょろしたり地図を見たり頑張ってみたのですがわかりません。
イベント開始の時間も迫ってきています・・・。
そこにちょうどお店の人が出てきて道を教えてくれました、お店の中から私がきょろきょろと道に迷っているのがわかったようで出てきてくれたみたいです。
わかりやすく教えてもらえて時間にも間に合って会場に着くことが出来ました。
お雛様や五月人形のお店の人だったので、桃の節句やこどもの日が近づいてくると思い出します。
イベントももちろん楽しかったですが、道を教えてもらえたのもとてもうれしい思い出です。
彼の地のうどん屋さん、地元の人に愛されているお店は特にこれといった看板や目印もなく、普通の民家のような形態で営業されている店も多いんですよね。
ですから、うどんマップ片手に探してもなかなかうまくたどり着けないこともあります。まあぼくの場合、方向音痴なせいもあるんですが。
その日も駅でもらった観光案内手作りうどんマップを見ながら歩いていたのですが、わかりません。
お昼だけ営業のお店だったので閉店時間もせまってきます。
モノを買うついでもないのに聞きにくいなあと思いながらも、目に付いた果物屋さんで尋ねると、ものすごく愛想の良いおばさんが丁寧に道を教えてくれました。
きっとこれまでに何百回、何千回もそのうどん屋への道を尋ねられたと思うんです。
いい加減うんざりしてもよさそうなものなのに、この丁寧な対応!
結果、たどり着けたうどん屋の味よりも、このおばさんの笑顔の方が今となっては印象が強いです。
他人には親切にしようと学んだ次第です。
もう6年近く前のことになります。
某ブログでブログを書いていたころのことでした。
色んなブログを散策していたところで、好きな音楽が同じで、それでいて人柄がとても現れている素敵なブログに出会いました。
思い切ってコメントしたことがきっかけで、それからよくお互いのブログを行き来するようになり、そのうちにパソコンのアドレスを交換…次には携帯のアドレスを交換するまでに至りました。
その頃には既にお互いの恋愛相談や、家族のこと、仕事のことまで語る仲でした。
写真を送って見せ合ったり、既にとてもリアルな付き合いになっていました。
私は関東で、友達は関西。
距離があるのでなかなか会うには難しくも、それでもお互い信頼を築きあっていたので、親友のような仲でした。
そしてついに!一歩踏み出す時!
お互いの予定を合わせ、私のほうが相手のマチに遊びに行くことになりました。
新幹線に乗りながらドキドキ。
そして到着!
初めて会ったのに、そんな感覚すらない!
さっそく友人のマチを沢山散策しました。
少し栄えてる場所から離れた地域なので落ち着いていてとても居心地が良いのです。
友達の彼氏とも会いました^^
そのあと、友達のイエにお呼ばれし、ご家族の方とも対面!
もう、これもまた初対面とはおもえないほどに温かく迎え入れてくれて、まるで家族のように!
お父さんもお母さんも、御兄弟も、恋人も、みーーーーんなが私を他人ではなく、身内のように迎え入れてくれました!
これは地域特有?なのかな。そうとさえ思いました。
私の住む地域では皆ツンツンしているので、こんな風に初対面の人を家族のように接するなんてことを見たことが無かったのです。
でも友人の住む地域では、みんな近所同士が家族みたいでこんな感じだよ〜というのです!
驚きました!!!
楽しい時間はあっという間で、帰るのが惜しいとさえ思いました。
出来るならここにずっと住みたいwとまで思うほど、素敵なマチとイエとヒト。
ブログでの小さな出会いがこんなにも素敵なマチとヒトとイエとの出会いをくれました。
きっとブログが無ければこのマチに行くことは一生無かったかもしれません。
素敵な出会いと、そして温かいマチに感謝一杯の出来ごとでした!
