イエ・ルポ #035 PickUp3



こんにちは、ハザマです。ここ連日、東京電力の電力不足がニュースになっていますね。新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の全停止に加えて、この猛暑。もう供給可能量ぎりぎりとのことで、百貨店やコンビニなどの商業施設でもかなりの節電協力が行われていると聞いて驚いています。うちにも東京電力から「節電にご協力をお願いいたします。」というチラシが入っていて、非常事態の程を伺い知りました。ここはひとつ、私たちのイエでも極力の節電を心がけたいですね!私も扇風機と首に巻いた保冷剤でがんばりますー!
さて、今日は“イエ・ルポ”#035「おじいちゃん、おばあちゃんの思い出」のピックアップ賞ご紹介です。今回も愛情がにじみ出る素晴らしいルポをたくさん頂き、一つひとつ抱きしめたくなるエピソードばかりでした。心をあったかく包んでくれる数々の物語、みなさまどうもありがとうございました!

イエ・ルポ #035 ピックアップ賞

#035では「心ポカポカ!おじいちゃん、おばあちゃんの思い出」のテーマでご投稿頂きました。
今回はいつにも増して多彩なルポで、泣いたり笑ったり、読んでいてタイヘンでした(笑)。「一緒に遊んだ仲」「おばあちゃんと花札」「お手玉」「じいちゃんと野球観戦」「どうして遊んじゃいけないの!大好きなおじいちゃんとの禁断の日々」をはじめ野や海で、おうちで遊んだ思い出や、「リサイクル料理の達人のおばあちゃん」「おばあちゃんの広島焼き」「おばあちゃんのおにぎり」など懐かしい味や手料理のお話。また「いつも着物でした」や「お裁縫するおばあちゃん」「祖父の道具袋」「お灸!」「祖父母が作ったぶどう酒」など、その趣味や姿を描いて下さったルポも面白かった…。そしてやっぱり、真心をもらったエピソードが心に残りましたね。「祖母からもらった手紙」「眠るまでのお話タイム」「駅で待っていてくれたおばあちゃん」「入院した時に駆け付けてくれたおばあちゃん」「祖母の背中で見た夕日」「おばあちゃんに看病してもらった」など、あたたかさが体温まで伝わってくるようで、じんと胸が熱くなりました。
本当はどれもピックアップ賞という充実のいわしだったのですが、ひとまず…ナント一生無事故無違反!の「明治生まれライダー」と、大好きなおじいちゃんと野山の思い出「私に「ふるさと」をくれたおじいちゃん」、そして今も元気で大家族を見守る「五世代同居のおばあちゃん」を選ばせて頂きました。
盛り上がったツリーにも「祖母をお母さんと呼んでしまった!!」や「イチゴのおばあちゃん」「おじいちゃんの歯がとれた!!」などなど、楽しいエピソードがいろいろだったのですが、トップツリーは「おばあちゃんはいつも小遣いをくれたり」という現金な?!思い出でした(笑)。でもそれも、うんと甘えられる存在だからこそですね!


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「明治生まれライダー」by id:flowerhill


うちのじいちゃんは、90才になっても原付バイクに乗っていた。
スピード違反で注意を受けて免許証を提示した時に、警察官が
「明治生まれなんですか!!」と驚いていたらしい。
いきなり凄い敬語に代わって「気を付けて下さい」って注意だけで、罰金を取られた事もないらしい。オーバーしているスピードが大した事無かったのだと思うけど。
免許の書換えでは、明治生まれで無事故無違反という事で、人前で優良運転手として褒められたらしい。
人前が苦手なじいちゃんが、焼酎を呑みながらテレながら話をしていた。
そういえば、他界する前日も軽量カップで計りながら、医者に認められた量だけ焼酎呑んでたなぁ。
あぁ、お盆のお供えに焼酎忘れた。日本酒じゃ物足りなかったろうなぁ。来年は忘れないようにしよう。


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「私に「ふるさと」をくれたおじいちゃん」by id:watena


家族で祖父の家に遊びに行った私は、毎日が楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。祖父も私が来たことを本当に喜んでくれて、連日山や川に私を連れて行ってくれました。私も、おじいちゃんおじいちゃんと祖父にひっついて回っていましたので、父の休みの終わりが近付いて家に帰る頃には、もう祖父の家から離れられないような気持ちになってしまっていました。
家に帰る日の前の晩、祖父が、楽しかったよ、また来いよと言ってくれたのをきっかけに、私は帰りたくないと泣き出してしまいました。おじいちゃんに抱きついて、離れたくないと、いつまでも駄々をこねていました。
けっきょく祖父母の取りなしで私はもう少しとどまっていいことになり、父母は先に帰ることになりました。それから約半月の間、私は祖父の子分のようになって、連日田舎の遊びに駆け回りました。祖父は面白いことをたくさん知っています。昔の子供の遊びをたくさん私に教えてくれました。
夜寝る時も祖父と布団を並べて眠りました。寝る前には、土地の珍しい古い話をたくさん聞かせてくれました。
そして田舎の子供のように真っ黒に日焼けした私を、祖父が家まで送り届けてくれました。一緒に列車に乗って、駅弁を買ってくれたり飲み物を買ってくれたり、帰りの道もそれは楽しい旅になりました。
祖父は一晩私の家に泊まって帰っていきました。さすがにその時はもう、離れたくないと駄々をこねてはいけないと思っていましたので笑顔で見送りましたが、やはり涙が出てしまいました。
あとで考えてみると、祖父は生業はもうリタイアしていたものの、地域の役職などがたくさんある忙しい身の人でした。その祖父が私のためだけに、いったい何日の時間を費やしてくれたことでしょう。また、矍鑠としていたとはいえ、もう高齢の祖父には、遠路私を家まで送り届けてくれたことも、大変な負担だったと思います。
都会育ちの私には「ふるさと」と言える場所がありません。でも、祖父と遊び回った山や川が私の「ふるさと」です。今でもその地に立つと、あの時の楽しかった思い出が昨日のことのように思い起こされます。祖父に連れられて遊び回っていた野山は、父が子供の頃に駆け回っていた野山と同じです。そのことが父と私をつなぐ絆にもなってくれました。
私に「ふるさと」をくれたおじいちゃん、大好きです。


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「五世代同居のおばあちゃん」by id:riceball


私のおばあちゃんは、今時珍しく五世代が一つ屋根の下に暮らす家で生活をしています。なんと10人家族!
おばあちゃんの住む街では他に例が無いそうです。


7人の子供を産み、20人近くの孫がいて、ひ孫はその倍近く(詳細不明)、そして最近、玄孫(やしゃご)が産まれました☆


それだけじゃないんです。うちのおばあちゃんの凄いところは、この子供(は当たり前だけど)から玄孫まで全員の名前と、生年月日を覚えている事!!
親戚同士でも「○○のうちの子供の名前なんだっけ?」とか「○○のお嫁さんの名前は?」なんていう会話が飛び交うのに、おばあちゃんは正確に覚えてるんです。
どこどこのうちは今年、小学校入学だ、成人式だと、節目の度にお祝いを用意してくれます。


90を越えた辺りから身体も自由が利かなくなり、居間でのんびり生活しているおばあちゃんだけど、テレビをみながら高校野球の対戦表をつけていたり、何よりもプロレス観戦が好きなおばあちゃん(笑)


孫が全て結婚するまでは、生きてて欲しいと願っています。


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