イエ・ルポ #023 我が家のトンデモ話!イエと家族の珍事件
こんにちは、ハザマです。暦の上では立夏も過ぎて、初夏らしい爽やかな日が続いていますね。昨日実家に電話すると、先の日曜日に父母と弟、それに友達家族で海に潮干狩りに行ったそうで、売りに行くほどアサリがたくさん採れたと自慢してました。いいなぁ。美味しかった〜と言ってましたが、私は海に行ける方がうらやましかったです。行楽が気持ちいい季節、みなさんもこの週末はどこかに出掛けられるのでしょうか?
さて今日は“イエ・ルポ”#023のスタートでう。今回のテーマは「イエと家族の珍事件」。えー?!何があったっけ?と思い出してみて下さい。こればかりはみなさんそれぞれではないでしょうか。どんなユニークなエピソードが出ますか、みなさまのご投稿を楽しみにお待ちしてます!
#023 お題「我が家のトンデモ話!イエと家族の珍事件」を教えて下さい
お題を見た瞬間、エー?!と困った方もいらっしゃるかも?以前に「家族&ペットの珍事件」をテーマにしたのですが、その時はやはりペットや動物のお話が多かったので、ぜひ今度は「イエと家族」で聞いてみたいな、とずっと思っていたのでした。
前に出して頂いたものでは、お母様の方が一枚上手だった、弟さんのイタズラ振り込め詐欺電話のエピソードが面白かったですよね。家にヘビが!スズメが!ゴキブリが!など生き物関係の珍事も多かったです。私も京都の八瀬方面の知人のマンションで、おサル出現!の事件を思い出しました。ベランダの窓から上がり込んで、テーブルに置いていたお菓子を全部開けてムシャムシャ、箱買いしたパラソルチョコレートをわしづかみにして逃げて行った時にはビックリでした。
家族の事件では…子供の頃におばあちゃんと一緒に眠ろうとしていたら、おばあちゃんのいびきが急に止まって、うんともすんともいわないので、おばあちゃんが死んじゃった〜!と弟と二人で大騒ぎしたこともありました(笑)。
みなさんもイエでのビックリ話、小さなイタズラ話、家族の面白い事件などありませんか?子供さんのお話も可愛いのがありそう。ご友人やご親戚の家でのエピソードも大歓迎です。ぜひ忘れられない珍事件のルポ、聞かせて下さいね!
「恐るべし!壁をブチ抜いた母!!」
というと、なんだか暴れん坊の女子プロレスラーのようで怖いですが、怒ってやったわけではありません(笑)。
小学校二年まで住んだ昔の家でのことです。一階の和室で母と弟と三人で遊んでいて、そのうち弟が調子に乗って母をくすぐりはじめたのです。キャーキャー言いながら二人で転げまわるのを私は面白がって見ていましたが、笑いながらジタバタする母の足が勢いよく壁を蹴って、バキッ!!アイタター!悲鳴を上げた母の足は壁をブチ抜いて中に入っていました。ちょうどそこは梁もなく、壁材ボードの上に綿壁を塗っただけのところでした。
ポッカリ空いた丸い穴。それを見てまた三人で大笑い。ウソでしょー?!信じられないけどホントでした。
それを会社から帰ってきた父が見てビックリ!しかし「頭は使いよう」(?)を自負する父のこと、穴の向こうがちょうど階段下の空洞であることを見逃しはしませんでした。次の日曜日、大工道具を出してきて穴をさらに大きく50センチ角程の四角にあけ、木枠とトビラを付けて工具置場に改造してしまいました。よし、これでデッドスペースが便利に使える!とご満悦の父。よかった、よかったとナゼかみんなで喜びながら、それでもあそこはお母さんが足であけた穴なのだ、ということは衝撃的でいつまでも忘れられないのでした。
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※今回の「いわし」ご投稿は5月23日(水)正午で終了とさせて頂きます。
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いわしの回答(転記)
「トンデモ話」とか「珍事件」ではありませんが、大事件ではありました。
家には数週間前からベビー用品が増え始めます。ベビーベッドが一番いい場所にデン!と鎮座ましまして、赤ちゃんがやってくるのを待ちます。
私もそわそわ!