こういう旅行は非常に面白そうですね!小説や映画の舞台を訪ねるよりも、今の社会であれば身近な感じがして良いかもしれませんよね!最近は、お得な情報などのレポートも多々あるので、私もやってみたいと思います。
今の修学旅行は、少ない人数のグループで行動して、
タクシーを使用することも多いようですが、
私のころの修学旅行は、1クラスが1台の観光バスに乗って行動していました。
必ずバスごとにひとり、バスガイドさんが乗っていました。
自分の乗っているバスのバスガイドさんが可愛いとなんだか嬉しくなりました。
2泊の旅行の間の移動時間をいっしょに過ごしていると、
バスガイドさんととても親しくなっていきます。
ほぼ全員が、バスガイドさんと一緒に記念写真を撮っていたと思います。
修学旅行が終わって別れるときには、バスガイドさんもとても淋しげでした。
バスガイドさんは、毎日が出会いと別れの繰り返し。
きっと、いろいろと得るものも大きいことでしょう。
私は、2年前に沖縄に行きました。3名の旅行で居酒屋にいったのですが、居酒屋の店長さんが気さくに話しかけてくれました。他のテーブルにいた方も会話に入ってきてくださったので、3人だけの旅行がすごくにぎやかで楽しい思い出になりました。店長さんは、三線を引きながら歌を披露してくださって、すごく感動しました。
旅先で訪れるのは、観光雑誌に載っているような居酒屋ではなく、地元の人が集まる居酒屋がいいですね。
はずれを引くと、よそ者が来るなという感じの世知辛い雰囲気で、すぐに出てしまうことになりますが、
人が良いお店にあたると、地元の美味しいお勧めのものが頂けたり、
後日の旅行で訪れるお勧めスポットの情報を仕入れることが出来ます。
私の両親は非常に映画好きだったので、小さいころの家族旅行は大抵が映画のロケ地になっていたところでした。ただ国内の旅行で数もそんなには多くは無かったので、お金がたまれば自分で言ってみたいと思います。できれば、海外のロケ地めぐりなんかができたら面白いんだろうなあと想像したりします。
最近は、映画だけではなく、漫画やアニメなどといったジャンルにおいても、
登場している背景の場所を訪れるのが、ちょっとしたブームになっているようですね。
埼玉の鷲宮のように、賛否がありながらも、上手に付き合って町おこしに発展しているケースもあるようです。
放送した直後に、どこのどこだと、はっきり場所が特定されることにも驚いてしまいますが、
わざわざ遠方からその地を見に足を訪れるその行動力は、凄いことだなと感じてしまいますね。
自分も観光とあわせて、事前に何かの舞台であると知ると、調べてから訪れたりしますが、
あの作品は、この空気の中で作られたのかななどと考えると、少し感慨深いですね。
もう随分昔の話になります。
春先に一人旅で京都へ出かけました。
お目当ては高尾から栂尾にかけて散策することで、京都市街地からバスにのって現地へ出かけたのですが、時はちょうどシーズンオフのため、住宅街がなくなって山の中へ入るとバスに乗ってるのは私一人きりになりました。
そこへバスの運転手さんが親切に声を掛けてきてくれて、
もうかなり前のことなので、どんな話をしたのか覚えてないのですが、
どこから来たのかという話に始まって、私の住んでる土地の話、それから京都のことをしばらく喋ってたように思います。
バスは結構長い時間乗っていたのですが、運転手さんのおかげで現地につくまで非常に楽しいときを過ごしました。
京都の人は観光客に親切だと聞きますけれども、バスの運転手さんとこんなに長く話したのは、他の旅行地ではなかったことです。
降りるところが近づいてきたときに、また折り返してきますから、そのときにも会えたらいいですね、ということを話したのは覚えてます。
それからもう時効でしょうから書いてしまいますが、バスから降りるときにはなんと、代金をどうしても受け取ってくれなかったので、折り返しのバスに乗ってジュースでも差し入れしようと思ったのですが、残念ながら散策時間がそれでは足りなくなってしまうので断念。
これだけがちょっと心残りです。
いつだったか、大阪へ行ったときのことです。
日帰りで、用事を済ませたらそのまま帰るだけの、旅行とも言えないものでしたが。
お昼少し前に着いたので、近鉄の鶴橋駅のカフェ(?)に入りました。
お昼をすませて、トレーを返却口に返しに行ったときの事。
すぐそばにいた店員のおばちゃんが、「いってらっしゃい」と言ってくれたのです。
今までどこのお店でも、そんなこと言われたことなかったのでびっくりしましたが、なんだか妙にうれしかったのをよく覚えています。
大阪の人は気さくで親切な人が多いのでしょうか。
でも確かに、そう言われていやな気持ちになる人は、あんまりいないですよね。
お店の方針なのかおばちゃんのアイディアなのかは分かりませんが、素敵なことだと思いました。
海外に行ったときにはタクシーの相乗りをよくします。
空港から市内へ。あるいは市内から空港へ。またバスターミナルから市内へ、という風に結構、相乗りのチャンスはあるんです。
初めての海外旅行、ぼくはニューヨークでした。もう20年以上も前の話。
そのときは飛行機の隣りに座り合わせた女性と2人でマンハッタンまで相乗りしました。
タイでも韓国でもフランスでもタクシーの相乗りをしました。やっぱりタクシー代がいきなり半額になるってバックパッカーにすればデカいですもんね。
もちろん旅の情報を交換したり、一緒に晩御飯を食べたりっていう交流も大きなポイントですし。
ベトナムに行ったときに、オランダ人のご夫婦とタクシー代折半という約束で空港から市内までご一緒し、確かにタクシー代は半分ずつ払ったのですが、その後の夕食をご一緒させてもらい、現地のビアホイというビールを限界までご馳走になったのをいまだに覚えています。
あのときはまだ学生だったからおごってもらって当然、とどこかで思っていました。いい大人になった今、今度はぼくがご馳走する番です。貧乏学生、どっからでもかかってきなさい!
以前京都へ行ったときに、あるイベントがあり
場所がなかなかタクシーが通ってない場所だったのでタクシーもなかなかつかまらず
私たち2人で1台タクシーを呼びました。
まだ余裕があるからと思い、一人のビジネスマンらしき人を誘ったら丁度、駅に行くというのでお誘いしました。
すごく助かる!と言ってくれたので、それだけで十分だったのですが
そのイベントに彼は仕事で来ていたということで、タクシー代も全額負担していただき
その好きなイベントに出ていたアーティストのグッズを後日郵送で感謝の手紙と一緒に送っていただいたりと
すごく良くしてくれました。
そこまでのお返しなんてさらさら期待すらしてませんでしたが
手紙まで添えてくれたのは嬉しかったですね。
イエはてなでは何度か書いていますが、私たち夫婦は、歴史好きが高じていつのまにやら地元の戦国系のおまつりをプロデュースする立場になってしまいました。
そんな私たちが毎年参加している歴史まつりがあります。それが、新潟県上越市で夏に行われる「謙信公祭」です。以前はお盆の時期でしたが、今は8月の終わり頃に開催されています。
このお祭りは、ふつうのお祭りとは違って夕方から夜にかけて行われます。パレードで町を歩き、夜に春日山城下にある公園のグラウンドで川中島合戦を再現します。もちろん主役はお土地柄上杉なんですけど。
お祭りにはもう4、5年参加をしています。最初に参加したのはまだ私たちが関東に住んでいる頃でした。同じように歴史好きも参加するので、一種のオフ会みたいな感じになっていて、それはそれで楽しみの一つでもあるのですが、うちの夫婦が参加する目的が変わりました。
一番最初に参加した年のこと。お祭りでは上杉対武田に分かれて、必ずどこかの武将の隊に所属するのですが、この隊には私たちのような全国から集まった人もいれば、上越市民の方もいらっしゃいます。前の日のリハーサルから練習をはじめ、隊にも連帯感が生まれてきます。私たち夫婦の隊は上杉隊の武将の隊でした。
「どこから見えられたのですか?」
「(そのときは)横浜からです」
その方は少し御年を召されていましたが、そこはやはり歴史好き。一瞬で打ち解けてきます。上越の方たちは地元にとても誇りをもっていらっしゃって、好きな武将やお城の話なんかで盛り上がりました。
「毎年参加しているんです♪これに参加しないとお盆じゃないです。」その笑顔がとても素敵でした。
またもう一人の方はタクシーの運転手をされていて、せっかくの郷土のお祭りに参加したくても忙しくてできず、今年がはじめての参加とのことでした。
そして、本番もばっちり♪みんなで一緒にお祭りを楽しむことができました。
この祭り、実は体力をものすごく消耗するんです。炎天下の中でリハーサルをやり、夕方とはいえ、甲冑をつけてのパレードはものすごく暑いんです。クールジェルなどを持参でがんばるのですが、大量に汗をかきます。そして夜もまたむし暑い。でもこれだけの過酷な祭りをみんなといっしょに乗り切れたという達成感はなにものにも変えがたいものでした。
その後、上越の方々主催の懇親会が始まります。焼肉を焼いてくださって、参加者と地域の方がいっしょになって大騒ぎw
そこでは、知り合いの歴史好きの人々とも再会を楽しみましたが、上越の方々の心からのおもてなしに感動してしまいました。