病院ではもう会ってます。おっぱいを吸ったりするのは見ていても、よそいき感覚で会いに行くから感じが違います。
あ、ほんとに来た!わぁ?!
それからは暫く赤ちゃん中心にみんなが楽しく振り回されました。
小さい頃犬が飼いたかったのですが、動物嫌いだった母にお許しをいただけず(今は飼ってるワンコを溺愛してますが…)やむを得ず虫や魚を飼っていました。
親戚が千葉に住んでいて、近所の山で取れたといって夏になるとカブトムシやクワガタをくれました。でもなぜかもらっても1ヵ月くらいで死んでしまって、
冬眠させた事がありませんでしたが、それでも懲りずに毎年送ってもらっていました。
スイカやきゅうりを食べたクワガタとカブトムシって独特のにおいがしますよね…。あの匂いが嫌いだといって、毎日虫を入れていたプラスチックのケースを洗っていた母。
ある日母がブツブツ文句を言いながらスニーカーを洗っていました。
スニーカーの横にはカブトムシ達が入っていた入れ物も…。
ま、まさか。
と思い慌てて母の元にかけよると
「臭いんだよ…」といいながら洗剤がついたブラシでカブトムシのおなかを
擦っている母。
うちのカブトムシ達が長生きしない訳がようやくわかりました。
母に
「虫は洗っちゃダメだよ!」
っていうと
「あらそうなの?てっきり固い殻だからいいのかと思ったわ」
だって。
それからプラスチックのケースのみを洗って、
クワガタとカブトムシは洗わないようにお願いをしたら
その年は秋まで生きていました。
うまく冬眠させられずに冬を迎える前に死んでしまいましたけど…。
かわいそうなカブトムシ。。。w
確かに洗っても大丈夫な気がしますが、
テカテカ油がとれたら死にそうですね。
お母さんの発想はとてもユニークで面白いですね。
親子のやりとりにほっこりしました。
うちが古くなったせいか突然雨漏りが起きたことがあります。じわじわと天井に染みができてきたんです。なぜかホラーな模様と形をしていました。丁度台風の季節だったことも有って「これは雨漏りだっ!」と気付いた頃には大雨が降ったら壁が涙を流している様に水が染み出てきました。漫画で見たような洗面器を並べるというシーンは有りませんでしたが、びっくりしたし、大変な事件となりました。
子供の頃、社宅に住んでいたとき、水漏れを起こしたことがあります。
設備自体が老朽化していたようで、我が家が弁償するというようなことはなかったんですが、
夜中に下の階の人がやって来た時は、かなりびっくりしました!
そして、そんな私が一人暮らしを始め、2軒目のマンション(新築だった)に引越し、
住みはじめて、まだ一ヶ月になろうかという頃、
夜中になぜか照明から、ぽたぽたと液体が。。。
ん?と思って、電気のかさを外すと、滝のような水が!!!
一瞬放心状態になるぐらい、びっくりしました!
急いで上の階へ行き、事情を話し、その夜は本当にもう大変でした。
ちょうど六月の梅雨時期だったので、その後の渇きも悪く、
新築のフローリングも台無し。。。
私に落ち度は無いものの、(家電、PCはやられ、弁償してもらいましたが)
大家さんもなんだかかわいそうでした。
ベランダの隅っこに、コウモリが5,6匹ぶら下がっていた事があります。
ぶら下がるだけならいいんですが、下を汚してしまうので迷惑していました。
そこで、効くかどうか分からないけど、コウモリのいない時に、いつもとまる所に殺虫剤をスプレーしておきました。
ほかにも色々やってみましたら、いつのまにか来なくなりました(笑)
昔、オヤジがベランダで蘭を育てていて、ボヤを出したことがありました。
冬場でも蘭が育つようにと、ビニールハウスのように鉢を並べた棚をビニールで包み、中でアルコールランプを灯していたのです。
その火が周りのビニールに燃え移ったらしく、気が付いたらビニールハウスの半分が燃えあがっていました。
幸い側を通りかかった知り合いが直ぐに教えてくれたために、ボヤで消し止められましたが、消防車が出動して調書を取られる騒ぎに。
それ以来、火の元の取り扱いには気を付けるようになりました。
うちの姉は中学生のとき左右で違う靴を履いて学校に行きました。帰るときになって気がついたそうです。
履物は全部大きめのを買うんです。んでもって寝ぼけてるから同じ靴で左右が入れ違っても違和感なくって・・・会社用サンダルにはきかえる時に分かったんです。遅っ!