隊ごとに集まって、「おつかれさまー♪」毎年参加の方はもちろん、タクシーの運転手の方もすごく楽しかったらしくて、来年は上越の方々で構成されている団体に入ることを決意されていました。
「このお祭りはね、もうすぐ80回になるんだよ。」毎年いろいろなことを試みていたそうで、そのときの思い出話をすごく楽しそうに語ってくださる関係者の方々。
「こうやって遠くから来てくれる人たちに本当に感謝してるんです。参加されたみなさんが本当に楽しかった♪って笑顔でいってくれると、来年もがんばろう♪って気になるんですよ。しっかりと歴史を残していきたいです」
この気持ちすごくよくわかるんです。その頃も祭りのお手伝いしていて、内容についてダンナと揉めたことも何度かあったけど、実際のお祭りで参加者や見にきてくれた人の笑顔みると苦労ふっとんじゃうんですよね。
またその土地の誇りをちゃんともっていらっしゃいます。
「上越市はね、この春日山と直江津と高田が合併したんです。高田には高田の、直江津には直江津の、春日山には春日山の歴史があるんだけど、これからは一体となってもりあげていきたんです」
このようにして本当に私たちを心からもてなしてくださったのでした。
そして「来年もまた来ますね♪」といって上越をあとにしました。
次の年も参加をしました。今度は上杉隊でしたが、昨年とは違う隊です。私たちは着付けにも慣れているんで、着付けのお手伝いをしたりしてすごしていました。ひと段落して休憩していると、昨年の参加者のおじさんがきてくださったのです。
「こんにちは♪やはり来ましたね♪」
私たちのこと覚えててくださったんです。隊はちがいましたが、同じ上杉隊どうし。お互いに頑張りましょう♪ってお話できました。
そして、タクシーの運転手の方はというと・・しっかり、上越の団体の一員として頑張っていらっしゃるではありませんか!
「うわー!一年ぶりですね!」こうやって再会を喜びあうことができたのです。
そして、今度はあらたな上越の方々を知り合うことができました。ある人は、私たちの祭りに参加してくだいました。
年を重ねるごとに、地元の知り合いが増えていくんです。今までは、歴史好きの知り合いに会えるのが目的だったのに、いつの頃から、上越のアツイ方々をお会いできるのが楽しみになってきて、目的が変わってきました。
特に手紙のやりとりをするわけでもなく、確実な約束をするわけでもありません。でも来年にはそろって笑顔で会えるんです。
別れ際のあいさつは、「来年、上越で会いましょう」になりました。
そして、一昨年のこと。大河の「天地人」が来年放映とのことで、GACKTさんを謙信公として招き(2回目)、募集人数が増えました。私たちはイベント会社さんのお手伝いをすることになりました。なので一般隊としては参加せず、一隊をまかされました。私とダンナは別々の隊をまかされ、私は武田隊の山県隊をみていました。参加者の中にも知り合いが何人かいたので、まだ楽でしたが、右往左往しながら隊の着付けを行ったり、連絡事項を伝えたり、たいへんでした。
そんな中で少し休憩をしていたところ、上越の常連さん方があいさつにきてくださったんです。
「あれ?今年は出ないんですか?」
「今年はお手伝いなんです。今回武田なんでおてやわらかに頼みますね♪」
毎年毎年気にかけて声をかけてくださる方々。ほんとうにこれだけで、上越に来てよかった♪って思える一瞬でした。本当に感動ものです。
さすがに懇親会は人数が多くなったのでなくなりましたが、いろんな方々をお話ができてほんとうにうれしかったです。お祭りもなんとか終わりましたし♪
昨年は、義父の不幸もあっておまつりなどは自粛しておりましたが、今年はあの上越の方々の笑顔を見るのが楽しみで参加をするつもりです。
「一期一会」という言葉があります。この言葉どおりその年だけしかお会いできない人もいますが、こうやって年をつみかさねてお会いできるのって本当にすばらしいことではないでしょうか?お祭りを通して私は上越の方々からいろんなものをいただいています。地元に対する誇りだったり、お祭りに対する意気込みだったり、言葉にできないことも多いんですが、すごくありがたいです。もちろん上越にいかないと会えませんけどw
これが終わると、さぁ、自分たちのおまつりに力をいれなきゃ!がんばらなきゃ!という気になります。
このすばらしい出会いを大切にしたいと思います。上越市は私には一生忘れることのできないすばらしい場所です。
昔、私が住んでいたマチで、よく行っていたお寿司屋さんがありました。
カウンターで食べるお寿司がおいしいのはもちろん、旦那の威勢のいいかけ声がかっこよかったのが印象に残っています。
へいお待ち!
今日は天気がいいね!
これはしょうゆじゃなくて塩を付けて食べてね。等々。
魚をさばく姿も凛としていてかっこいい。
それから私は引っ越し、ドライブがてらにそのマチを訪れることがあり、約10年ぶりに
そのお寿司屋さんの前を通りかかりました。
暖簾がかかってる!
ちょうどお昼時だ・・・
迷わずそのお寿司屋さんの暖簾をくぐりました。
すると、
いらっしゃい!おや!お久しぶりです!
と旦那さんの声が。
昔と全く変わらずの威勢のいい声。
私も昔と同じようにカウンターに座り、お寿司を注文。
その後、引っ越したことなどを話し、お店をあとにしました。
覚えててくれたことに少し照れくさくも、うれしかったです。
昔と変わらない姿でありつづけたお寿司屋さん。
そのマチに住んでいたことを思い出させてくれた大切なお寿司屋さんです。
電車で偶然に隣に座った人と話が弾むのは、旅の何よりの楽しみですね。
成長して、お金より時間が大切になるまでは、旅行の時に安く移動することは必須でした。
そんな時は、1日格安で移動できる青春18切符を重宝していましたが、
例えば東京から名古屋まで移動……なんていう同様の人が多数居るルートでは、
何度も乗り換えがありながら、車内やホームで何度も見慣れた人がいたりします。
当然、それに気づいている相手もいたりして、たまに軽く会釈をしたりすることも。
一番印象に残っているのは、余りまだ青春18切符を使い慣れていないらしく、
車内で乗り換えやらルートやらで混乱していた2人組でしょうか。
新幹線でも特急でもない、普通列車の暇な旅でしたので、知っている範囲でそこまでのルートを教えてあげました。
静岡の辺りでの出来事でしたが、話しているうちに東京の方から一緒でしたよねという話になって、
これからどこに行くかや、これまでにどこに行ったことがあるかなど、
旅の情報交換や何よりも暇な時間に色々と話ができたのが楽しかったですね。
ぼくにとって旅の楽しみの1つが土地、土地の方言を聞くこと。
大阪生まれのぼくですから、基本的には周りの人全員が大阪弁です。ですから初めて東京に行ったときは、ものすごく新鮮でした。
「みんな標準語で喋ってはる!テレビ出てる人みたいや!」
駅の立ち食いそばの店のおばちゃんとの会話、というか注文でさえ緊張しましたよ。大阪の人間だということがバレないように標準語で注文するべきなのか、いや、大阪人としてのアイデンティティーを失ったらあかん、堂々と大阪弁で話すんや、葛藤がありました。
もちろんおばちゃんにとってはお客がどこの地方の訛りであろうと接し方は同じ、愛想よく注文を通してくれるんですけどね。
またお礼の「ありがとっ」というのが威勢よくってかっこよかったなあ。大阪の「毎度おおきにぃ〜」とは全然違っていて、これも楽しめました。
博多に行ったときもコーヒーショップでお喋りに花を咲かせている女子高生の話から耳が離せなくなりました。話の内容を盗み聞きしていたわけじゃありませんよ。言葉のイントネーション、語尾のちょっとした違いが心地よくて、ずっと聞いていたいなあって思ってしまったんです。
名古屋でも居酒屋でビールを飲みながら隣の席から聞こえてくる会話を楽しんだり、タクシーの運転手さんの話す言葉をじっくり聞いたものです。テレビで言われているほど「みゃあみゃあ」言ってませんでしたね。
ぼくの知っている名古屋弁「やっとかめだなあ、もう」をいつか自然に使うチャンスがないかと狙っています。でもこれは「久しぶりだねえ」という意味なので、名古屋に古い友人がいないとなかなか使えないんですけど。
旅先で時間が空いたときに、とくに行き先を決めずにバスに乗って、景色がいいところで下車して散歩するのが好き。おいしい店なんかを地元に人に聞いて、お腹膨らませて、ぶらぶらしたり、コーヒー飲んだり。自由だなぁ、と実感。