小学生くらいの頃、妹と二人子ども部屋で寝ていたんですが、
微妙にドアノブの位置が高めで、真夜中トイレに起きるとやや低めのところをずっと手探りするもので、なかなかドアノブが見つからないということがよくありました。
それでも大抵二周もすれば辿りついていたんですが、
ある夜は本当に見つからなくて(まぁ10センチくらい下をずっと探っていたわけですが)、もれそうだわ、怖いわ、閉じ込められちゃった風だわでピギャー!となりまして…。
両親びっくりして子ども部屋にかけつけると、私が、
「ドアがない!ドアがない!」と半狂乱になっていたと。
いまだにうっすら記憶がある辺り、相当怖かったんでしょうね。
おかけで少々大きくなるまでスモールライトがついてないと怖くて眠れませんでした。とほほ。
私の家には別荘がありました!!!!
別荘といえば聞こえがいいのですが、巷の皆さんが想像するような別荘では全くありません。
うらやましいでしょうか。
きっと、全く、絶対にうらやましいと思わないと思います。
友達も誰も来たいと1ミリも、一ミクロンも、言わなかったし・・・笑
私も、恐れ多くて誘えませんでした。。。
でも、楽しかったんですwww
どんな別荘だったのかというと、海のそばにあったのですが、
まず、トイレは・・・・・がけの下にある手作りトイレ。
水道は・・・・・・・・・・・・・・・家の前にある蛇口。
電気は・・・・・・・・・・・・・・ろうそく。
部屋は・・・・・・・・・・・・・・1つ。
ガスは・・・・・・・・・・・・・持参
これが我が家の別荘なんですww
なのにちゃんと別荘地に建ってるんですww(驚きです)
周りは豪華な住宅が建っていたりして・・
出窓付きの洋風住宅の窓が少し気になりながら、海から上がってきた子供の私は、
家の前で、ホースから水浴びをしたりしてました。
庶民パワーがうちの場所だけあふれていました。
どうしてこういうことになったのかというと、
「父が職場の仲間と一緒に、建てた」 からなんです。
建てたといっても、建物という感じではありません。
幼い頃から私が密かに、
うちの別荘に一番似てるなあと思っていた建築物は、
「ヨドコウの物置」です。
内緒ですが、
形といい、大きさといい、そっくりです。 笑ww
普通は別荘に行ったら、のんびり出来ると思うのに、違うんです。サバイバルですから。
布団を干し、草刈をして、水が茶色いので、透明になるまで出したりします。
部屋を掃除して夜に備えます。
夜になると真っ暗になるので、ろうそくの準備。
ご飯は、キャンプ用ガスで炊いたボンカレーなどですwwww
ある晩は、寝ていると蚊の襲撃にあいました。
ある晩は、寝ているとそれまで布団を巣にしていた蟻さんが逆襲してきていました!!
蟻って蟻酸だから痛いんですよね。すっごい攻撃でした。
パワフルな子供時代をその別荘で過ごし、
大人になるにつれ、サバイバルなその地にヨドコウの物置を楽しみにわざわざ行くことはなくなってしまいました。
父は、遺産として、将来あの場所は hanatomiちゃんに譲ろう。とか言ってくれてるようですが、
母は、「それはもらっても困るでしょう」と言っていますww。
笑
あれは一体なんだったんだろう。
あのイエ自体がなんだか珍事件でしたww。
でもとっても楽しい大切な思い出です。
佐賀のがばいばあちゃんの島田洋七さんが、ザリガニをイセエビと言っていた様に、物置?を別荘と言い切って何家族かで住んでいた話を書きたかったのですが、やっぱり面白くかけなくてすいません
今思えば、海のそばに遊びに行ける場所を作ってくれようと、お父さん達が苦心して工夫してくれたんだろうなぁ。
ちなみに一度だけですが、大人になってから、友人の友人に軽井沢の別荘に連れて行ってもらい、「これが本当の別荘か!!」と、めちゃくちゃ喜んで写真をたくさん撮った覚えがあります。
家の前で水浴びも崖トイレも虫の襲撃もなかったのでただただマイナスイオンに包まれていました。笑
もちろん物置のお話は、そのお友達達にもナイショデス。
秘密のサバイバル話です。
コメント付けにくい変なお話でごめんなさいww。
小学生の頃、父とでかけた先で、おそらく肩が触れた触れないのいざこざだったのでしょう。父は恐いお兄さんにからまれてしまいました。恐いお兄さんは大変な剣幕で怒鳴り散らして、今にも殴りかかりそうになっていました。
そして、今でもここだけははっきり憶えていますが、恐いお兄さんが「喧嘩のプロをなめるんじゃねぇ」と怒鳴ったとたん、父がずいっと前に進み出て私を後ろに隠して、「こっちも親のプロじゃ、子を持つ親をなめるんじゃねぇ」。
続けて、親は子のためなら命を張れる、お前らの世界じゃ違うんかと怒鳴り返すと、恐いお兄さんは、お、おう、筋は通っていると言い残して通り過ぎていきました。
あとになって、よくあんなこと言えたねと言ったら、あの時は向こうにお巡りさんが見えてたんだよと言って大笑いしていました。それにしたって、いきなり殴りかかられたらどうなっていたことか。往年のロック青年は無鉄砲です。
実家にいた頃、外で飼っていた犬を冬は勝手口に入れて寝かせてました。
その近くの棚にスイートポテトの入った箱を
置いてたのですが、
少し離れてるのと、高さがあるので油断してたんです。
次の日、箱を開けたら、二個しか入ってなくて、でも蓋がしまってる。人間は食べた人なし。その夜、勝手口が扉を開くと妙にジャンプばっかりしてました。
そんなおいしいものを近くに置いたのが
当然の失敗だけど、蓋は謎のままです。
私が社会人になってからのことなんですけど・・。
父の職場が私が通勤の途中にあるI駅の近くにありました。なので、毎朝父の車でI駅まで送ってもらい、帰りはI駅まで迎えにきてもらっていました。
ちなみにI駅は家から20分ぐらいで、全く最寄の駅ではありません。
ある時、私は東京出張になりました。
行くときはもちろんI駅まで送ってもらいました。
「帰りに名古屋から電話するね」と言い残して駅へ急ぎました。
今となっては東京出張がどんな仕事してたのかは覚えていませんが、かなり疲れて新幹線に。新幹線では爆睡してました。
そして名古屋の駅について、父に電話。
「これから名古屋でるから」
この電話をもらってしばらくして出発するとちょうど私がI駅に着く時間帯に駅につけるのです。
さて、私は・・というと、なんとか電車に座れました。しかし、一度座ってしまうと疲れがどっとでてきてまたしても寝てしまったのです。
しばらくして目を覚ましました。
「ここ、どこなんだろう?」
みんなが降りていきます。なんとなく焦っていた私はここがI駅だと勘違いしてしまいました。
「うわ!降りなきゃ!!」
さっさと降りました。そして電車は行ってしまいました。
でも、そこは・・私が降りるI駅よりも3,4駅手前でした。私が乗っていたのは急行なのですが、ふだんは停車しない駅です。次の電車がくるまでに10分以上待たなければいけないのです。
や、やってしまった・・・。お父さん待ってるのに・・。
ちなみにまだケータイもってませんでした。
しかも持ってたとしても、駅にいる父に連絡をとる方法がないのです。
ど、どうしよぅ・・・。
ちなみにそこは無人駅でした。
しばらく待っていましたが、駅の近くには何もありません。
電車も全く来ません。
どうしよう・・・。
はやく駅につかなければ、お父さんに怒られる・・・。
気ばかりが焦り始めました。
こうなると、私の頭の中はパニックになってしまったようで、とりあえずI駅にいかなきゃ!しか考えられなくなりました。
起きたばかりで頭が働いてなかったのもあったと思いますけど・・。
えーい!ままよ!歩いちゃえ!