1990年か1991年のことだと思います。
当時私は、千葉県柏市に住んでいました。
ある日、友人と待ち合わせの場所に行くために、柏駅西口からバスに乗りました。その路線は市内でしたが、初めて乗る路線でした。ちょっとした旅行気分。
で、市内とはいえ初めて見る車窓をぼんやりと眺めていると、ふと、あるマンションの1階に、焦げ茶色の看板を出しているお店がありました。
その時、勘がひらめきました。
「ここに美味しい喫茶店がある」。
後日、徒歩で同じ場所に行きました。その場所は最初のバス停からさほど遠くなかったからです。
果たして。そこには1件の、美味しい喫茶店がありました。
自家焙煎、ハンドドリップ。
すっかり気に入って、そこに何度も通いました。
ブレンドも美味しいけれど、アイスコーヒーは酸味があって独特の風味。
コロンビアのストレートを頼んだ時には感動しました。デミタスカップに入った、とろりとしたコクのある珈琲。口の中を飴色の風が通り抜けるようでした。
さて、それから5年ほどして、仕事の都合で私は引越をして、その喫茶店に通えなくなりました。
そして今、残念ながらその喫茶店は、マスターが急逝されてしまったため、閉店となってしまったそうです。
あの喫茶店との出会いは、今でも忘れられません。
タクシーの運転手さんといっても、私の場合はタクシーに乗って知り合うわけではありません。
しばらく前から、自分ひとりで旅行に行くようになりました。
あまりお金はかけないものの、街を眺めながら歩くことが多いです。
歩いてキョロキョロすると気付くような、その土地ならではのお店や、看板。
あとマンホールの蓋のもよう。(これは結構土地とちで違っていて楽しい。)
普通の観光では気付かないようなものが楽しかったりします。
ただ、私みたいなのが、観光地をひとりできょろきょろしながら歩いていると、
必ずといっていいほどタクシーの運転手さんに声を掛けられます。
「どこまで行くの?タクシーだと便利ですよ。」
特に沖縄では、何度も何度も声を掛けられました。
乗らないのは金銭的な理由も大きいのですが、車に乗ってしまうと気付かないものを、
歩いてみつけたいのです。
あとタクシー自体がどうも苦手というのもあります。
タクシーが視線の端にはいると、早歩きするようになりました。
民家のシーサーを写真に撮っていたら、気付かない間にタクシーがすぐ後ろに止まっていました。
「口の開いているのが雄なんだよ。口を開けて福を招き入れるんだよ。」と教えてくれました。
そして雌は口を閉じていて福を逃がさないのだそうです。
見ると確かに、どこも口の開いたものと閉じたものとで一対になっています。
(どちらが雄か雌かは、諸説あるようです。)
狛犬の阿吽のようなものだな・・・と納得しました。
その後、「どこまで行くの?」と聞かれ、いいんですと謝って乗ることはなかったのですが、
親切に教えてくれて、
『タクシーに乗ったら、いろいろ教えてくれそうだな。』という印象を持ちました。
もう少し時間的やお金的にも余裕のあるときには、タクシーを使うのもいいかもと思いました。
一人旅をしていたとき、どうやら食べ物で当たってしまったみたいで
急にお腹が痛くなってしまいました。
様子を見ようとカフェに入って大人しくしてたのですが
収まるどころか痛くなる一方。
どんどんヒドい状態で、フラフラしながらタクシーを捕まえようとしましたが
なかなか走ってないし、走っていても既に乗っていたり。
タクシーの番号も分からずうずくまっていたら
そこにタクシーのおじさんが停まってくれました。
どうやら私の状態をみて、一度お客さんを送って行き
また私の所まで戻ってきてくれたんだとか。
凄い嬉しいのと、苦しいのとで涙があふれ
泣きながら病院まで送ってもらいました。
あとは1人で大丈夫。と思っていましたが