とうとう駅からでてI駅に向かって歩き始めてしまったのです。
ある時は歩き、気ばかり焦っているので走り・・。
しかし、歩いているのはあたしのみで、たまに車が通るくらいでした。
駅まで3,4駅もあります。ちなみに田舎の駅と駅の間隔はかなり離れているのです。電車だと10分もかからないのに・・。
歩けども歩けども・・駅にたどりつきません。
気ばかり焦る・・しかし、歩みをとめては、もっと父を待たせることになるのです。
ちなみにそのとき私は高いヒールを履いていました。高いヒールで早足なので足が疲れてきます。汗もじんわりでてきました。
電車待ってればよかった・・・。
悔やみましたが、それはもうあとの祭り。
やっとI駅が見えてきました。もうへろへろでした。
時計を見たら、1時間弱時間は経っています。もうお父さんいないかもしれない・・。
でも、いけるだけいってみよう!いなかったら電車でそのまま帰ればいいし・・。
なんかなさけなくて涙がでそうでした。
そして、駅を通り越し、いつも車が待っている場所へいったとたん、見慣れた車が待っていたのです。
ちょっとじわっときました。しかし、まずはあやまらないと・・。
「お父さん、ごめんなさい。電車の中で寝ちゃって、手前のF駅で降りちゃった。全然電車がこないからここまで歩いてきたんだよ」
そしたら、なぜか父と母がいました。暇だったので、母もついてきたのでした。
「はぁ?あんな駅から歩いてきたの?そりゃ時間もかかるねぇ。電車待ってればよかったのに」
両親はあきれてものもいえない感じでした。
「でも、ちゃんとたどりつけてよかったよ。寝過ごして電車乗り越ししたんじゃないかと思ってた。疲れたでしょ」
当たらずも遠からずですが・・。私はいつも乗り過ごして電話をかけていたので、またか・・と思ったらしいです。
両親は怒りもしません。なんか申し訳なくて情けなくて車の中では自己嫌悪でいっぱいでした。
父一人だったら怒ってたかもしれないけど、母もいたので話し相手になったかもしれません。しかも金曜日で次の日が休みだったのがよかったのかもしれません。
それ以降父に送ってもらうのはやめました。
朝、学校に行って帰ってきたら、予想外なことに家族全員が外出中。私は鍵を持ってなかったので、向かいの崖からベランダにジャンプ!なんとベランダの出入り口も閉まってたので、忍者が如く壁伝いに2Fのトイレの小窓からイエに入れました。他人から見たら泥棒でしたよ。orz
子供が小学生の頃の話です。
家の前で子供を遊ばせながら、井戸端会議をしていると
うちの子供が地面に膝をついて、家のまん前の側溝の穴に片手を深く突っ込んで
「手が抜けない」と言い出しました。
どうやら側溝にお菓子のおまけを落として、拾おうと手を突っ込んだものの抜けなくなった様子。
初めは笑って
「なにやってんのー!!」なんて言っていました。
けれど手伝っても抜けない・・・
「すべらせればいいんじゃん」とサラダ油をかけたり、
一緒になって引っ張ったり、それでも抜けません。
だんだんと、日も暮れてきました。
コレは結構まずいかも・・・、みんな思い始めました。
もう119番するしかない?
なんて深刻な空気が流れ始めた頃。
近所のご主人が帰ってきて、あっという間に側溝のコンクリートの蓋をはずしてくれたのです。
コンクリートの蓋は厚さが10cm以上はあって、私たち主婦連中は思いつきもしませんでした。
すこーし、手を擦りむいてるだけで怪我もなくすみました。
我が家の側溝の蓋は、いまでもサラダ油のあとが残っています(笑)
大事にならずによかったですね。私は駅前にあった格子の柵に頭を突っ込んだら抜けなくなって、大騒ぎをしてしまったことがありました。最初は、すっと入ったんだからすぐ抜けるはずと思っていたのですが、どう頭の向きを直しても抜けません。だんだん人だかりができてきて、焦るのでますます抜けなくて、しまいに泣き出してしまいました。
駅員さんが来てくれて、ぼうや、落ち着いてまず力を抜いてと言ってくれて、頭の向きをうまく修正して抜いてくれました。あとで母と一緒に駅にお礼に行きましたが、恥ずかしかったです。
犬も家族扱いでいいですよね?
うちの犬、子犬のころはとにかくなんでもかじるかじる。
椅子の脚、壁紙、ドアの角…で、やつが興味を示しだしたのが「電源コード」。
狙ってるのがわかったのでやばいなあと思っていたんですが…ある日「キャン!」と声をあげたのであわてて行ってみたらそばで泡吹いて(よだれだったのかも)のびていました。
コードにはくっきり歯形が…。
さいわいにも特に身体に影響なかったようですがさすがに懲りたらしくそれ以降はコード「は」かじらなくなりました。それ以外の安全なものは相変わらずでしたが。
これは子どもにとっては大事件です。何をしてそうなったのか忘れました。近所のおばさんが通りかかって「あら、叱られたの?」とかってヘラヘラ笑ったのにひどく傷ついたのは覚えていますねぇ・・・。大人になって別のところに住んでますけど、そういう子を見かけたら、そっとしておいてあげています。
なんかまるでマンガみたいな話ですが、友達との将棋で負けたのを聞いた将棋好きの父親に思いっきり怒られて
「なんでそんなことでそんなに怒られなアカンねん!」
と、雨の中へ傘も持たずに飛び出し、2?3時間町をさまよったことがあります。
どうやって帰ったのかとかはぜんぜん覚えてないんですけどねぇ。
小学校低学年くらいのころ、近所の野原で遊んでいたとき、拾ったマッチだかライターだかで誰かが草に火をつけてしまい、気がつくと子供だけでは消せない状況になってしまいました。
幸い近隣住宅には被害なかったんですが、わりと広い原っぱが燃え尽きてしまったのがショックでした。
それって、消防車がきたり大騒ぎになりせんでした?
KazyNさんが火をつけたのでなくてなによりでしたが…。
まぁ子供のころは、色んなことをしてしまうものですよね。
そういう経験も、後になってみれば貴重な教訓かもしれませんね。
祖母が亡くなり約一年が経った頃。一周忌を終えてみんながほっとしているところで伯父から電話が入りました。祖父がいない!
今実家の人達が必死に探し回っているが、もしものことがあるといけないので一応連絡しておくとのことでした。父は自分の父のことなのでいたく心配して、その日のうちに車を走らせて実家に向かいました。歳が歳なので、心配がつのりました。
一日経ちましたが、全く祖父の消息は掴めません。父の兄弟で相談して明日捜索願を出そうということになった矢先、実家の電話が鳴ったそうです。電話の主はじいちゃんです。なんでもおばあちゃんが夢枕に立って、それも出会った頃の娘の姿で誰にも言わずに会いに来てと言ったので、二人の思い出の場所に出かけたのだということでした。なんと電車を乗り継いで、能登半島まで来ているとのこと。
思い出の場所に行って花束を投げてきたから明日帰るとの話に一同脱力。帰ってきた祖父は開いた口がふさがらない親戚達に、いわば傷心旅行ってやつじゃわいと言いながらおみやげを渡していたそうです。愛してたんだね、おばあちゃん。きっとおばあちゃん、喜んでくれたことでしょう。
中学生の頃、通学途中で忘れ物をしたのに気が付いて、慌てて家に取りに戻りました。靴を脱いだはずが慌てふためいていたので土足のまま自分の部屋まで駆け込んでいました。それを母が見付けてトンでもない剣幕で怒鳴り始めたので、やっと気付きました。下校して帰宅してからも説教の荒らしでした・・・(トホホ)
私が中学生の夏の夜です
私は机に向かって必死に何かをやっていました
たぶん勉強じゃない何かなんですけどね
2時間ぐらい集中して、パッと顔をあげたら壁一面に虫が!!!!!!!ギャー!!!
そして振り向いたら、壁一面に大きなものから小さなものまでそれはもう様々な虫が!!!!!
バカなので、網戸を少し開けたまま電気をつけてさらにカーテンが開いていたんですね
思い出すだけで痒くなる私史上最大級の恐怖体験です
ピンポーン
「はーい」
と いそいそ嫁が玄関にいって 何か箱のつつみを 受け取ってきた。
嫁は、特に中身を 意識していなかったようだ。
私が そそくさと包みを あけたら PS3の箱が 見えて
びっくりしていった。
「PS3が当たったよ」
嫁「えーーー!」
送り元から 懸賞のハガキを調べて それが 5名に当たるものだったと知ったとき、さらに驚いた。
「5名の中に入ったんやなぁ」
「すごいねぇ」
で、私は 設置した。
「えーー。これって無線LAN対応じゃないんだ」
20GBのPS3には、無線LANがついてないし、つけられないことを 知った。
ま、うすうすは勘づいてたけど。
仕方がないので、LANケーブルを差した。
ネットに接続しようとやってみたらフォームウェアのアップデート。
ネットにもつなげられて、体験版もいくつか入れた。
体験版でもけっこう遊べる。というかへたくそなので 体験版以上のものが あっても もてあましてしまう状態だ。
ま、PS2のソフトやPSのソフトを入れて 動いた??