タクシーの運転手さんが病院の中まで付き添ってくれて
状態を先生に説明して、帰って行かれました。
あまりの吐き気と苦しさでトイレにこもっていたので
お礼の1つも言えませんでしたが
旅先で1人だったけど心強かったですし、もの凄く感謝をしてます。
もうすぐ春休みです。春休みに旅行という方もいるのではないでしょうか。旅行は、家族との思い出が生まれる最高の旅です。いままで経験したことのないことが思う存分できるところが何よりもいいことですね。
山歩きをする時、移動手段は非常の困りものです。
レンタカーの時は良いのですが、遠方に電車などで行く場合、登山口まではバスで移動することがほとんどです。
しかし、凄く山奥の方ですと、1日に2〜3本のみなど、タイミングが外れると長時間待つことになります。
一度、3日ほど山歩きをしたのち、予定していたバス停にたどり着いた時間が予定よりもかなり早くなり、
バス停で5時間以上待たなくてはならないような場面に直面してしまいました。
近くにいた人に尋ねても他に代替の移動手段はなく、非常に疲れてはいましたが、そのままぼーっと待つよりはと、幹線道路まで歩き始めました。
早く辿り着いたのは、雲行きが怪しかったから急いだ結果だったのですが、歩いているうちについに雨がぱらついてきました。
そうしたら、後方から走ってきた地元ナンバー軽トラックが横で止まって、おじさんがどこまで行くのか訊ねてきました。
当然、見知らぬ人ですので、安易に乗ってしまうのは危険です。親切を疑ってかかるのは嫌ですが、物騒なこのご時世、完全に自己責任です。
しかし、お店のトラックだったこと、会話して大丈夫だと思ったこと、道は把握していたことなどから、途中まで載せて貰うことになりました。
車内で話していると、地元の民俗芸能関係の方で、お祭りの様子や伝統など、興味深いことを沢山聞くことができて、
その話と合わせて、親切にして貰ったことが非常に印象に残っています。
1泊程度の近場への旅行だったのですが、とても丁寧な対応を頂き、仕事ぶりに関心しきりでした。
そして帰り際にそのホテルマンの方が、仕事が我々の宿泊を最後に本日限りで退職をされる方だった事を伺いました。
泊まった側でしたが急いで仲間でお金を出し合って記念品を買ってプレゼントしました。
不思議な縁でしたが良い経験でした。
まだ幼かったり学生時代は、神社仏閣などに連れて行かれても、面白いと感じることはほとんどありませんでした。
ですが、大人になった感性で思い返すと、あそこはとても良かった記憶がある……と、再訪することが珍しくありません。
もっとしっかり見ておけば良かったと思うわけですが、子どもの頃からその良さを知っているなんて、無理であることは沢山ありますよね。
ですので、子どもの頃のぼやけた記憶を頼りに、自分の好みの場所と思われる地を再訪するのは、とても楽しいです。
パズルのように自分の記憶と照らし合わせたりして、それがきちっとハマったり、
訪れてみて、やっぱり今の自分にぴったりの場所だったりすると、懐かしいようなやっとミスを埋められたような、不思議な気持ちになります。
印象に残っているのは、奥州平泉、信州諏訪あたりでしょうか。
特に平泉の毛越寺と達谷窟毘沙門堂は、子どもの頃に見たおぼろげな記憶と現地の姿がしっくりとはまり、とても懐かしい気持ちになりました。
行ってましたら先輩が、映画の券をくれました。ちょうど人数分ありましたので、近くの全く知らない街へわざわざ出かけました。その街はとても古くてまるでバスや車はもう何年も前のモデルに見えたものです、やけに埃っぽく、乾いていました。何か古い映画にタイムスリップした感じでした。その映画館に辿りつきましたが、何と日本製の「エロ映画」三本立てだったのです。何か凄い得した様な、若い体には毒!?だった思い出があります。