と確認した程度ですが。
定価が4万9800円もする高価なPS3が当たったのは 我が家で 大事件(?!)です。
酔っ払って、引越しをしたことをすっかり忘れていました。家の前まで来ると見慣れた物置やら何やらなくって。酔っ払ってるし、すぐには思い出せませんでした。「あれ?ちょっと違うなぁ、なんか家の中も暗いし何かあったかな?あれ・・?そういえば・・・!!」ぐらいの事を2回ほど。
引越し前後は凄く忙しくて、少し頭が可哀想な人になっていたようです。
みなさんの話を見ているといろいろな珍事件がありますね。
私もひとつ思い出しました。
昔々、まだ携帯が普及していないころ、
ある就職したての女性がアパートの1DKに住みました。
建物の脇に斜めに這う鉄の階段をコンコン上がっていく、
よくある安い2階建てアパートですが、角部屋で窓が大きく、
内装も改装済みで気に入っていたそうです。
彼女にはその近所に一人暮らししている恋人がいました。
自炊するだけあって料理好きな彼は、
毎晩のようにたずねてきました。
変わりばんこに彼女の簡単なキッチンで
簡単な料理をつくって2人で食べるのでした。
しかし実は女性は彼にあわせて職場から遠いところに住んだので、
毎日眠くてたまらず、電車のつり革にぶらさがっては前に座っている人につい、かっくんと曲がるひざをぶつけたり
よだれをたらしそうになったりしてしまうほどでした。
あるとき彼が遅くなったとき、
彼女はつい、料理もサボって一人あかあかと照らされた部屋の
じゅうたん床の真ん中で寝入ってしまいました。
ふと物音に気づいて目が覚めると、窓からガサゴソ音がします。
おそるおそるカーテンを開けると、
角部屋ならではの横窓の暗闇から白い顔がこちらを見ています!!
彼女の口から出た悲鳴はこの世のものとは思えない低音で、
聞いたほうが怯えること確実なものだったそうです。
もちろん、よく見れば
ピンポンをならしてもドアをノックしても返事がないことに
心配した彼が、階段の途中から窓手すりをよじのぼって
窓ガラスをノックしていたことはわかったかもしれません。
しかし寝起きの彼女には非常に恐ろしかったことは間違いないようです。
そんな目にあった彼女はまもなく、
そのお家を出て引っ越すことになりました・・・・・
彼と結婚したそうです。めでたしめでたし。
この話を聞いて、
ラプンツェルとかジュリエットは、
現代よりもずっと闇が深いにもかかわらず
「ギョエー」だの「オオオオー」とはいわずに
しっかり対応することになってるので
実はすごかったんだと思いました。
ある休日のこと。
私が会社で仕事をしていたところ、近所に住む後輩から一本の電話が。
『奥さん、子供にベランダに締め出されちゃったんだって。すぐに帰ってあげて』
すぐにウチに帰ると、なんか近所の人が2、3人集まってて、そしてベランダに奥さんの顔。
『ごめんなさ?い』って言ってる。
ウチに入ると2階から子供の泣き声。
はいはい、もう大丈夫だから?と、ベランダの鍵を開ける。
奥さんの話によると、ベランダで洗濯物を干していたところ、子供が窓を閉めて鍵を掛けちゃったとのこと。
何とか窓越しに子供に鍵を開けさせようとしたが、できないばかりかそのうちに子供が泣き出してしまった。
ケータイも持っていないため、こうなったら窓を割っちゃうか?と思っていたら近所の人が通りかかったので助けを求めた。
ところが私のケータイの番号も会社の電話の番号も覚えていないし、玄関の鍵も全部閉まっているので入ってきてもらうこともできない。
そこで近所の後輩のことを思い出し、近所の人に後輩の家まで行ってもらって事情を説明してもらい、そして後輩から私に電話がかかってきた。
ということでした。
後ほど菓子折りを持って御礼をして回ったのは言うまでもないです…。
子供が2歳位の時にやられました。
洗濯物を干していたら、カチャリと鍵をかけられてしまいました。
窓の向こうの部屋の中では子供はにっこり!
こっちは真っ青。
鍵の位置を叩いて、『開けて!!』を連発。
子供がすぐに開けてくれたので無事でしたが、真冬の吹雪だったら・・・と思うともうベランダ締め出しは恐怖に。
それ以来、サッシの上のほうに、ドアが風で閉まらないようにするゴムをはめ込んでから洗濯物を干すようになりました。
私が小学生のころの話ですが、週に数日、父の帰りが遅くなりました。
休日に行き先を告げずに出かけることもおこりはじめました。
なんかおかしいと思っていたら、案の定、夫婦ゲンカが始まりました。
子供の前で争っている姿は見せませんが態度でわかります。
私は浮気だなと直感しました。
しばらく心配しながら様子をながめていましたが、
ある日、父が外出に私を誘いました。
母がいやそうな顔をしていたのでちょっと躊躇しましたが、
一緒に出かけることにしてついて行ってみると、
電車で父の会社のそばまで連れて行かれました。
そしてビルの中に入ると…。
なんとそこは社交ダンスのスタジオでした。
受付で回数券のような物を出してノートに何やら書き込んで中に入ると、
母より一回り以上年上のおばちゃんが寄ってきて、
私を取り囲んで、あーら○○さんのおぼっちゃん?攻撃が始まりました。
そのうち先生らしい人に呼ばれて、父はまぁ見てろと言ってフロアの方に行ってしまいました。
見ていましたが、なんだかよたよたしているだけで、ぜんぜんサマになっていませんでした。
帰りにマックに寄って軽く食事をしながら、
父はこういうわけだったんだよと説明をしてくれました。
会社で隠し芸か何かをやるらしく、回数限定のお試しコースみたいなので習っているということでした。
男同士、父が家族に内緒にしていたかった気持ちがちょっぴりわかりました。
そうは言ってもいつまでも父母が険悪なのはいやなので、
帰って母にそのことを話すと、母は大笑いしていました。
今度一緒に私と踊ってよと母が言うと、父はそんなことできるか、はずかしいと照れていました。
新婚時代(なつかし?)お酒を飲んで明け方帰宅すると、玄関から靴、ジャケット、シャツ、スカートと順番に脱ぎ捨ててありその先に妻が哀れな姿で幸せそうに寝ていました。当然写真も撮りました^^今でも飲んだときはその話題がでます。
目の前のテーブルの上に食べかけのコンビニ弁当が。
帰りにタクシーを拾ったところまでは憶えているんですよ。
ということは、『帰りのタクシーに乗っていたら何か食べたくなったのでコンビニに寄ってもらって弁当買って部屋に戻ってきて食べてたら寝てしまった』ってことになりますね。
私は“この私”がいなくても勝手に生きていけそうです。
小学校の頃の遠足で海に行った時でした。
くらげがいたので、つかまえて水筒に入れて持って帰りました。
私、中華のくらげサラダはこの海のくらげを干したのだと思って、
持って帰って家で干せば、中華くらげが出来ると思ってました。
帰宅して、水筒を母に渡したら以外に重いので、母がキッチンで開けたとたん・・・・くらげがにゅる???。
母は叫び声をあげるし、もう大変。
中華料理のくらげは海のくらげを干しただけじゃだめと子供ながら気がつきました。
それ以来、妙なものを拾ってこないの!!・・・と言われています。
私の場合はレジ袋に入れたんですよ。沢山取れたからうれしくって袋に一杯入れて重たい思いをして持って帰ったんですね。もう十分暑い季節だったもので帰りの電車の中で悪くなったんでしょう。
しばっていた袋の口を開けたら、それまでうっすら「何だか臭うな」程度だったのが、もわ?????ん?????
やっぱこっぴどく怒られちまいましたよ!
しっかし、自分でも分からないのが、持って帰って何をしようとしてたのかなぁ、ってことですね・・・飼う?・・・無理無理!